異世界転生係のポム山さん~デバッガーとして堕とされただけの女神(♂)さんですが、自分にできるのは指から豆を出すことだけですので~

THE TAKE

第1話 指豆


 それは とある世界線の

 とある城内でのこと――




 ズラリと並んだ荘厳そうごんな騎士たちは、各自長尺のレイピアを左腕に構え、「直れ」の号で一斉に柄を打ち鳴らし直立した。ゴクリと息をのんだ参加者の一人は、じきに告げられるであろうその瞬間を前に、胸前で両手を組み、祈りを捧げた。


「次の者、前へ」


 改めて名を呼ばれた若者は、眩く光る紅玉こうぎょくの前で膝をつき、こうべを垂れた。数多集まった民衆は、跪く若者を見つめたまま、次に続く言葉を待っている。


「汝に与えられし能力スキルは……、脚力強化」


 おぉっと民衆が湧き立ち、若者は深々と礼をした。若者の両親は目に涙を浮かべながら彼の肩に触れ、彼らを慕う民衆に嬉々として迎えられた。


「次の者、前へ」


 途端に静寂が訪れた。

 いよいよ最後の一人として呼び出されたその人物は、どこか余裕を感じさせる振る舞いと、独特な雰囲気をまとった男だった。

 周囲の者たちも、その男に他ならぬものを感じているようだった。期待なのか、憧れなのか、漂う空気は明らかに他と一線を画していた。


「いよいよだな。クルートなら、もの凄ぇスキルの加護を受け、この世界を救ってくれるに決まってるぜ」


「当たり前だ、アイツは俺たちみんなの希望なんだ。なんならアイツに与えられるスキルが“勇者”だったとしても、誰が驚くものかよ。……アイツだけは別格さ」


 彼を認める者たちが口々に呟き、周囲がザワついた。兵を纏める長が「ウォホン」と咳払いをすると、民衆は改まり、満を持して口を閉じた。


「それでは改めて。次の者、汝に与えられし能力スキルは……、うぅん!?」


 聖職者の男が唐突に口を噤んだ。

 再び民衆がザワつき始め、期待を込めて色めきたった。


「静粛に、静粛に!」


 咳払いをした教皇は、目を右往左往させながら、御告げの文字を今一度黙読した。しかし何故か口にはせず、再度言葉を飲み込んだ。


「な、なんなのですか、教皇様。早く、早く私めに御告げの言葉を」


「いや、少し待たれよ、こんなことは私も初めてなのだ」


 教皇の言葉に民衆のボルテージはさらに高まった。目を輝かせて集まった子供たちは、青年の背後にズラリと並び、その時を今か今かと待ち侘びていた。


 教皇は下唇を甘噛みしてから、そっと目を閉じた。そして注視する民衆へ向け、いよいよ語り始めた。



「ま、…………め………………」


「ま、……め? まさか、あのマジックメイジですか!?」



 民衆がどっと湧く。

 しかし教皇は、慌てて皆を制した。



「教皇様、お願いします。改めて私めのスキルを!」


「わ、わかっております。ですから、そ、その、ま…………、め」


「え、なんですか?」


「ええ、ですから、ま、、、め」


「ま、め?」


 教皇は二度、三度と深呼吸を繰り返し、最後にピタリと息を止めてから、目を合わさぬようにアゴを上げながら言った。




「……マメ。……マメです、……マメ」



「マメ? マメって、……豆?」



 民衆がまた騒めき始めた。



「豆? 豆ってなんなんだ、マメとはなんなのだ、教皇!?」



 目を剥いた青年は、我を忘れて教皇に組み付いた。慌てて青年を引き離した兵たちは、青年を羽交締めにして距離を取った。


「は、はは、何かの間違いだよな、俺は“転生者”だぞ。俺はこの世界でトップに立つ男だ、豆とはなんの冗談だ!」


 荒れ狂う青年は、兵を引き剥がし、教皇へと迫った。


「しかし待てよ、……まさかそんなはずはない。マメと言っても、俺が知るそれとは違うんだろ。わかったぞ、おい教皇、答えろよ。民衆に教えてやれ、コイツはこの世界の隠語なんだろ。マメというありふれた名前に隠された、由緒正しきスキルなんだ。そうに決まっている!?」


