さまーぶれいく

@2525lilypeanuts

旅の始まり

 期末テストも終わり、大学に入って二度目の夏休みが始まった。僕には何一つとして予定はなかった。


 八月の初め、今の僕の全財産である十万円が入ったキャッシュカードと現金二万円を持ち、JRの鈍行が五日間乗り放題となる「青春十八きっぷ」を購入し、そのまま電車に乗り込んだ。悩んだがスマホは家に置いてきた。着替えもない。太陽はもう随分高い位置まで昇っていた。




 僕の日常に特筆すべきことは何もない。向上心も夢もなく、ぱっとしない偏差値の大学に現役で入学。軽音サークルに入ってみたものの、いつの間にか幽霊部員になっていた。学内には顔見知りはいるものの、これといった友人もできなかった。実家から都内の大学まで片道二時間、スマホを見ながら電車に揺られる毎日。テスト前にノートを見せてもらう友人もいないため、授業には真面目に出席していた。両親と住んでいたが、会話と呼べるものは殆どなかった。




 スマホがないので何をしたらいいか分からず、車窓から見知らぬ土地の景色を眺めていた。電車がトンネルに入ったとき、ガラスに映る僕は虚ろな目をしていた。僕は日々の生活に嫌気がさしていたのかもしれない、そんな気がした。それが今回の突発的な一人旅に繋がったのではないか。




 鈍行で行けるところまできたが、夜になってもうこれ以上は行けなくなり、西日本の地方都市で降りることになった。知らない街。飲み屋に行ってみたいとも思ったが、怖気づいてしまい、結局駅前のネットカフェに入った。店内で購入したカツカレーをビールで流し込む。気分がよくなり、抱えきれない程沢山漫画を部屋に持ち込んだものの、疲れていたのか、すぐに寝てしまった。




 僕は大学にいた。午前の授業が終わり、午後の授業までまだ時間がある。一緒に食事をする友人はいないが、知り合いはそれなりにいたため、一人学食で食事をするのは気まずかった。大学の図書館の人気がないトイレで、コンビニで買ってきたおにぎりを食べる。頬張って租借している最中、隣の個室に人が入ってきて、リズムカムに勢いよく破裂音がした。直後に便の匂いが漂ってきた。僕は音をたてないよう租借するのをやめ、そのまま飲み込んだ。人がいなくなってから五分程息をひそめた後、トイレから出た。適当な本を手に取って図書館の端の方の席に座り、スマホをみて時間をつぶした。


 少し早めに図書館をから出て、教室に向かった。嫌になるほど良い天気の中、キャンパス内を歩いていると、馬鹿笑いする集団の中の一人から突然話しかけられた。高校時代仲が良かった男だった。


「久しぶりじゃん。何してたの?」


 突然のことに驚いてしまったが、なるべく平然を装って答えた。


「別に何もしてないよ。教室に向かってるところ」


「ふーん。昼飯は食った?」


「いや、まぁ食べたけど」


「……そっか。今度飯でも行こうよ」


「おう……じゃあまたね」


 僕は足早にその場を去った。


 教室に入り、一番後ろの席に座った。男女の集団が談笑をしながら教室に入ってきた。僕はスマホを見るふりをしながら、視線に気づかれないように注意しつつ、彼女の姿を見ていた。


 彼女は読者モデルをやっているそうだ。小柄で、髪はショートカットのクリーム色をしている。いつも友人に囲まれて楽しそうにしている。


 一年の時に一度だけ話したことがあった。教室で偶然隣に座っていた時、教科書を忘れた僕を見て、「見ます?」と声をかけてきた。それを僕は「いや大丈夫」と断った。それからというもの、彼女が載った雑誌はすべて買うようになった。


 教室の端から彼女を見ていると、一瞬目が合ったような気がした。慌てて視線をスマホに戻す。胸が高鳴っているのが自分でも分かる。一瞬、もしかしたら自分に気があるんじゃないかと思い、すぐに思い直す。何考えてるんだろう。これじゃとんだストーカー野郎の考えだ。僕は、さっきまで以上にいたたまれない気持ちになり、机に突っ伏した。




 その瞬間、僕は夢から目が覚めた。


 あたりを見渡す。目の前には大量の漫画が積み上げられている。遠くの方から馬鹿みたいに大きないびきが聴こえてくる。まだ胸が高鳴っていた。そして、このままじゃいけない、何かしなくては、という気持ちになった。


 すぐに会計を済ませ、ネットカフェを出て夜の街を歩いた。

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