短編小説集「熟練度上昇中」

化霧莉

第1話 宝を求めた先に

「ハァ……ハァ……、どうして……どうしてこうなった……!」

 俺は今、状況を理解出来ない。

 逃げている。それは分かっているが、焦っていて考えがまとまらない。咄嗟にあった物陰に隠れることが出来たからこうしているが……。

 もう一度、思い出せ……。どうしてこうなったのかを……。

 

「俺は立派な探検家になるんだ! やってやる!」

 俺は小さい頃、そう空へ叫んだ気がする。探検家には夢がある。金・銀財宝、宝箱、宝石、そんなロマンを求めて追いかける仕事。いや仕事と言っていいのだろうか?

 俺は名も語る必要の無い探検家。幼い頃に世界の裏のような、闇のような場所で捨てられ、金に飢えながら生きてきた。生まれて20年余り、必死に一人で生きてここまできた。幼少期のある日、捨てられていた童話で、宝を求める探検家の本を読んだ。颯爽と遺跡の罠を突破し駆け抜け、宝を手にする主人公の姿を見て俺は眩しくて憧れた。

 15才になった時くらいから見よう見まねで探検家を始めた。この道の事を憧れだけで入って、死ぬほど後悔した。何度も罠にハマり死にかけたことは数しれず。だけれど、辞められなかった。その罠の先にある宝を手に入れた時の喜び、高揚感がたまらなかった。そしてそれを持ち帰った時の周りの反応がたまらなかった。

 それは賞賛の声を浴びるからだ。日陰で生きてきた俺からしたらそれは嬉しいことで、幼少期に埋められることのなかった自己顕示欲や注目されることを満たしてくれるようだった。

 そんな探検家の日々を悠々と過ごしていた時の帰り道だった。

「ん?珍しい所に古物商がいるな」

 大きめなシートを敷き、色々なものを拡げて、古物を売る商人が路沿いに構えていた。腰が曲がっており、フードが付いたローブを被っているが老人だというのは外から見てもわかる。顔はフードのせいで全体は分からないが、白く長く垂らしている髭を覗かせているのが特徴的だ。

 ヒビの入った壺や、年季の入ったナイフ、茶色く古びた仮面等が並ぶ中、俺は一つのものに目がいった。地図だ、明確に場所がわかる宝の地図のようだ。なんともまぁ、宝があるであろう場所には、赤インクで‪✕‬印がついているじゃないか。俺は勢いづいて手に取り、食い入るように地図を読み取る。すると分かったことがあった。

「これは、近場じゃないか……!」

 この宝の場所は、どうやら歩いて一日程の場所のようだ。こんな掘り出し物がこんな所にあるなんて……。早速興味が湧いた、だが、もう今は夜だ。さすがに行くのは厳しいだろう。明日行くことにしよう。

「古物商さん、この地図いくらだい? 欲しいんだけれど!」

「そんなに気に入ってくださいましたか? えぇえぇ、そんなに焦らなくてもお渡ししますよ。でも、お金などいりませんよ」

「えっ? 宝の地図だよ? 本当にお金はいらないのかい?」

「えぇ、構いません。私もそちらは譲り受けたもので、どうにも書いてあることが分からなくて処分に困っていたので」

 書いてあることが分からない。この老人は何を言っているのだろうか……。

「いや、ここには宝のありかが記されるけど……」

「そう言われましても……、私には分からないのですよ。貴方は見るからに探検家ですよね? だからこそ見えたのではないでしょうか。譲ってくれた相手からは、この紙切れに何か見える人には幸せが訪れるとの事らしいですよ」

 なんだか不思議な地図だなぁ……。幸せが訪れるというそんな宝の地図。探検家なら行かざるを得ないじゃないか。それをタダで譲ってくれるならもうその幸運は始まってるじゃないか。

「なら、この地図貰ってくわ。ありがとう、爺さん」

「えぇえぇ、貰っていってくださいまし。そして貴方に幸せが訪れますように……」

 宝の地図を貰った俺はウキウキで住処へ戻る。その時、数歩歩いた後、不意にさっきの老人が気になって後ろを振り向く。すると、老人がいた所には何も無かった。何か置いてあった形跡もない。俺は、どういうことだと思った。さっきまですぐそこにいたのに、歩いて数歩だぞ。宝の地図は手に入れたが、妙な事に出会ってしまったと思っていた。だが、それはすぐ気にならなくなっていた。何故なら今回の地図の宝は今までの宝よりよっぽど大層な宝なんだろうとワクワクが止まらなかった。その高揚感で不安は消え去っていた。


 翌日朝目覚め、行くのに一日程かかるから、しっかり準備を行い、早速遺跡の場所へと向かう。そこは森の奥深くで、俺も探検家歴はそこそこあったけれどここまで奥深くには入ったことが無かった。基本砂漠地帯を出向くことが多いからである。なので森林地帯の探検自体、最初に数回行って以来久しぶりだったのだ。

