ダムを見る
高里 嶺
ダムを見る
細い山道を延々と運転する。視界の右側には岩肌が見えており、左側は断崖絶壁。遥か下には大きな川が流れている。道は蛇行を繰り返しながら山奥へ続いていく。
突然視界が開けて、カーナビが目的地に到着したことを告げる。車を停め、少し歩くと眼前にそれは現れた。
視界に収まりきらないほど広大な人工の湖。貯水量は約1,700万立方メートル。そして私が立っているのは全長200メートルを超える堰堤の上。ここはコンクリートを積み上げて造られた巨大なダムである。
堰堤の真ん中まで歩き、手摺からずっと下の水面を見下ろす。高さに足がすくむ。水の放流はされていないようだ。次に空を見上げる。ほとんど雲は無く、快晴だった。水色の空、山々の濃い緑、それに囲まれたダム湖の深い青。なんて美しいんだろう。周囲に誰もいないことを確認し、煙草に火をつけて一服する。煙が風に流れて消えていく。
時々ダムを訪れるのが、ここ数年の私の密かな趣味だった。少し散歩して景色を眺め、気が済んだら帰る。特に目的もなく、来てもただぼーっと過ごすだけだが、なんだか自分にしっくり来る場所なのだった。山の空気を吸って、頭を空っぽにするのは良い気分転換になる。街の喧騒を離れ、莫大な量の水を湛えた巨大なコンクリートの塊と対峙すると、とても雄大な気持ちになれる。自分はなんてちっぽけな人間なんだろうと思える。
しばらく周囲を散歩して、管理棟らしき場所で自動販売機を見つける。缶コーヒーを買い、近くのベンチに座る。無意識に温かい缶を選んだことに気づき、少し身体が冷えていたことに驚く。もう秋が深まっている。オフィスと自宅の往復ばかりで季節が変わっていくことにも無頓着になっていた。自然の中にいないと気づかないこともある。
私は、ここに巨大な構造物が作られた目的を考察する。治水、発電、水田への用水供給。公共事業が動くことによる雇用の確保。町議会議員と土建屋の癒着。景気浮揚効果。他にも政治的な意味があるのかもしれない。そしてこのコンクリートの塊に、莫大な金と労力が積み上げられたことに思いを馳せる。これを造ることには様々な意味があったのだろうが、自分にとっては自然の中に美しい建造物が存在し、それを眺めることで癒される、それ以上の意味はない。ただそこにダムがある。それで充分だ。
満足するまで景色を眺めた後、車に乗り込み、エンジンをかける。山を降りて街へ帰り、せせこましい日常に戻る。
ダムを見る 高里 嶺 @rei_takasato
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