呪詛 20

「でもやっとこれで、私も良雄さんも、スイッチが入りましたね! だってさっきお姉ちゃんが犯されてる映像見て、こいつら全員ぶっ殺してやるって叫んでましたもんね! 私もですよ! あの水野とか言うデブなおっさんが自分のお腹を刺して血塗れで死んだのを間近で見た時、思ったんですよねぇ、ああ、私の中に眠ってた何か大事なものが目覚めたぁって! すごい快感が身体中を走り抜けていくのが分かって! その後で、あの眼鏡をかけたおっさんに髪の毛を鷲掴みにされて、そうそうこの感じもいいっ! って思い出して! 極め付けはその後、女の子が犯されてる映像をここで見た時ですよ。あああ、これは私の記憶だって思いましたぁ!」

「そ、それが……スイッチ……?」

「ピンポーン! そうですよ麗子さん! 最初にこの計画を聞いた時、幻覚性の強い無味無臭のドラッグを飲ませた後で、死んだ人に化けて出て脅かすなんて、オーナーたちに嫌がらせをする内容としては、お化け屋敷みたいだなって思ってました。あの人たちがたまにここでそう言うダンスパーティーしてるのはもちろん知ってたし、新しい趣向なのかなって、そう思って。麗子さんがネット注文した段ボールが届いて中身を見るたびに、結構本格的に脅かすつもりなんだって思ってましたよ。ラブドールが届いた時は、正直人間の死体かと思ってダンボールから後退りましたね。一番大変だったのは、大きな一面ガラスに映像が映る塗料を塗ったことですよ。私、そんなに背が高くないから、一生懸命脚立に乗って、掃除しているフリをして、その塗料を塗ったんですよ? 


 だって、ずっとずっとお世話になってきた孝哉くんと麗子さんのお役に立ちたかったから。私、頑張ったんですよ?


 麗子さんから聞かされた、あのおじさんたちの悪行、なんでしたっけ? あの水野とかいうおじさんは家出少女を騙して、アダルトなビデオに出演させてるって言ってましたよね。メガネをかけていたおじさんは、会計士という肩書を利用して詐欺紛いのことに手を染めて、善良な市民からお金を騙し取ってるんでしたっけ? それに、極め付けが最高でしたよね。レイさんとして近づいた麗子さんのことが大好きで、変な性癖のあるおじさんの話を聞いた時は身の毛がよだちましたよ。麗子さんも復讐のためとは言え、よく耐えてきたって今なら思います。いくら指一本触れさせないとは言え、変態の相手をしてきたんですよね? 麗子さんだって頭がおかしいって正直思いましたよ? 


 それに私、この計画を聞いた時、聞きましたよね? オーナーは何にも悪いことしてないですよねって。そりゃあ、働いている会社の社長だし、そんな悪い奴じゃないって思いたかったんですよ。オーナーだけはその中でもまだマシだったって聞いた時は、ほっとしました。だって、大学時代からそんなアホな奴らの金づるとして利用され続けていただけですもんね。お金があるから悪いことに手を染める。だから、お金を出してしまうオーナーも含めて、あいつらを懲らしめたいでしたっけ? 


 それならなるほど! お手伝いしたいって、頑張ってきたのに——。

 

 それがまさか、はははははっ! 気が狂って自分で死ぬなんて! たかがネットで購入した幻覚が見えるドラッグ、たかがダンスミュージックに入れ込んだ変な声、それがまさか! まさか! こんなことになるだなんて! 最高すぎてスイッチオーン! ですよ!」


 私を庇うように立つ良雄さんが「狂ってる……」と囁くような声で言うと、木下さんが冷静な声で「狂ってるって、狂ってますよ。当たり前じゃないですか」と答えた。


「当たり前が良雄さんとは違うんだから、狂ってて当然でしょ? 普通じゃない親に育てられて、それが普通で生きてたんですよ? 付き合ってる男と一緒に殴る蹴る、食事なんて貰えない。変な洗脳を母親にされて、家から出ることもなく、学校にも行かせてもらえない。男ができたら家には全然帰ってこない育児放棄の母親。それが当たり前の日常、それが普通の家で育ってて、私の普通はなにかってそりゃ、それが普通ですよ。それは普通じゃない、狂ってるって思うんでしょ? 私にとったらそれが、その暮らしがずっと普通だったんだよ!」


