第1話 Fast contact
「神災病患者の看取り人を僕がやるんですか!」
とあるビルのとある一室で、そう叫ぶ。國枝裕樹はコーヒーを片手に資料を見つめる上司、神薙くのせの反応を伺う。
神薙さんはコーヒーが苦かったのか、シュガースティックを三本追加する。
すでに二本、使用した形跡があることから、これで五本目だ。
体に悪すぎだろ!と思いつつも、決してツッコミを入れることはない。
コーヒーを飲み干し、優しくコーヒーカップを置く所作は、さながら喫茶店の常連客、いやマスターのようだ。
神薙さんは資料を机にこれまた優しく置き。
「まさか、断るなんて言わないよね」
にっこりと微笑んだ、その顔は決して良い意味として捉えることはできなかった。
これは、命令よ、と言わんばかりの気迫に僕は冷や汗をかく。
神薙さんとは、今までも何度か一緒に仕事をさせてもらったことはあるが、こんな表情は初めて見た。
でも、どうして僕なんだ。看取り人なんて、この組織にはたくさんいるはずだ。それなのに未経験の僕を採用する意図がわからない。
こういうときは何事も聞いてみるのが大事だよね!
そう思い、恐怖心を生唾と一緒に飲み込み、神薙さんに正直に話す。
「第一、意味がわかりません。僕が選ばれた理由を教えてください」
数秒の沈黙の後、彼女は口を開く。
「理由は単純よ。それはほかの看取り人が全員、仕事が入っていたこと。あなたも知っていると思うけど、一度結界の中に入ったら、神災病患者の死亡が確認されないと出ることができないわ。だからうちの支部ではあなたしか残っていない。つまるところ、あなたにしか頼めない。どう、納得できた?」
「納得できるも何も、断れないじゃないですか」
「まあ、そうね。他がいないんじゃ、強制と言われても仕方がないわね」
「それで、その患者っていったいどんな人なんですか」
「ふふ、やる気になってくれて嬉しいよ」
今度は本物の微笑みをし、資料を手渡す神薙さん。
ホント、美人だよな。スタイルいいし、仕事できるし、完璧じゃん!
受け取った資料はA4サイズ三枚をホッチキスで止めたものだ。
ざっと目を通そうと、一枚目を見ると、そこには―――――。
「神薙さん、これ本当に僕がやるんですか?」
僕の質問に彼女は何をいまさらと言いたげな表情を浮かべる。
「だって、これ……S級じゃないですか!!!」
無理、無理、無理!こんなのできる訳ないよ。この人、ホントに頭おかしいのか。一回、病院で見てもらった方が良いのでは?ってここがそうか。
いったん、深呼吸をし、心を落ち着かせようとするが、思うようにいかない。
ならば、僕の必殺技、脳内整理を始めるとしよう。
まずは神災病についておさらい。
神災病。科学技術の発展した世界において、突如、科学では解明が困難とされる不思議な力を使うものが現れた。当時、彼らは超能力者と呼ばれ、人々を助け、神とまで呼ばれるようになった。
そんな彼らだが時代が進むにつれて、彼らの存在を邪魔だと感じるものが現れ始めた。
そしてその考えは世界全土に広がり、彼らを排除することを世界は認めた。そこで、世界は彼らのことをまとめて神災病患者と言うようになった。
神災病は生まれながら、疾患するものが大半だが、極まれに病気のように伝染するものもいる。神災病にかかった人たちは、差別的扱いを受け、道ばたの蟻のように命を摘み取られた。
ただ患者の中には、世界に反抗して何万という人を殺害したものもいる。
だが、全員が全員そうではない。一部の患者は世界に助けを求めた。
そんな彼らを、我々は結界の中に閉じ込め、その余生をそこで過ごさせることにした。 そこで、必要になってくるのが、彼らの世話をし、死体の処理をするものだ。
看取り人。神災病への耐性を持ち、神災病患者がその生涯を全うできるようにサポート、死後の死体の処理・儀式を行う役目を持ち、神災病同様、生まれつきの面が大きく、世界から絶大な恩恵を受けることができる。
また、神災病にも種類があり、E・D・C・B・A・Sと分かれており、中でもSは生まれつき神災病を患い、その能力を熟知している者をさす。
余談だが、Sランクの看取り人をしたものは報酬で5億円を受け取ることができるが、やりたがるものはいない。
まあ、僕は有無を言わさずやる羽目になったんだけどね。ちくしょおおお。
というわけでおさらい終了!目の前には先ほどと変わらず笑顔な神薙さんと資料があるのみ。
怒りと悲しみの相対する感情を手作りチョコレートのように混ぜ込み、僕という型に流し込む。もうやるしかないのだ。國枝裕樹18歳、男を見せろ。
そうして、僕は神薙さんに一礼し、資料を手にその場を去った。
コンコンコン。
扉をたたく手は震え、冷や汗は止まらない。
こんなに震えているのはたぶん初めてだ。こんなことならクビになってでも断るべきだった。
そんな感じで決まったことを今になって後悔しているところに天使の美声が吹き抜ける。
「どうぞ~」
あまりの美声に一瞬、自分は殺されたのではと錯覚したほどだ。
取っ手を掴み、一息入れて、扉を開ける。
室内は普通の病室とほぼ同じ造りをしており、違うのは中に獣を飼っていると言うことだけだ。
「はじめまして。あなたがわたしの看取り人?であってるかな」
「そ、そうです。初めまして、看取り人の國枝裕樹です」
にっこりと笑顔を浮かべながら僕は答える。看取り人に必要なのは適度な距離感。
自分にそう言い聞かせ、緊張を解く。
資料で見たけど、こんなにかわいいなんて!別の意味でも緊張するわ!
