御面様の呪い 5

「呪いを解く方法か……」と榎田さんが呟くと、その続きを促すように低い雷鳴が山々に響く。


「例えば、なんだけども……」と、榎田さんは分厚い資料をもう一度取り出し、指を舐めてからペラペラとページをめくっている。何ページかめくった辺りで、手を止め、私たちに見えるようにくるりとファイルの向きを変えた。


「これはね、えっと、東北の方の話なんだけども。水害から人々を守るためにってことで、今でいうさ、堤防みたいなものを作ったんだけど、その時に人柱ひとばしらをした話なんだわ」


「人柱……?」と、良雄さんが聞き返すと、榎田さんは、「そうそう、人柱」と話を進めた。


「人柱ちゅうもんは、まあ、その字の如く人の柱ってことだよね。昔は災害は神がもたらすもので、どうぞお怒りをお鎮めくださいというお供物みたいな感じで、生きた人間を人柱にしてたっていうのかなぁ。かわいそうな話なんだけども、神様に選ばれた人が人柱になるってことが多かったみたいなんだよね。


 例えばさ、ここにあるように、村一番の美人とか、巫女さんとか、そうだなぁ、もう死んじゃいそうな年寄りがというよりは、道半ば、まだ若くてとか、宗教者が自らとかね、そういう感じが本来だったはずなんだけども。ほら、捧げ物だから。神様に選ばれるくらいの人って意味で。


 でもね、そのうちに、災害は人の手で防げるもんだって時代が移り変わってさ。そういう人柱の習慣だけが残ってしまった。そうなると、どうなったかというとね、人間っていう生き物はさ、人間中心の考えになっちゃったわけなんだよね。例えば、橋とか、そういう難しい工事をする時に人柱が必要ならば、命ならなんでもいいってなっちゃって。だから人買いから買ってきた女や子供、乞食とかね、そういうのでいいんじゃないかって、そういう考えになっちゃって。例えば村の権力者がさ、人の命でいいならば、知ってる村の人の命じゃなくて、縁もゆかりもない人でいいんじゃないか、みたいな感じだよね。


 で、この資料の話はね、女の人をどっかから買ってきて、それで人柱にしたんんだけど、縁もゆかりもないお金で買ってきた人だしってことで、疎かな扱いをしたんだろうね。だからその女の人が怨霊となり、その祟りが度々、昭和の時代まで続いたとか。だから今では大切に祀っていると言う、そういう史料なんだけども。ほら、たまに見ない? 橋のたもとに観音様や石碑があるの。それは、その人柱になった人を大事に祀らないと、祟りとして大きな災害が起きるからってことなんだけれどもね」


 そう言われてみれば、大きな橋のたもとやその近くに石碑や観音様があるような気がした。普段はそんなことを気にしないで通り過ぎてゆく風景の一部になっている。その理由までは考えてもみなかった。


 ——誰かが、人柱として生きたまま埋められた


「それで、御面様の祟りに話を戻すとさ、もしもこれが御面様のお怒りによるものだとしたら、お面を元あった場所に戻して、許してもらうしかないかもって、そんな話なんだけども……。それが無理なら、御面様自体にお経を唱えて鎮まりくださいとお願いをする、か。要は、その御面様が怨霊の宿るお面だからってことなんだけどね。それに——」


 そこまで話して、榎田さんはコップに入った麦茶をごくごくっと飲み干した。


「僕が探してる祠なんだけどね、なんで、美人の村の生贄に、わざわざ醜いお面を被せる必要があったのか、と考えた時にね、僕なりのある結論に達したんだわ」

「あの話ですよね」

「そう、良雄くんには何回か話したことがあるんだけども、その醜い御面様はさ、人柱のように捧げ物にされた美人な娘を祀ってるんじゃないってことなんだわ」

「どういうことですか? それに、もしも御面様の祟りだとして、今の話、御面様をお返しする場所がどこかなんて、見つけようがないというか——」

「霧野さん、それがね、もしかしてこの近くかもしれないんだわ」

「え……?」

「実はね、何年か前に面白い話を聞かせてくれた人がいてね」


 榎田さんはそういうと、眼鏡を外し、目が疲れたのかごしごし手で目元を擦った後で、また眼鏡をかけた。


「彼女が言うにはね、その人のおばあちゃんがまだ生きてた頃に聞いた話らしいんだけどもね、同じような美人が多いと噂の村の出身だったそのおばあちゃんが、子供の頃に聞いた昔話で。その村の近くには小さな祠に御面様を祀っていて、それで、祠に祀ってある御面様は、部落ごと焼き払われた人達の怨霊を祀ったもので、という話なんだけど。なんでも、昔から大きな災害や飢饉があると、山神様のお怒りを鎮める為に、周りの集落の持ちまわりで、洞穴に娘を入れて捧げ物にしたんだって言うんだけどさ、それがおかしいんだって話でさ」