 そう言った後で木下さんは、うっとりと陶酔するような表情を見せた。 


「私の神様、ミヨちゃんだけがあったかいご飯を食べさせてくれて、ミヨちゃんだけが私の痛みを分かってくれました。ミヨちゃんは、絶対私に可哀想って言わなかったです。どんな時も、そうか、そうかって言って頭を撫でてくれるんですよ。それに、昔、雷が落ちた時にできたと言う顔にできた大きな火傷の跡を撫でさせてくれて、どんなことがあっても御面様が私たちを守ってくれるって教えてもらったんです。御面様はミヨちゃんの大事な守神なんですよ。それなのに——あいつら、自分にもそんな馬鹿な奴の血が混じってると思うと反吐が出る!」


 木下さんは吐き捨てるようにそう言い放つと、良雄さんの顔を軽蔑するような眼差しで見つめ、話しかけた。


「てか、良雄さんって、ミヨちゃんのこと本当に覚えてないんですか?」

「ミヨちゃん……、って、わからない……。俺は、俺のお父さんは清洲のおじさんで、そんなおばさんにご飯を食べさせて貰った記憶が——」

「ミヨちゃんにやって貰った恩を忘れるなんて、本当に最低な偽善者ですねぇ、良雄さんは! 麗子さん、教えてあげたらどうですか? 良雄さんはミヨちゃんのこと記憶にないらしいし、ここには孝哉くんがいないので、代わりに全部教えてあげてくださいよ。私の知らないことももちろんあるんですよね? だって、私を騙してここに閉じ込めてたんだからっ!」


 木下さんはレイコさんの背中を蹴り飛ばし、良雄さんの前に跪かせると、「ほらぁ?」と言いながら髪の毛を引っ張り上げた。レイコさんの顔が歪み、こちらを向きながら申し訳なさそうに話し始める。


「良雄くん、私はあなたに会うのは初めてだけど、あなたのことは孝哉くんから聞いて、ずっと前から知ってる。孝哉くんは、いつもあなたは素晴らしい弟だって自慢してた。お姉さんが水難事故で亡くなったって思ってたから、森林の勉強を始めたんだよね、おんなじように山の中で起きる事故で死ぬ人を減らしたいって言って……。すごい立派な弟なんだって、いつも聞いてた。だから、今回のことにあなたは何にも関係ないの。この場所だって、偶然で——」

「そう言うことを言えって言ってるんじゃないんだよ!」


「馬鹿なんですか?」と掴み上げた髪の毛をさらに締め上げた木下さんがレイコさんを睨むと、レイコさんは、「好きなだけしていいよ」と木下さんに言った。木下さんは声を荒げ、「その目が嫌いなんだよ!」と言ってから髪の毛を掴んでいた手を離す。


「あああ〜。この光景、こうやって男にやられてるお母さんのこと思い出しますよ。でもお母さんはそんな目で見てなかった! 私を哀れむようなその目、お母さんはそうじゃなくて、自分が可哀想だって気持ちに酔いしれていましたよ? それに良雄さんはお姉ちゃんが水難事故で死んだんじゃないって、もう知ってますよ。あの映像見たんだから! それなのに、余計なことを——」

「里香ちゃん、もうやめよ。本当にこんなことになってごめん!」

「やぁだぁねぇ〜、さぁ〜! 全部話してくださいよ。良雄さんが恩知らずな偽善者だって気づき始めているんですから!」

「里香ちゃん、良雄くんは覚えてなくって当然なんだよ。孝哉くんがミヨさんのところで食べさせて貰っていた時、良雄くんはまだ小さい子供で……。それに、孝哉くんの妹の陽子ちゃんとお姉ちゃんが行方不明になった後で、良雄くんは子供のいない親戚のおじさんに引き取られて養子になったって——」

「だから?」

「え……?」

「良雄さん、小さい子供だったから、覚えてなくって当然? 誰かの養子になってその後普通に生活してたから忘れて当然? 貧しい時はミヨちゃんが食べさせてくれたのに、覚えてなくって当然? 悲しい出来事を上塗りするような平和な日常があったから、忘れてて当然? 信じられない! そんなこと! よくそんなこと言えますね! ミヨちゃんをなんだと思ってるんだぁ!」


 木下さんの話を聞きながら、困惑した顔で良雄さんが身体を揺らし始める。ふらふらっと足がよろめいた気がして、思わず背中に手を伸ばした。そっと背中に手が触れると、不安そうに脈打つ心臓の鼓動が聞こえてくる気がした。