可憐な少女はベッドの上にちょこんと座って、その存在を静かに滲ます。
「とりあえず座る?」
備え付けの椅子を指さしながら言う彼女の指示に僕は黙ってしたがう。
第一目標は今日の一時間ちょっとを生き延びること。そのためには何があっても、彼女の機嫌を損なわせてはいけない。
互いに軽い挨拶と、今後の生活について話し合いを行う間、彼女、白井彼方は落ち着いた様子で僕の話を聞き入っていた。
驚きだ。同じ看取り人の先輩からはS級にもなると自己主張が激しく、自分の気に入らないことが起きると、殺人も厭わないなんて話を聞かされていたので彼女の行動は僕にとっては奇怪であり、ありがたいことだ。
彼女の話を聞く姿勢は物わかりの良い後輩というイメージが強く、最初の緊張なんてあっという間に消えてなくなっていた。
説明を終え、彼女に向き直る。尚も落ち着いた様子でこちらを見つめる彼女に若干の居心地の悪さを覚える。
そのまま、数秒、数十秒と経過する。
しんみりとした病室に男女がただ見つめ合うだけの時間が繰り広げられる。
あれ?こんなとこにラブコメなんて用意されてたっけ。
こういうときって男って何すべきなんだろ?
君、今日もかわいいね?いや、初対面だわ。何言ってんだ僕は。
あああ、どうしたらいいんだ。現実はこうも静かなのに、僕の脳内は今、フリーズしかけている。
「あのー、話って終わりました?」
えへへと、どこか緊張したように笑いながら告げられた彼女の言葉に、僕は思わず再起動をする。
え?もしかしてあの時間って話が終わっているかわからなかったから、喋んなかったってやつ?僕、そんなに話すの下手なの?終わりをきちんと伝えることもできないなんて僕っていったい―――――。
傷心する僕を見てか、彼女が慌てた口ぶりで事の顛末を話す。
「ち、違うんです。あなたのせいじゃないっていうか。わたしが単に話を聞いてなかっただけって言うか。わたし、難しい話をしてると耳が受け付けないというか何というか」
「つまり、君が話を聞いてなかっただけなのね」
「はい!」
「はい!じゃないけどな」
コツンと拳を軽く頭にぶつける。
イテテと言いつつも、どこか嬉しそうに笑う彼女に僕もつられて笑みがこぼれる。
看取り人、案外悪くないかもな。
そんな安直な考えをする僕はまだ、このあと一時間、同じ話をさせられる羽目になることを知らない。
結局、この後一時間みっちり彼女に説明会という名の拷問に付き合わされたあげく、今度は同じ看取り人である、ナツナ先輩の愚痴電話の相手をする羽目になった。
「―――という訳よ。どう?ひどいと思わない?」
「あーはい。そうっすね。ひどいっす」
「……あんた、帰ったら覚悟しとけよ」
「多分、忘れますよ。僕、今事務所にいませんもん」
「え?どっか行ってんの?旅行?」
「だったら幸せなんですけどね。神薙さんの命令で看取り人してます」
「は?今なんて」
「だからあのクソ上司の命令でS級の看取り人してるんですよ」
「S級?あんたが?死んだね。墓には何を供えようかしら」
ケラケラと笑う先輩。他人事だからって。
数分後、もう十分と言わんばかり笑った先輩は声音を低くし、仕事モードへと変わる。
「S級って具体的に何の能力なの?大人しい?」
「能力は『水』としか表記されてないです。性格はまあ普通の女子高生って感じですかね」
「……なるほど、それはグロいわ。神薙ちゃんも悪い子ね」
「え?グロいってどういうことですか?」
「ん?いやークソ童貞な裕樹がJK相手なんかできんのかなって」
「童貞言うなし。あとそれ、わりかし間違ってないからやめろ」
あは、やっぱし?なんて言ってまたいつもの先輩にもどる。
本当、この人はいつだって僕のあこがれだ。
ふざけているようで仕事には真剣で、それにどこかつかめないって言うか、何というか。とにかくすごい人だ。
その後は、世間話と愚痴を話す聞かされという時間が続き、電話を終了した。
受話器にはまだ熱が残っており、辺りは真っ暗。僕は時間という感覚を忘れていたことに気づく。
明日からは本格的に白井彼方と交流をすることになる。これが初めての看取り人としての仕事。
「はあー、やっぱ嫌だな。帰りたい」
この頃の僕なんか優柔不断さが露骨に出てる気がするんだけど気のせい?
自分の嫌なものとかって近づいてくるたびに嫌悪感と後悔が膨れ上がってくることない?あるよね。
僕の場合、白井彼方が嫌いとかじゃないんだよね。むしろ好きの部類に入ると思うし、彼女の部屋に入った瞬間、誘惑の魔法か何かをかけられたのかってぐらいドキドキしたもん。一目惚れだもん。
でも、でもだから嫌だって言うか、一度好きになったらそれを止めることができないっていうか。
この恋物語はいつだって終わりが決まっているから―――――。
コンコンコン。
いつもと同じ、三回ノックをして彼女の返事を待つ。
「どーぞ!」
少し暗い声を合図に僕は今日もズッシリとした扉を開ける。
そこにはジト目でこちらを見つめる白井彼方がいた。
不機嫌だと顔を見ただけでわかるのにそれさえも可愛く見えてしまう。
これも恋の影響か?なんて馬鹿なことを考えるぐらいには彼女との時間にも慣れてきた。
「これで三週連続で30秒遅刻ですよ!最悪です」
「何だよその記録、てか30秒って誤差の範囲だろ」
「いいえ、誤差じゃないです。先輩がわたしとの時間を30秒無駄にしてるんですから。これは由々しき記録です」
「……これから気をつけるよ」
「それも三週連続です」
不機嫌な声は僕の罪悪感をさらに駆り立てる。
彼方ははあ、と溜息をつく。
「先輩に問題です」
「いきなりだな」
人差し指を立てながら、彼女は話を続ける。
「限界までトイレを我慢している人間にトイレの目の前でこの扉三十分間待たないと開きませんと言います。その状況に先輩が陥ったとき先輩ならどうしますか?」
「なんだその意味不明な状況」
「いいから、答えてください」
「んー、その状況は限界まで我慢した後なんだろ?だったらその扉を力尽くで蹴飛ばすかな」
「おおー、以外とパワー系なんですね。先輩」
「で?この質問はなにが正解なんだよ」
僕の質問が彼女の想像通りだったのか、白井はニタリと笑い、僕と扉を交互に指さし。
「正解は―――、三十分も扉の前で悶えなくてもさっさと蹴飛ばして入ってきてくださいってことですよ!一途な先輩♪」
「うぐ!」
知ってたのかよ。こいつ!
そう、何を隠そう。僕はこの三週間、毎日扉の前に立っては戻り、立っては戻りを繰り返しながら彼女との会話のシュミレーションをしていたのだ。
それを、それを知っていてこの三週間黙ってたなんて、しかも今になってのネタバレ。痛い、痛すぎる。黒歴史確定だ。
頭を抱えて悶え苦しむ僕を見て、彼女はいつもの太陽みたいな笑顔を取り戻していた。
「あはは、あはは!先輩やっぱり最高ですね!頭良いはずなのに妙なとこでおバカになっちゃうなんて!ひーーおっかしぃー」
「こ、この野郎ー」
こうして僕はまた一つ、彼女にいじられるネタと生涯背負っていく罪を手にしたのだった。
真昼の日差しはやけに眩しく、目を白黒テレビのように点滅させる。
笑い疲れた彼女は、天使のような笑みを浮かべながら静かに眠っていた。
すー、はーなんて息づかいが聞こえる。かわいい。
そんなことを思いながら僕は部屋を後にした。
―――翌日。
それは突然の出来事だった。
彼方が息を引き取った。
神薙さんからその連絡を受け、僕は足早に彼女の部屋へと向かう。
呼吸は乱れ、心臓は重機のように激しい音を立てる。
部屋にたどり着くと、そこには見知らぬ人達が群がっていた。
辺りは水浸しで部屋は所々、歪んでいる。色褪せたカーテンは太陽の光で今にも焼け切れそうだ。
いったい、何があってこんなことに?
昨日まで彼女はここにいたはずだ。なのに今じゃ、そんな彼女の姿すら見当たらない。
「これが彼女の能力だ」
声のした方へと視線を向けるとそこには、
「神薙さん・・・・・・」
「彼女のカルテは見ただろう。能力『水』、その名の通り水に関することができる・・・・・・らしい」
「・・・・・・らしいって。曖昧な」
「どこの世界の医者も患者のことを全て知っているということはありえない。神災病患者なら尚更だ」
「神薙さん、彼女は亡くなったと聞いたのですが遺体はどこに?」
僕の素朴な質問に、神薙さんは驚いた表情を見せる。
「察しが悪いのか、事実を聞くまで信用しないのか。君は」
神薙さんは、僕を上司の目で見つめる。
「この部屋に広がる水こそが白井彼方の遺体だ」
「は?」
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