呪われた犠牲者 4
目の前の光景に足がすくんで身体が動かない。前のめりに倒れ込む裸の男性の周りには、真っ赤な血がどんどんその範囲を広げ、木下さんの足元まで届きそうになっている。
「と……とりあえず……オーナーに連絡を……」と言って館内専用スマホを手にした木下さんは、手が震えているのかスマホを血の海に落とし、こちらを向いた。
「どうしましょう……」と、木下さんが言うけれど、私も美穂ちゃんも声が出ない。動けないまま木下さんの方を見ていると、木下さんの向こうから、さっき私たちの部屋にやってきた博之さんが走ってくるのが見えた。
「軽トラの鍵を今すぐよこせ! 今すぐだ! はやく逃げなきゃ殺される!」
博之さんは木下さんに詰め寄り肩を掴んでグラグラと揺らす。
「はやく、はやく軽トラの鍵を! こんな姿で死にたくなんかないっ! 次は俺かもしれないんだ! はやくはやく鍵をよこせ!」
「あの……軽トラの鍵は……」
「はやくしろって言ってんだよ!」
「鍵は……オーナーが……」
「はぁ? タケがぁ? くそっ!」と、博之さんは木下さんの肩を押し、木下さんが床に崩れ落ちる。その姿を上から覗き込み、「嘘じゃないだろうなぁ?」と木下さんに聞く博之さんは悪魔の形相だ。
「はい、嘘じゃありません……。オーナーが、持っていかれました」
「くそっ! あ……あ……あぁぁ…! あいつのせいでこんなことになったんだ。全部上手くいっていたのに! 孝哉のせいで、タケがおかしくなってこんな呪われたキャンプ場買ったからだ! そうか……あーははははは! この呪いは孝哉を殺せば終わるんじゃないか? あいつを殺して全部終わりにすれば——」
狂ったように博之さんは話し、木下さんの髪の毛を鷲掴みにして「孝哉の部屋はどこだ?」と聞いた。
「孝哉というのは……藤原様のことですか……?」
「ああ、そうだ。そんな苗字だったよなぁ〜。言え! どこの部屋か言え!」
「ふ……藤原様は……早朝のバスで名古屋に……お戻りになられました……」
「嘘をつくな! 俺はあいつの姿を見た! あれは朝じゃない、もう昼を過ぎていたはずだ!」そう言うと、博之さんはぐいっと木下さんの髪の毛を引っ張り上げ、木下さんの顔を覗き込むと、「嘘をつくなよ。お前も殺すぞ」と脅した。
「う……嘘じゃありません……本当です……。急に不幸があったからと……だからバスに乗せてくれと……」
「見たのか? お前はバスに乗るところを見たのか?」
「み……見ていません……」
「くそっ!」と吐き捨て、髪の毛を掴んでいた木下さんの頭を私たちのいる方へ投げ飛ばすと、「もう、タケをやるしかねぇな」と、言葉を続けた。その後で指を折りながら話し始める。
「レイ、幸彦、
狂気に満ちた博之さんが木下さんの方をゆっくりと見た。木下さんはずりずりっと後退っている。
——ダメだ、木下さんが危ない!
「木下さんこっち! はやく!」と非常階段のドアを開け声をかけると、「お前たちもいるんだったなぁ」と博之さんは私たちの方を見た。にやりと笑い、血の海に落ちている大きなナイフを拾いあげようとしている。木下さんはそれを見て、ものすごい勢いで立ち上がったかと思うと私たちのいる方に走り始めた。
「はやく! はやく木下さん!」
「あーはははは! 逃げられると思うのかぁ〜!」
ナイフを拾い上げた博之さんが笑いながらこっちに歩き始める。「はやくはやく!」と、木下さんに声をかけるも、木下さんの足がもつれてあと一歩が進まない。「はやく!」と、ドアから腕を伸ばし、木下さんの腕を引っ張って非常階段に引き込み、ドアを勢いよく閉めた。三人でドアノブを必死に握り中に入れないように抵抗しようとするも、ドアの向こうで博之さんが「出てこいこらぁ!」とドアをけりながらノブを引っ張る。
「こんな力じゃ無理です……」美穂ちゃんが泣きながら言う。女性が三人で必死になっても時間の問題だと、私も思った。ドアは隙間が開いたりしまったりを繰り返している。その隙間から博之さんが覗き込み、「お前たち全員殺してやる」と言った。その博之さんの目は、気が狂ったユキヒコさんと同じように、黒目が大きくなったり小さくなったりを繰り返しているように、私には見えた。
「こんなんじゃ、ダメです。二手に分かれましょう! 私はこの館内なら誰よりも詳しいので。私が上に逃げて引きつけるので、お二人は下に降りて、そのまま山の家まで逃げてください!」
「でも、それじゃあ木下さんが……」
「大丈夫です! 私、こう見えてたくましいので!」
「でも……」
「はやく!」と木下さんに足で押され、私と美穂ちゃんは階段を駆け降り始めた。ドアの開くような音が聞こえ、階段を駆け上がる木下さんの靴音と、「逃げられると思うのか」と言う低い声が聞こえる。
「なんでこんなことに……」と呟きながら、私と美穂ちゃんは必死に階段を駆け降りた。建物は三階建て。一階まではすぐそこだと必死に駆け降りて、非常階段のドアを開けると、そこは一階のレセプションホールではなく、業者用の搬入口のようなところだった。
「ここ、裏口なんだよ。だから、もう外に出れたんだ……」
「でも、瑞希さん、どっちに行けばいいんですか!?」
薄暗いコンクリート張りの駐車場。すぐそばに山が迫っている。駐車場の前には道がまっすぐ横につながっていて、右に行けばいいのか、左に行けばいいのか、私にはわからなかった。細い山道に出て、雨に濡れながらバンガローが見えないか探す。バンガローはこの建物の上流にある。山の家に逃げるには反対方向だ。
——あれは……
薄暗い山道の向こうに赤い傘が見えた気がした。
——リカさん?
赤い傘をさしていたリカさんを思い出し、こんな状況で、木下さんもリカさんもここに置いていけないと思い直した。それに、山の家までは結構な距離がある。リカさんがいれば、みんなで助かる道が見つかるかもしれない。
「行こう。きっと、あっちだよ」
リカさんの傘が見えた方向に向かって、私は足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます