御面様の呪い 3

「僕がこの話をしだすと、とっても長くなっちゃうから。それにね、里香ちゃんのことだって、短い時間の関わり合いしかないけど、僕も知ってる人だし。こんな、呪いとか、祟りとか、そういう話をするのはどうかなって思うんだけど。でも、そういう死に方って、普通じゃない……って思ったらさ。みんな、ちょっとだけ僕の話、いいかな?」


 榎田さんはそう言うと、年季の入った茶色いリュックサックから、青い重たそうなファイルを取り出し、ドサっと机の上に置いた。


「えっとね……ああ、これだこれ。この、東京の大手町、将門塚まさかどづかの話は知ってるかな? 祟りというと、そりゃあ日本全国それなりにいろんな伝承は残ってるんだけどね、現代に近い時代でも、実際にあるんだよ。それが、さっき言った将門まさかどの祟りなんだけども。


 実際に、明治時代以降も将門の祟りは起きてるんだよ。ほら、この資料見てみて、東京の大手町は明治時代、官庁街だったんだよね。それで、その当時は将門の首塚は大蔵省の中庭にあったんだけども、なんと関東大震災で省舎が崩壊しちゃって。だから、その場所を更地にしちゃってね、仮庁舎を立てようかって計画が出てきたんだわ。でも、その最中に、時の大蔵大臣が亡くなって、さらには大蔵省の偉いさんや工事の関係者さんが合計で、えっと、何人だったかな……、そうそう、ここに書いてある。十四人も亡くなってるんだって。それもさ、全部不審死みたいだって書いてある。それで、やっぱり将門公の祟りだろうって、そういう噂になっちゃって。で、その話は一旦なくなったんだけども。


 だけど月日が流れると忘れられていくのかねぇ。その後にもあるんだよね。ほら、ここ見て、この資料なんだけども。第二次世界大戦後にGHQがそこに何か建てたかったのか、計画があったらしくてね、首塚を撤去するって話がまた浮上したんだって。


 で、どうなったと思う?


 そう、また祟りが起きて、重機の運転手たちが死んじゃったんだわ。それで、またしても将門の怨霊のせいだってなってさ、その計画は白紙に戻ったというわけ。ね、昔々の話じゃなくてさ、現代でもあるんだわ。


 僕が思うにね、祟りっていうのはさ、神様の仕業なのか、誰の仕業なのかってことなんだけど。神様を祀るのは神社とか、そうだな、神棚とか、そういう類だよね。でもさ、祟りを恐れて祀ることをなんていうか知ってる? 知らないか、そうだな、まだ皆さん若いもんな。僕はこういうの、調べるのが好きでね。え? 学者? 僕が? 違う違う、全然そんなんじゃないよ、美穂さん……だったかな? 美穂さんね、あ、僕は榎田えのきだって言います。紹介が遅くなっちゃって。僕はもともと普通の会社員で、それで定年退職してからの趣味ってことでこういうの調べてるんだわ。はまり込んだら結果が見えるまで調べたくなる性分でさ。


 あ、僕の話、長くなったらあれだけど……良雄くん、いいのかな? いいって? まぁ、明日まで時間はたっぷりあるから、おじさんの話でちょっとでも時間が過ぎたらいいなと思って、聞いてくれる? 嬉しいなぁ。誰かにこうやって聞いてもらうと、自分の中でも整理ができるし、ありがたいんだわ。


 でね、神様を祀るとか、何かを祀るっていうものの中に、信仰心で祀るものと、祟りを恐れて祀るものとあると思うんだけど。その、恐ろしい祟りが起きないように祀るっていうのはさ、御霊信仰ごりょうしんこうって言って、御霊、つまり、それは怨霊おんりょうのことなんだわね。怨霊が暴れないように神様として祀ってるってことなんだわ。うん、ちょっとややこしいんだけども、怨霊を祀ることで神様にするということはさ、その怨霊にしたらね、ステージアップなわけだよ。だから一旦神様にしちゃった怨霊はさ、未来永劫神様として祀っていかないと、怒っちゃうんだよね、元々がほら、暴れている怨霊なわけだから。


 だから小さな祠でも、ちゃんと祀ってあるものはおろそかにしたらいけないってことなんだけど。荒ぶらないようにするためにお祀りをする。大切にする。そうこうしているうちに、どんどんその祀られてる御霊も力を蓄えていく、とまぁ、そういうことだと僕は思ってるんだけどもね。


 さっきの大手町の平将門の首塚が、一番いい事例だよね。だってさ、ほら、工事しようとすると祟られて人が死んじゃうんだから。


 もしも今回のその今聞いた話……。それがどっかの御面様の祟りかなんかなら、顔が焼け爛れるってのも、どうだろうか……、その自分で自分を殺していくってのとか、そんな目に見えない何かの力っていうのがさ、ほら、いかにも怨霊の仕業に思えるなって……。ははは……、こんな話、知ってる人が亡くなったのに、不謹慎……だよね……。醜い顔の御面様が祀られている伝説の祠がこの辺ならば、そういう祟りや呪いもあるかなって、つい、そう思っちゃったんだわ」