 シンと静まり返った民衆が教皇の次の言葉に耳を傾けていた。教皇は微かに唇を震わせながら、朧げに言った。





「……豆が、…………出ます」





「豆がぁ?」





「指先から、……豆が、……出ます」





「ゆ、指先、から?」





「ぴゅ、ピュロッと、豆が、…………出せます」





 その瞬間、民衆の目の色はくすみ、喜びは蔑みに変わった。背後に並んでいた子供たちは一斉に身を引き、目の前の豆男を見つめながら「プッ」と吹き出した。


「ま、豆が出せるだと、ふざけるなよ教皇。お、俺の、オレ様のスキルが、マ、豆だと? ふざけるな!」


 怒り狂う青年の指先から、1センチ弱の“お豆さん”がポロッと溢れた。コロコロと転がった豆を拾った民衆の一人は、それを高く掲げ、声高に言うのであった。



「お豆だ、お豆さんが出たぞ」……と。






間違いだ!


こんなのは絶対に、

何かの間違いだー!!!





――――――

――――

――






 人の世と同じく、神々やそこに付随する者たちの世にも、「立場」や「肩書き」は存在する。


 なんでもないような「いち神」もいれば、外界まで名を轟かす化け物のような存在もいる。言ってみれば『ピンキリ』だ。


 チームリーダーである名持ちの神に半泣きで詰められている、この犬コロに似た女神様(仮)も、この世界にごまんと存在する、「いち凡神」にすぎない。


「なぁゴミ野郎、テメェは何度説明すりゃあ気が済むんだ。俺は何度も忠告したよなぁ、おい?」


「ふぁ、……ふぁい」


「ふぁいじゃねぇよ。何処の誰が、指から"ひよこ豆"出す能力なんぞ欲しがると思うんだ。『異世界無限ひよこ豆』って、テメェはバカなのか、テメェはよ!」


 肩をすくめたポム山は、ヨダレが溢れんばかりに怯えながら、嗚咽を漏らしていた。全長80センチほどのちんまりとした身体は小刻みに震え、身の丈三倍はある九頭身のパーフェクトボディーイケメンに詰められる光景は、不憫というよりほかなかった。


 それなのに、何故か彼を助ける者の姿はなかった。何より周囲の者たちは、それをどこかで容認している節すらあった。


「次に舐めた能力設定しやがったら、ブータ(豚によく似たモンスター)の餌にするからな。覚悟しとけよ、この変態きぐるみ野郎が!」


 ズタボロになった報告書を叩きつけたウブスは、怒りをあらわにしたまま出ていってしまった。




 定時を知らせる優しい曲が流れる中でも、いたたまれない雰囲気と、鼻をすするグズグズという音だけが響いていた。


 そんな中、周囲の空気を読まずに近づいたデリカシーのなさそうな巨男は、牛のそれのように立派な二本角を長髪に見立てて振り乱しながら、ポム山の背後より躊躇なく接近すると、首に腕を絡めて言った。


「な~にをベソベソしてんだ"女神さん"よ。たかだか仕事でミスったぐらいでビービー泣くな、情けねぇ」


「う、うう、うるせぇやい、丸ぽちゃむさ苦牛くるうしのくせにぃ、ひっく!」


「ボールみたいなナリした"ぬいぐるみボディ"のテメェにだけは言われたくねぇな。まぁなんだ、ちぃとツラ貸せ」


 皆の視線を引き連れてポム山を小脇に抱えたガンモ(巨牛族)は、職場近くの飲み屋まで毛玉男を引きずっていくと、店に入るなりポンと持ち上げ、小さな丸椅子に座らせた。


「なんやねん、勝手に連れ出してからに!」


「いいじゃねぇか、一瞬だけ付き合えや」


 座ると同時、テーブルに置かれた小さなグラスにルービーを注ぎ、うぃうぃとアゴで促す。言われるがまま仕方なくグラスを傾けたポム山は、プッフゥッと息を吐きながら、悔しさを滲ませ飲み干した。


「ま~た、またまたや。またしこたまキレられたわ。良かれと思ったひよこ豆やったのに、激クソキレられたやんけ!」


「そりゃそうだろ。せっかく転生して新しい人生を始めようって門出に、指からひよこ豆が出てくる"だけ"のスキルは突飛すぎだろ。誰が喜ぶんだよ、そんなスキル……」


「そんなにあかん? ……ひよこ豆」


「あかんな。現に派遣した冒険者は、あれ以来、森の奥に引きこもったまま出てこなくなっちまった。少なくとも、今後予定通り冒険が進むことはないだろうぜ」


 無言で同じようにグラスを開けたガンモは、ため息をつきながら互いのグラスにルービーを注ぎ入れてから、隠し持っていた紙束をポム山の手元に置いた。


「……なんやの、コレ?」


「まぁなんだ。ここんとこ、ちと怪しい噂が流れていてな」


「噂てな~に?」


 二杯目を口にしながらガンモの顔色を窺い紙束をまとめたポム山は、そそくさと文字の列を黙読した。それから数秒後、慌てふためき書面に顔面を近づけた。


「はー? なんやのこれ?!」


 ワナワナ震える毛玉の様子を見つめながら毛深な腕を捲ったガンモは、「そのままだろ」と付け加えた。


「そのまんまて、……これ正気なんか?」


「こっちが聞きてぇよ。でぇ、……"女神様"はどうするおつもりで?」


 呆然とするポム山の短い指の先。

 そこに綴られていたのは、あまりにも不穏で哀しい現実だった。



『 異世界転生課 初、

  満を持して異世界デバッガーを採用

  最初の挑戦者は、あの女神様?!  』



「アホいえ、なんや異世界デバッガーて!」


「そのまんまだろうぜ。前々から噂はあったが、いよいよ実動部隊として動かす段階に入ったらしい」


 しかしポム山はフルフルと首を振るってから、テーブルにポムポムと両手を叩きつけた。グラスがチョポンと跳ね、隣で眠りこけていた飲んだくれの背中がビクッと跳ねた。


「んなこと聞いてるんとちゃう、なんで"ワシ"が選ばれなあかんねん!」


「そりゃあ、まぁ……、なぁ?」


 グラスを開けたガンモは、ちんまりとした珍獣の背中をバシンと叩いて立ち上がり、さっさと「おあいそ」と言った。「早ぁっ!」と度肝を抜かれたポム山は、テーブルに突っ伏したまま、後ろ手を振る数少ない味方の背中を見送った。




そして、翌日――




「てなことで、チミにはウチで初めての"デバッガー"になってもらうことになったの。もちろん拒否権はないし、やらないなら即日クビなの」


 尖った長い耳をほじくりながら、途方もない条件を突きつけた天界第十七市支部 異世界転生課課長のパルー(ヤギ族)は、細長く肝が座った目でポム山を見つめながら言った。


「しょ、しょんな~、急に、しょんな、急なこと言われても……」


「仕事ってものはね、急なの。恋みたいなものなの。恋みたいな、なの」


「恋とかそんなん関係ないっちゅうか……」


「もう決まったことなの。パルー的には確定なの。変更は認められないなのよ」


「しょんなアホな……」


「てなことで、早速行ってもらうなの。条件は今回チミが出した例のアレなの。モチのロン、チミが自分で出した条件なの、文句ないなのよね?」


「え゛?」


 手持ちの端末をポパンピピピンッと操作したパルーは、胆嚢にピーナッツが詰まったような顔でムググとひと唸りしてから、全てを吐き出すように「キェェェェッッ!」と叫んだ。


「ちぃと待ったぁぁ!」と手を伸ばしたポム山の話も聞かず、数秒もしないうちに周囲の空気は歪み始め、ちんまりとした犬コロボディは次元の揺らぎへと引きずり込まれていく。


「い、嫌やー、異世界は堪忍してー!」


 抵抗も虚しく次元の狭間へと吸われていくポム山に手を振ったパルーは、ほんの数秒取り繕った笑顔を保ってから、狭間が消えると同時、スンと真顔に戻り、何事もなかったように溜まりに溜まった書類にハンコを押すのだった――

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