「でもやっぱり、ミヨさんって人、思い……出せない……。そんな人に、親切にご飯を食べさせてもらっていただなんて……そんな、そんな……俺はその人のことを覚えていない。困ってる時に、ご飯を食べさせてもらったのに、それなのに、覚えていないだなんて——」


 動揺する良雄さんの言葉を聞き、レイコさんが木下さんの横から声を上げた。


「良雄くん、その当時、あなたはまだ四歳くらいなの! 覚えてなくて当然なのよ! 孝哉くんから、病気がちだったお母さんが亡くなって、あなたたちは引っ越したって聞いてる! だから、覚えてなくてもしょうがないんだよ!」

「うっるさいなぁ、麗子さん。お口にチャックさせますよ? せっかく良雄さんがふらふらよろめきながら、自分が恩知らずな偽善者だって気づこうとしてるのに! それに、これはみんなミヨちゃんの思し召しなんですから! 私たちは、全部全部、ミヨちゃんが繋げたご縁なんですよ?」

「ミヨちゃん……、ちょっと、待って……、それって、もしかして、榎田さんが言っていたミヨさんも同じ人ってこと……?」

「だいせいかーい! 遅いよ遅いよ良雄さん! 気づくのが遅い〜!」

「お父さんは何も知らないからっ!」

「お父さん?」

「そう! この麗子さんは何を隠そう榎田さんの娘さんなのです〜! て、さっき紹介したのに、頭に血が昇ってて聞いてなかったんですかぁ?」

「ど、どう言う、どう言うことなんだ?!」

「お父さんはただ、ただ、お姉ちゃんを探していただけなの! 私が、私が……、そう仕向けて……。だから! お父さんは今回の件に何も関係ないの! それに、お姉ちゃんがどこに閉じ込められたのかなんて、私も孝哉くんも、知らなかったの! あのビデオテープに映っている女の子が孝哉くんの妹に似てるって、ミヨさんが孝哉くんに連絡をくれたところからこのことが始まってて! それでね、それで、孝哉くんがSNSで私を探して、連絡をしてきてくれて、ビデオを見た私たちは、許せないって、絶対にお姉ちゃんを見つけ出すって心に決めて……、それで、それで! 探偵事務所を使って武山たちを探し当てて、近づいたの、それで——」

「それでぇ? 今回の計画を二人で立てたってことですよねぇ? 麗子さんも孝哉くんも、せっかくあいつらに近づいたのに、どこに閉じ込められてるのかが何年経っても分からないから、死んだお姉ちゃんに化けて、祟りで脅して吐かせようと! 私をNPOで引き取ってから、計画したんですよねぇ? なんなら、ここのキャンプ場を買うようにオーナーに仕向けたのも、孝哉くんですよね? 別荘のサブスク、これから絶対流行るからって誘い出して」

「そんなわけないっ! 里香ちゃんと孝哉くんが出会った時は、そんな計画なんてしていない! だって、だって、おんなじような悪い人間を演じて、あいつらに近づけばすぐに聞き出せると思っていたから!」

「じゃあなんで、私に観光の専門学校に行くように仕向けたんですかっ!」

「それは、その仕事を覚えれば、インバウンドで盛り上がる日本経済の中であなたが一人で生きていけるようにって、孝哉くんのそういう思いもあったから!」

「はぁ〜! 反吐が出る! じゃあなに? 一年前ここに就職した時には、今回の計画なんてなかったんですか?」

「そうよ! それにまさかこんなことになるなんて思ってもみなかった!」

「どの口が言うって話ですよ! 自分たちの復讐、そのために私をオーナーの会社に送り込んで、ここに住まわせて軟禁して。私は二人に感謝してるって思ってたから上手くいくと思ってたんですよねぇ。だって、五年前にあのビデオを見つけてミヨちゃんに相談した後、そのまま私の手元には戻ってきていないし、私ってば、その後平和に生きてきて、その存在さえ忘れてたんだから。でも今回、改めて見て理解しましたね。孝哉くんも、麗子さんも、五年前からめちゃくちゃ私に親切にしてくれた。それもこれも私への善意を装った洗脳!」

「だから、それは誤解で違うんだって!」

「誤解なんかじゃなーい! はぁ〜、母親からの洗脳も凄かったけど、孝哉くんと麗子さんの洗脳もまじすごいですよ。私のためにって尽くしてくれるその姿! すっかり騙されてましたよ。でも、そう言うのも今なら嫌いじゃないです〜。信じていた人に裏切られた可哀想な私! そう思うと興奮してきます! それに——」


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