俺は霊媒師じゃないのだが
@ginnganouede
第1話 Butterfly女学生
1
「お兄さん、良かったら一緒に飲みませんかー?1000円でビールは飲み放題だよ」
先週まで、空を埋め尽くすほど降り注いでいた雪は、今は横左右にゆったりと移動しながら一つ一つが自由に舞っている。
鋭く透き通った風が、全身を突き刺すように通り過ぎると同時に、肺の中の空気を一巡させ俺の意識を尖らせていく。
目がチラつくほど、カラフルに彩られたネオンの看板が夜空を埋め尽くすほどに、複雑に不規則に配置され、行き交う人々の感情を昂ぶろうと奮起している。
ムラがある茶髪の襟足を肩まで伸ばした30は超えているだろう若づくりのおっさんに、ダルダルのジーンズと色褪せたパーカー姿の冴えない青年、若しくは長い年月を社会の波に揉まれ、その癒しに青春を買いにきた小太りのリーマン。様々な人が己の欲望を満たそうとここにやってきているのだろう。
俺たち人間は、この人間社会で生まれ否応なしにこの社会の中で生きていくことを強制される。それは、先代たちが代々創り上げてきた血が滲むような努力と汗の結晶であるこの社会システムの維持と発展の為に、歯車の一部として動かなければならないからであろうか。
そんな人間社会という敷かれたレールの中を俺たち人は、皆んなで横を見合って逸脱者が出ないよう監視しながら同じペースで歩みを続けていく。
それをまるで、平等、と言わんばかりに。
それをまるで、正解、と言わんばかりに。
そして、それこそを、幸せ、と言わんばかりにな。
だが、実際はこの街で暮らす一人一人は独自の思考を持っており、特有の不満不平悩みを持って生活している。そして隠している。己の奥深く、誰にも触ることも見ることも叶わぬ暗闇の中。一寸の光さえ届かないその場所は、次第に自分自身ですらその存在を認識することが出来なくなっていくが、無意識の中で恐れを抱き、自身の一部として共に生活していくこととなるだろう。
こんなこと、誰だって同じ。だからといって、別にこれらの基盤とした生活を投げ捨てようとも俺は思わない。こんな、薄汚れ色褪せ複製だらけの社会の中にだって、カラカラに乾いた自分を内側からバカになるほどの驚異的スピードで浸食していく僅かな甘みがちゃんと散りばみられているからだ。だから、俺たちはこの規則的な生活システムを享受しながら、この街を全力で駆け抜けることができる。全くもって悪くない話だろ。
しかしそれは、夜の街を獲物を探すかのように辺りを見渡しながら歩いていた俺に対し、周囲の煌煌と不気味にひかり輝くネオンにも負けないほどの怪しさを宿す紫色の季節外れの衣装を身につけ、手書きで「1000円で2時間ビール飲み放題」と書かれたチラシを差し出しているこの女にも同じことが言えるのだろうか。
まず俺が話すのは、社会が生み出した「孤独」と「選択」に関する1人の女子大学生の物語。
現実世界と虚構世界の狭間で、どちらが本当の自分であり、どちらが本物なのか迷い葛藤する彼女はまるで、荘子の「胡蝶の夢」だ。これは儚きこの世の中で、生を選んだ彼女の物語。
「アンタが話相手になってくれるなら悪い話じゃないね」
鼻の奥でデタラメな熱さを感じ取った俺は、彼女の笑顔の奥に蝶に取り憑かれた心を感じ取り、案内されるまま彼女の背にひっそりとそびえ立つ、誰にも見向きされないだろう灰色のコンクリ建物の中に入っていった。
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