 森を長時間歩き、夜は休み、また朝になれば歩く。一日かけて、地図上の場所へ着いた。レンガのようなもので積み重ね造られており、たくさんの苔が表面に生えており、いかにも遺跡というのを見て分かる。入口は百段ほど上がった先にあるようで、俺は軽やかに階段を上る。

 そして十数分後、入口へたどり着く。入口の奥は真っ暗で何も見えない。こういった遺跡につきものなのは罠や仕掛けなどだ。持参したロウソクに火を灯し、入口の中へと入っていく。中には岩を削って造られたであろう像が路沿いにズラーっと並んでいる。何かを持っている構えをしているが、像の足下には細かい岩や、欠片が落ちているからどうやら何か持っていた様子。だが、そんなことには目もくれず俺は廊下を歩き出す。

 そこからは、罠だらけで休む暇もなかった。底抜け床の下には無数の刺さるだけで死ぬであろう太いトゲがあったり、部屋に閉じ込められたら水が溜まっていき溺死しそうになるし、設置されていた像から炎が吹き出てきて燃えそうになるし、長めの部屋では、大きな鉄球が転がってきて永遠に走らされるわと。様々な罠や仕掛けを潜り抜け、ようやく大きな廊下にたどり着く。

 (これが、最後だな。色々死にかけたけど、突破出来きたな……)

 上がった息を整えるようにゆっくり歩く。疲れていたので、不意に壁に手をついた。その壁は感触があった。これはレンガを並べた繋ぎ目では無い。もっと複雑なものが描かれているのではと……。壁の汚れを手でなぞると、古代の絵のようなものが描かれていた。

「なんだ……これ……」

 そこには、骸骨が武器を持ち人を襲うような描写が描かれていた。

「何かの伝承か? こんなの見た事ないな」

 俺は昔から、陰で育った人間。生きるための知識はあっても、世界を知る為の知識なんて持ち合わせていなかった。だから、この壁画に描かれている事がどんなことなのかよく分からなかった。ここで立ち止まっても仕方ない。さっさと、奥にあるであろう宝を手にしに行こうと、前へ前へと歩いていく。


 ようやく、最奥であろう部屋にたどり着く。大きな部屋の真ん中に、大きな宝箱が一つ。そして正面、左右に廊下にあった像を更に大きくしたものがこちらを上から見るように置かれていた。だがそんなことは気にしない。俺には目の前の宝しか見えない。罠に警戒しつつも、徐々に宝箱に近づいていく。

 そして宝箱が目の前にある。ようやく辿り着いた。宝箱を開けるこの瞬間がいつも色々な感情が湧き上がり止まらない。この宝を目の前にした高揚感、これから何が待ち受けているのかというワクワク感。それがたまらないし、それを味わうために探検家をしている。宝箱の蓋に手をかける。ゆっくり開けていく。何が飛び出すか、何が出てくるか分からないからだ。そして、俺は宝箱を開けきった。そこには、

「うわぁ……これだよ、これを待ってたんだよ!」

 その中身は、宝の山だった。宝石、高価そうな装飾品、立派な武具、そして金。宝箱から溢れんばかりのものが目の前に広がっていた。

「こんなに宝が出てくるなんて初めてだ……。鞄に入りきるか!?」

 俺は鞄を開き、宝を詰め込む。高価そうな装飾品から詰め込めそうなものを詰め込んで、鞄をはち切れそうなほど太らせて。それを背負い込もうとするが、

「お、重い……。考えずに入れすぎたか……」

 こんな初歩的な事が頭から抜けていた。持ち出すのに俺が背負い込む事が出来なければ不可能だ。鞄を地面に置き、重さを調整して、何を持っていくか考える。数分が経ち、持っていくものを厳選し、鞄をようやく背負い動けるくらいの重さにする事が出来た。

「よしっ、帰るか!」

 歩き出そうとした時、少し先が見えないくらいに部屋に霧のようなものが出ていた。

「あれ? 来た時はこんな霧って出てたっけか?」

 俺は少し考えるが、思いつかない。ただの部屋で周りも見えたはずなんだが……。そんな不思議な現象に対面してる時に、背後から音がする。ギギギ――と鉄を引きづるような音が。その音に気づき、後ろを振り向くと、目の前に人であれば真っ二つにするような鎌がこちらに向かって振り下ろされていた。

「ちょっと……!」

 運動神経には自信があった。そのおかげで盗みなんかを幼少期はよくして、逃げ切ったものだ。そしてその攻撃を、間一髪しゃがみながら右に転がることでその一振りを躱すことに成功する。

「誰だ……! こんなことしてるのは……!」

 霧の中、人影が現れる。それは、ボロボロのローブと骸骨の顔の部分を削り取って仮面として着けており、先程振り下ろされた大きな鎌を手に持っていた。相手の身長は自分の倍はあるくらい大きな体格を有していた。

「――――――」

 聞き取れない何かを、こちらに呟いている。俺は直感で、「死ぬ――」と思って、気づいた時には走っていた。廊下までは数メートル。鎌を持った大きな人影は逃げた俺を追いつつも、鎌を振り回している。その攻撃を後ろを確認しながら躱し、廊下まで走りきった。

 辿り着いた廊下は、とんでもないことになっていた。来た時とは構造が全く変わっており、入口まで一直線になっている。

「どういうことだ……。分からないけど、でもこれはチャンスじゃねぇか!」

 一直線へと姿を変えた廊下を駆け抜ける。今までの自分が出したことの無いスピードで。それはそうだ。足を止めたら鎌にぶった斬られて死ぬんだ。ならば足が動かなくなろうと何があろうと走るしかないのだ。

 ただ、廊下にも異変が起きていた。行きでボロボロだった像ですら動き始め、俺を目掛けて追いかけてきたのだ。武器は持っていない。だから物理的な攻撃は無いものの押さえ込まれたらもう終わりだ。だからひたすらに逃げる。後ろを向けば地獄絵図。鎌を振り回す人影、追いかけてくる石像。こんな罠かかったことないぞ……と俺は思った。走っている途中に、人一人が隠れられそうな物陰に隠れた。


 そうだ……。そうだった、思い出した。やっと状況を頭の中で整理できた。今、やばい人やモノに追われているんだった。だが、ここに長く隠れている場合でもない。逃げ切る算段をつけなくては。だが、ここは一択だろう。入口に戻り、そこを抜ければもう外の世界だ。俺の勝ちだ。立ち上がり、再び廊下に戻ると全力ダッシュで駆け抜ける。後ろをチラッと向けばこの建物が崩れるくらいに鎌を振り回す人影も、手を伸ばし追いかけてくる石像もすぐ近くまで来ていた。全力ダッシュのおかげで、入口が見える。

「よしっ……! これで俺は外に!」

 入口にたどり着き、外の光景に足が止まった。なぜならそこは来た時と全く違っていた。深淵のような真っ暗な空間が目の前に広がっていた。森があった場所はそこには形跡もなかった。飛び込めば死ぬかもしれない、心の底から恐怖を感じる。その中で、俺は二つの選択を迫られる。目の前の真っ暗な空間に飛び込むか、後ろから鎌を振り回す人影に立ち向かうか……。考えた時間は刹那だった。生き抜くことが出来る確率が高い方を……。俺は、目の前の空間に飛び込んだ。一か八か、目の前の空間はただの霧なのでは? 今まで生きてきた中での勘だった。それに賭けるしかなかった。じゃなければ身体が真っ二つに斬られ、死ぬのだから。


 背後からボソボソと声が聞こえる。

「あの遺跡はお前の――だ。あの廊下がまさにそれだ。お前が――までの――――だった。人は気づかない。無様、無様である」

 手にしているその得物を一振り。真っ黒いの空間が揺らぐ。その斬撃は、遠くへ消えていく。


 俺は目を覚ます。ガバっと起き上がる。そこは豪華なベッドの上。頭付近のテーブルには、小さな杯に水を注ぐ女性が。その容姿は素朴だが、どこかかわいらしい。こちらを見ながら少し驚いた様子だった。

「どうかしました? あなた」

 彼女は、そう言いながら首を傾げる。

「いや、何でもないよ。驚かせてごめん」

 俺は慌てて、返事を返す。

 そうだ、思い出した。なんで忘れていたのだろう。俺はあの後、森の奥で横になっていた。気づいたら二日は経っていたらしい。これは街に戻ってきた時、別の探検家に聞いた。そこからは、端的に。宝は持ち帰れたので、すぐさま全て売りさばいた。そうしたら、手に余るほどの大金を得た。そこで大きな家を買い、暮らしができる環境を整えた。そうしたら、服装を整え、礼儀を身につけ表舞台へ。そこで今、水を届けてくれた彼女に出会い、結婚をし、十数年が経ち、今に至るのだった。今までの俺にはもったいないくらいだった。

 なんで今までのことを忘れていたのだろう。幸せな日々、時間、それを忘れてしまうなんて……。何かを得ると忘れてしまうものなのかなと。昔の生活の仕方も忘れてしまった。

「あなた、今日は領主様との会合なので、出かける準備を……」

「わかった、すぐに準備する。外で待っていて」

「はい、お待ちしています」

 彼女を部屋の外に出し、俺は出かける準備を始める。俺は服をクローゼットから出し、着替え始める。俺は大きな鏡を見ながら身だしなみを整えるわけだが、ここ数年? いやあの日起きてから、不思議なことが起きている。それは。



 鏡の中の自分には首がないのだ。


 準備も終わり部屋の窓から外を眺めれば、そこはドス黒い闇の中だ。俺は今日も生きていくのだ。闇の中を生きながら。


 


 キーワード「絶命」

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