「おかしいってどう言うことですか?」と、美穂ちゃんが尋ねる。私もその先が聞きたい。その祠はこの近くではないかと言っていた。


「うん、実はさ、その祠に入れた生贄は、次の日には洞穴から忽然と姿を消して、それで山神様が受け取ってくれたってことで、昔々からその習わしは続いていたみたいなんだけど。まあ、資料で残ってないし、言い伝えられていくうちに色々変わってることもあるとは思うんだけども。でも、その人が言うにはね、おばあちゃんから聞いた話だと、どうもある年からは毎年神様に捧げるようになったらしくてねぇ。その生贄に捧げられた綺麗な娘さんは、人買いに売られてしまっていたんじゃないか、ということで。まぁ、簡単に言うとあれだわ。遊郭とか、そう言うところに高い値段で売られていたってことになるかな。今でいうところの風俗店に売られたみたいなことだわね」

「ひどい。でも、それって誰にお金が入るんですか?」

「美穂さん、そりゃあ、その当時の習わしをやろうと言い出した人たちにだよ」


「え?」と声が漏れる。では、神様の怒りを鎮めるための生贄でもなんでもないのではないか。


「その人の話によると、実際に生贄になった娘さんを街の遊郭で見た人がいたとかいないとか。だって考えてみたらわかるよね? 次の日、消えてるんだから。でも信仰深い山奥の昔の人はそれを神様が受け取ってくれたって思ったんだろうねぇ」


「てことは、その生贄を捧げるって言い出した人たちが綺麗な女の人を売って、お金を手にしてたってことですか?」と、美穂ちゃんが聞くと、榎田さんは「僕とその人の推測だし、正解は資料もないし、全ては時の流れの闇の中で見えないけれどね」と答えた。


「で、ある年に生贄に選ばれた娘を山神様に渡したくないと考えた両親が、洞穴に入ったらこれを被りなさいと、醜いお面を娘に持たせた。すると、娘は知ったわけだ。人買いがやってきたってことを。話が違うとかなんとか、それを企てた人と人買いがその場で揉めたのかも知れないね。綺麗な娘じゃなく、顔の醜い娘がいたわけだから」


「それで、どうなったんですか?」と、美穂ちゃんが聞く。


「娘は急いで村に逃げ帰り、そのことを村の人に話した。それで、それを知った私利私欲を肥やしてた輩達が、人身売買の秘密を守る為に、その村ごと焼き払ってしまった。だから、その火事もなにもかもでっちあげて、祟りってことにして、その村があった場所に小さな祠を立てて、その秘密とともに御面様を祀ってる。


 さっきの人柱にするために人買いから生贄を買ってきた、の反対だね。祟りを鎮めるために捧げられた美しい娘をさらって人買いに売っていた、とまあ、そういう話かなと思ってるんだけども。そういうことだとしたら、自分達さえ良ければいい、みたいな、そんな人間の中に潜む深い闇を見たような気がしてね。


 こんな山奥の閉鎖された昔の村人は、里に降りて行く人もいれば行かない人もいる。それに村と村も、山の上と山の上の集落だったら、遠すぎてすぐには気づかない。高僧なお坊さんに見える人がやってきて、なんでもないことに、これは祟りだとかなんとか言って、信仰深い人々を騙すためには、なんでも祟りにしちゃえばいい。今だってそうやって宗教や信仰心を利用して人を騙してる人はいっぱいいるし、恐れや不安、繁栄心、人の心の闇につけ込むっていうのかなぁ、昔も今も、そういうのはきっと同じだよね。

 

 その、僕が話を聞いた人のおばあちゃんは、代々その家の娘がその祠を人知れず手入れしてたそうなんだよね。なんでも縁があったとかで。その話を聞いた人と、いつかそこに行きましょうと言っていたんだけど、もうその人はこの世にはいないし。それに、その場所はこの辺りだとだけ聞いて、それ以上は最後まで聞けずじまいだったから、正確にはわからないんだけど。本当に、残念なことだよ。その人は僕が知る限りでは天涯孤独な人でね。だから僕は、僕がその話を聞いた最後の一人なら、その祠にお参りをしなきゃいけないような気がしてね。だから毎年この大蛭谷に来て、この辺を探してるってわけなんだけどもね。だから——」


 榎田さんはそこで話をやめ、神妙な面持ちで私たちに言った。


「その、美穂ちゃんが見たと言うお面のところに僕を連れて行ってくれないかな?」




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