呪詛 3

 ——レイさんに似てる?


 そんなわけはない。レイさんは雷に打たれて昨日の朝亡くなったはず。それに、榎田さんの話だと麗子さんは、名古屋からここに来る予定になっている。


 ——私の勘違い……だよね。でも……


 そう思えば思うほど似ている気がしてしまう。レイさんに会ったのは一度きり。あの怪しげなパーティー会場で、真っ赤なドレスを私に手渡してくれた時に少し話をしただけで、その後、レイさんの姿を見ていない。いや、見ていないというよりは怪しげなパーティーから逃げ出そうと必死で、その後のレイさんの記憶がない。艶々とした黒いボディスーツ、そんなテイストの洋服を着た人は、確か他にも数名いたはずだ。


「瑞希さん、どうかしたんですか?」


 隣から美穂ちゃんが囁くような声で私を呼び、「ちょっとね」と、私も囁くように答えた。榎田さんに聞こえないように小さな声で話を続ける。


「あの写真の人に似た人を昨日見た気がして……。美穂ちゃんも見たでしょ?」

「え? 誰をですか?」

「レイさん」

「レイさん?」

「うん、美穂ちゃんも昨日、レイさんからあの黒いワンピースを受け取ったんじゃないの?」

「え……? ワンピース?」

「そう、パーティーの時、着替えてたよね?」

「ああ、あれ。あれは木下さんから受け取ったんですよ。木下さんがオーナーからだって部屋まで持ってきてくれて」

「え……?」

「さすが高級リゾート、パーティー用の服の貸し出しサービスもあるのかって感動しました。瑞希さんも着てましたよね? 真っ赤なワンピース」

「あ……うん……」


 榎田さんがこちらに顔を向けるのが見えて、美穂ちゃんとの話はそこでやめることにした。リカさんが見つかって、家族の写真を見せてくれている榎田さんに、娘さんに似た人を昨日見ましたなんて話を聞かれたくない。それに、レイさんを見たのはその一度きりなのだ。きっと、私の勘違い——


 ——違う……。その後に雷に打たれ、焼け爛れた顔のレイさんを駐車場で見た。それに、河原で気の狂ったユキヒコさんに頭部を切られたところも……


 そう思ったら最後、一瞬にして脳内に、焼け爛れ赤黒くなったレイさんの顔が浮かんだ。目玉がどろりと落ちかけたレイさんの頭部を、ユキヒコさんは嬉しそうに空に掲げ濁流の中へと入っていった。


 ——やめて……もう思い出したくない……。それに、そのレイさんがリカさんの妹の麗子さんなわけない。そんなことあるはずない……。なんてことを想像するんだ。


 あり得ない方向に考えが進んだ自分を戒めるように、かぶりを振った。


「それにしても……僕には一度きり、私を探してって声が聞こえただけなのに、縁もゆかりもない霧野さんにもリカの声が聞こえて、それだけじゃななくって、自分がどこにいるのか教えに来ただなんて……。梨華は家を出た時のまま、僕のことを今でも怒っとるんでしょうかね……ダメな父親だったもんで……」


 榎田さんはそう言うと、力なく笑った。


「僕の仕事は自動車関係の開発でね……。仕事が遅くなることもあったし、梨華にはだいぶ助けてもらっとったんですけど。あの頃、下の娘もそれなりに反抗期で……。こうやって今、写真を見ると仲が良い風に見えますけどね、それなりにやりあっとって。それを、僕は梨華に任せっきりで……。どこの家でもあるような話なんだけども。そんなことを言えば、梨華だって……」


 榎田さんは言葉を止めて、リカさんの方を向き「本当に、すまなかった」と涙声でいい、鼻をすすってから話を続けた。


「梨華もね、一時期ぐれとったんですよ。お恥ずかしい話、家のことは任せっきりだし、子供の世界は親にはわからんと言うことだけでなく、僕は忙しさにかまけてみててやれなんで……。高校卒業してからは夜遅くまで繁華街に出かけて行ったり、朝帰りや数日帰ってこないことがあったりね……。妹の面倒を見てくれる良い娘だと思い込んでただけで、梨華は梨華なりに思うことがあったんでしょうね……。モデルの仕事もどこまでしてたんか、正直よく分からんのですわ……」


 榎田さんの話を聞きながら、榎田さんが特別悪いお父さんと言うわけではないような気がした。自分も自分の父親と十代後半からはそんなに話をしていない。何を話して良いのか、分からない。話をしたいとも思わない。きっと誰でもそんな時期があるような気がした。暗い表情の榎田さんをみて、思わず声をかける。


「私も父親と、そんなに話なんてしませんよ……」

「ありがとう霧野さん……。でもね、僕は後悔してるんですわ。あの子にはね、高校時代から付き合ってた彼氏がいて……。僕はその子が嫌いでね」


 榎田さんは悲しく微笑み、話を続ける。


「同じ中学校の子で、少しだけ年上だったかな。もう忘れてしまったけども……。言い方は悪いけど、酷くぼろいアパートで、妹と二人で暮らしているような、そんな家庭環境の子でねぇ……。僕の目には、娘には不釣り合いだと思ったんだわ。高校も行ってるのか行ってないのか分からないし、いつも土方どかたのような服を着て。梨華は真面目に家のこともしてくれて、妹の面倒も見てくれる良い娘だったんだけども、彼と付き合い始めてからどんどん派手になっていくような気がしてね……。見た目で判断してまったんですわ。僕はその彼を……。だからね、そんな奴とは今すぐ別れろってね、そんで、梨華とケンカして……。なんて言う名前だったかな、私の彼氏は何にも悪くないとか、人を見た目で判断するなとか、なんとか、酷く怒ってまって……。それきり、あんまり話ができないまま……梨華は大人になっていったもんで……。一緒の家に住んでいたとは言え、大人になった梨華のことは何にも知らんのですわ……。ダメな、父親でしょう……僕は……。どこで誰と何をしているのかとか、モデルを始めたってことは妹の麗子から聞いたけども……。聞いただけで、実際にこの目では見とらんのですわ……。本当を言うとね、いつから行方不明だったのかも、僕はわからんのですわ……。ある日……彼が来て……。梨華を知りませんかってやってきて……。それで——」


 榎田さんは息を止め押し黙ったまま下を向いた。その続きを余程言葉に出したくないのか、膝の上で両手の拳をぎゅうっと握り締めている。榎田さんから溢れ出てくる後悔の波が部屋の中に広がり、山の家全体にも広がっていくような気がした。部屋の空気が一気に重たくなり、私の肩にも得体の知れない重みを感じる。美穂ちゃんも同じように感じているのか、何も言わずに榎田さんが話を続けるのを待っていた。



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