 そこまで話して、榎田さんは開いていたファイルを静かに閉じた。


 ——リカさんから聞いた話が本当なら。


「あの——」と、リカさんから聞いた話を榎田さんにしようとすると、横から美穂ちゃんが、「醜い御面ってなんですか?」と質問をした。


「醜いお面を祀ってる、小さな祠があるんだけども、伝説みたいなもんだけどね。それがねぇ、僕は妙に気になって。だってほら、綺麗なお面を飾るならわかるけども、醜いお面って聞くとさ、それは本当に怨霊を祀ってる気がするなと思って。そしたらなんていうのかなぁ、怖いもの見たさとでもいうのか、気になってしまってね。それでここ数年は、その伝説の祠を探して全国の山奥の村に探しに行ってるんだわ。それこそ、執念のように探しているからさ、僕はその御面様に取り憑かれてるのかもしれないんだけどね」


 榎田さんが申し訳なさそうに、「ははは」と微笑むと、美穂ちゃんが「それってゴツゴツっとした黒いお面のことですか?」と榎田さんに聞いた。


「え? なんでそう思うの?」と榎田さんが驚いて聞く。


「えっと、昨日そういうお面見て、うわぁ気持ちわるって思ったんですよね、私」


「それはどこで?」と、すかさず榎田さんが聞く。


「昨日、あそこのプールでなんですよ」

「プール?」

「そうです。瑞希さんは行かなかったですか? 昨日プールパーティもしてたんですよ。で、それを、一緒に飲んでたユキヒコさんに教えてもらって。で、名前忘れちゃったけど、その隣にいた人と一緒にプールまで行ったんですよね。俺も行こうかなって言ったんで。めっちゃ楽しそうだったんですよねぇ。だから水着を取りに部屋に戻ったんですけど、そこで記憶がなくなっちゃって。多分、ベッドにちょっと横になったんですよね、酔った〜とかなんとか言って。バタンって。なんとなく、そんな感じで覚えてます。で、多分……、そっからの記憶がないんですけど、起きたら瑞希さんとバンガローにいたんです。だから、プールパーティなんて夢だったのかなって思って、それで、館内案内見たら、プールがあったから夢じゃなかったんだって。確か、そのプールのエントランスに額に入った気持ち悪いお面なのか、仮面なのか、飾ってあったんですよね。きっと古くて高いものなんだろうけど、気持ち悪いって思って、見てたんですよね」

「もしそれが御面様なら、相当お怒りだと僕は思うなぁ」


「え?」と、榎田さんの言葉にそこにいる全員が反応した。


「だって、本来ならばきちんと祀られているものなのに、そんなプールの入り口に額に入って飾ってあるだなんて、怨霊じゃなくて神様でも怒ると思うよ、僕は。でもそうだな……。そういう骨董品を額に入れて飾るようなアートもあるわけだし、なんとも言えないけども」


「アートですか?」と私は聞いた。そういえばショップに来るお客様の中にギャラリーを経営している人がいて、その人のアートギャラリーに行ったことがある。その時に、そういう古い骨董品を販売していたような、そんな記憶を辿る。


「そうそう、お洒落なのかな、そういうのって。古い仏像とか、仮面とか、そういうものをコンクリート打ちっぱなしの殺風景な空間に飾って、スポットライト当ててます、みたいな感じというか。そういうデザインの空間なのかなぁ。僕には全く理解できないけども。もしそれが祀られてる御神体を誰かが盗んだものとかだったら、怖いよねぇ」


 ——テイスト的には、Nature’s villa KEIRYUのような空間イメージのことを言ってるんだ。


「そういうのって、見る人が見たらアートな価値があるように見えちゃうのかなぁ。そういうのは、僕は怖いって思っちゃうんだわ。もしその祟りでこんなことが起きたなら、その御面様、元いた場所に返してあげなきゃ祟りは終わらないよねぇ。それに、そこにいた人たちにも何かしらのさわりはうつっちゃうだろうし。障りって、ちょっと目があったとか、ちょっとその場所に行っちゃってとか、その話を聞いちゃったとか、そういうのでもほら、うつるらしいから。そんなんだったら、御面様の呪いもあるわなぁって思っちゃったわ」


 毛布を肩から掛けていて暖かいはずの私の身体に、氷水のような冷たさが走り抜ける。一気に全身に鳥肌が立ち、血の気がひいた。その私の横で、「そんな……」と、美穂ちゃんが呟く声が聞こえた。

 





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