呪詛 10
「僕は祟りを基本的に信じないから。祟りじゃないとすれば、どんな可能性があるのかなってずっと考えてたんですよ。で、とりあえずは症状的にはアレルギー性の皮膚炎に思えたから薬を飲んでもらったんですけど、思った通り効果がありました」
確かに美穂ちゃんの手の跡は最初の頃よりも薄くなっていた気がする。それに「確かに、身体が疼くのが少しは治ったんですよ」とも言っていた。
「もしも祟りじゃないなら……」
「はい。もしも祟りじゃないなら、これは誰かが引き起こした事件」
「でも、死んでいった方たちは明らかに頭がおかしくなってました。見えないものに襲われるように、本当に、酷い死に方で……」
「それなんですけどね——」
良雄さんは一呼吸おき、「キノコの味噌汁を飲んでて思い出したことがある」と話を続けた。
「さっき飲んだ天然キノコのスープ、あのスープを作ったお店のオーナーにキノコおじさん、あ、キノコに詳しい人をですね、紹介したのは僕なんですけど。キノコって、素人が採取するとめちゃくちゃ危険なんですよね。ほら、毒キノコを誤って食べて食中毒になったとかニュースで聞いたことないですか?」
「あるかもです」
「だから、キノコおじさんを紹介した時に、講習みたいな感じで、結構詳しく僕も教えてもらったんですよ。それで、思い出したのは、食中毒になる毒キノコの中には、ワライダケって呼ばれているキノコがあって」
「ワライダケ、ですか?」
「そう、ワライダケです。日本の古い書物にもその存在は書かれているんですけど、ワライダケって言うだけあって、幻覚が見えたり、頭がおかしくなって奇怪な行動をするらしいんですよね。なんでもその中に含まれる成分に強烈な幻覚作用があるらしくて、今の日本では麻薬として取締をされているような危険なキノコらしいんですけど。で、そのキノコおじさんの講習で、過去の事件を紹介してもらった話が、霧野さんから聞いた話に似てるなって、さっき思い出したんですよね」
「自分で自分のお腹を刺して……とかがですか?」
「そう。僕が聞いた話だと、その幻覚が見えるキノコを食べた人が、空が飛べると思い込んで二階の窓から飛び降りたりとか、自分で自分のお腹を刺したって人もいたような気がするんですよね。頭がおかしくなって見えないものが見える、聞こえない声が聞こえる、強迫観念にかられる、そして場合によっては自ら死に至る」
「まさか……」
「僕もまさか、そんなことはないと思ったけど、祟りで頭がおかしくなったって方が、ないなと思って。だったら、どんな理由があるんだろうって、ずっと考えていて、だから、キノコの味噌汁を飲んでて、そんな話を思い出したんですよね」
良雄さんの話が本当だとすれば、見えるはずもない幻覚を見て、強迫観念にかられ自殺したというのはありうるかもしれない。でも——
「祟りじゃないなら、あのセンターハウスで見た炎に包まれたお面はどうなるんですか? 私たちに襲いかかって来ましたよね?」
「そこなんですよね。そこがどういう仕掛けかわかれば祟りじゃないって証明できる気がするんですけどね」
「ですよね……」とは言ったものの、あれはどう考えても御面様の祟りとしか言いようがない。炎に包まれた真っ黒なお面は外からゆらゆら現れて、私に襲いかかって来た。あんなことが普通に起こるわけがない。あの時の状況を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あれが、祟りじゃないわけない……」と、小さく呟くと、良雄さんは話を続けた。
「僕もそう思っていたんですけど、夜は暗闇で見えなかったものが朝になって色々と見えてきたというのか、うん……。防災無線で連絡をとった感じだと、お昼頃には地元の消防団が道をなんとかしてくれそうなんで、病院に行けば、美穂ちゃんや武山さんの症状が祟りなのか、何かにかぶれたのかは検査してもらって分かると思うんですけど——」
良雄さんは言葉をそこで飲み込んだ。運転をしている横顔は、さっきよりも不穏な空気感を出しているような気がする。その先の言葉を私に言っていいのかどうかを迷っている、そんな横顔に見えた。息が詰まりそうになり、外に目を向けると、濃い緑の葉が茂る山道が見えた。昨日降った雨は、夏の日差しが当たる場所は乾き始めている。それに、山の家からもうだいぶ走って来ている。もう少しでNature’s villa KEIRYUの駐車場の入り口が見えてくるはずだと思った。
——夜は暗闇で見えなかったものが朝になって色々と見えてきたというのか。
さっきの良雄さんの言葉を思い出す。
——良雄さんは何か見えたのだろうか。昨日の夜には見えなかったものが、何か。それに良雄さんはあれから無言で運転している。私に言いにくいことがあるってこと……?
車は山道を順調に進んでいる。Nature’s villa KEIRYUの見落としそうなほどささやかな看板が見え、駐車場の入り口を通過すると、駐車場の中にはおおきな木が真っ二つに割れて倒れているのが見えた。その真ん中辺りには、赤い車が潰れている。あの側でレイさんは雷に打たれて亡くなっていたと、またレイさんの焼け焦げた顔を思い出しそうになり目を
——やっぱり、誰かが起こした事件なんて思えない。それに雷に人が打たれて死ぬなんて、普通じゃ考えられない……。祟りとしか、思えない。
「霧野さん」と、私の名前を呼ぶ声が聞こえ目を開けると、倒れた木の手前で車は停車した。良雄さんがシートベルトを外しながら話を続ける。
「霧野さん、さっきの話の続きですけど——」
良雄さんは私の方を向き、「もしもこれが祟りじゃないなら」と、そこで間を起き、真剣な目で私を見つめた。嫌な予感がする。何かよくないことを私に告げる前兆のような、そんな気配を感じる。良雄さんはゆっくりと息を吸い、私に言った。
「道が開通して警察が来れば、何もかもが明らかになると思うんです。でもそれはつまりこういうことだと思うんです。この近くに、祟りに見せかけて人を殺した、連続殺人犯がいるってことだと——」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます