第5話 偉才と不良の邂逅 その4
「はぁ‥‥‥」
教室で怒りを露わにした恥ずかしさと、どこかやり切れないもどかしさから、結局体調不良を言い訳に授業をサボってしまったのだった。
時刻は昼を過ぎた頃、近所のファストフード店に入り昼食と今日の分の勉強を済ませ帰宅しようとしているところ。
いつもなら帰り道は自分の趣味のことで頭がいっぱいで、自然とウキウキ、足取りが軽くなるのだが今日は違った。とにかく気が重く、どこにも居場所がなくなり辛うじて残った地へと追いやられている気分だった。
すべての原因が龍一にある訳ではないと球は自覚しているものの、それが相まって彼への怒りを増幅させている。
もう少しで家に着く、昨日見逃した魔装少女ダラリンをやっと観れる。心の中で呪文のように唱えながら、いつもの何倍もの長さに感じた帰路もやっとのことで終わりを迎える。
しかしホッとしたのも束の間だった。球の家の門前にはある男がそわそわと、門から門を行ったり来たり。それを繰り返す。まさに不審者としか形容できない。
その人物を目視すると球の眉間にシワが寄る。彼女にとっては嫌な来客だったのである。
「何してるのよあなた。もしかしてストーカー?」
「え? あっ、ちっ、違う!」
龍一の背後から球は声をかける。冗談のつもりで言った言葉も龍一にはそう聞こえなかった。朝、オラついていたヤンキーらしからぬ驚きぶりに球は少し呆気にとられていた。
「いや、その‥‥‥」
「??」
「だから‥‥‥ごめん」
「え?」
「ごめん! 何も知らなかったんだ! お前のことも! 何もかも!」
よく見ると、まだ四月だというのに尋常じゃないほどの汗をかいており非常に汗臭い。
球が学校を早退してから今の今まで龍一がずっとここで待っていたという事実に彼女は気がつく。
「いいのよそれで、そんなこともあるわ。じゃあまた学校で」
「待ってくれ!」
用件は済んだと思い家の中へ入ろうとしている球の腕を龍一の大きな手がそれを掴み阻止する。
「なによ? まだ何かあるの?」
「お前さ、本当に野球、もうやらねえのか?」
「‥‥‥だからそう言ってるじゃない」
「本当はやめたこと後悔してんじゃねえのか?」
「別にそんなことないわよ」
球の態度に思わず大声を出しそうになるのを深呼吸して我慢する龍一。
「俺はよ、そうは思えねえぜ」
「‥‥‥」
「てめえの顔。あのボーズにバカにされたときのてめえの顔はそう言ってなかった。俺はてめえのその顔をぜってー忘れねえ」
「‥‥‥」
「それにてめえが自分は女だからって言い訳してたとき、あんときのてめえの顔も同じだった。すげえ苦しそうだった。あんな顔見せられて、はいそうですかって引き下がるわけにはいかねえだろうが!」
「‥‥‥うるさい」
「何とでも言え! てめえが何と言おうとあの顔一生忘れねえからな!」
「うるさい! 黙れ! 離せって言ってんだよ!」
「嫌だ、お前が本心で話すまでぜってー離さねえ。ここで引き下がったらぜってー後悔する!」
球はこの時、確信した。昨日からずっと龍一に抱いていた嫌悪感の正体が分かったからだ。
――そっか、私こいつに嫉妬してたんだ。
自分にないものを持っている。野球が心底大好きでそれを自慢げに話しているところも。本心を隠さずハッキリと表に出すところ。今の球には到底出来ないことだった。
それどころか、龍一に図星を突かれ、かつてチームメイトだった花形にはバカにされ、あろうことか自分で自分を卑下するようなことまで口から出てしまった。そんな自分に球は心底呆れ、後悔だけが心に残っていた。
「てめえはこのままバカにされたままでいいのか! 悔しくねえのかよ!」
「‥‥‥」
「俺はぜってー許さねえ。てめえと先輩をバカにしたあのボーズも。俺の大切な人たちを侮辱した奴らも!」
球の心に残った後悔、それを少し動かしたのは紛れもなく龍一の思いだった。
「‥‥‥離して」
「いや‥‥‥」
「いいから離しなさい」
球の圧力に負けた龍一はそっと腕を掴んだ手を離す。
「一ついいかしら?」
「あ?」
「あんたは何で野球をやるの?」
「は?」
「だから何のためにやってるのかって。プロになりたいの?」
「違えよ」
「じゃあなんで」
「そんなの決まってる、先輩たちと甲子園に行くだめだ!」
そんな龍一の甲子園に行く、宣言を聞き届けた球は、はぁ、と軽く溜息をつくと、彼の横をすり抜け再び家に入ろうとする。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっと待ってなさい」
そう言い残して球は家の中に消えていった。そして龍一を放置したまま約三十分が経過、いつまで待たせる気だと彼が少しイライラし始めた頃だった。球の家の扉が再度開いたのだった。
「待たせたわね」
「お前、それ‥‥‥」
「なによ、練習するんじゃないの?」
そう言った球は星刻シニアのサブユニホームを身に纏っている。背中にはパンパンに膨れ上がった小汚いリュックサック、これも星刻シニア時代のものだ。
玄関の横に停めてあるママチャリにいつもの気怠げな表情のまま跨る。
「ほんとか⁉ 練習来てくれんのか⁉」
「だから行くって」
「よっしゃあ!! んじゃ、早速行くぞ!」
「ちょっと、そっち反対。学校じゃないの?」
「ん? あぁ、学校じゃねーよ。専用グラウンドがあんだよ」
「へえ」
――女子野球部に専用グラウンドね。どういうことかしら。
「じゃあ、行きましょうか。案内してちょうだい」
「おう!」
「荷物持つわ」
「おう! サンキュー!」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「「‥‥‥」」
「どうしたの? 行かないの?」
「なあ、何で俺の荷物持ってくれたんだ?」
「私実は優しいのよ。どう? 惚れた?」
「は?」
「失礼なヤンキーね。ほら早く走りなさい」
「こっから結構かかるんだけど」
「何分?」
「チャリで三十分くらい」
「なら、丁度いいウォームアップになるわね」
「‥‥‥なあ、球」
「何?」
「ここに車あるんだけど。誰か運転出来る人って」
「いないわ。あんたもしかして走るの嫌なの?」
「いや、結構距離あるからよ。それにこれから練習だし、せめてバスで行かせてくれ」
「いやよ、それじゃあ案内出来ないじゃない」
「じゃあ住所教えるから。スマホの地図で頼む!」
「あー残念だわ。丁度充電切れちゃったわ」
「あぁぁああ、分かったよ! 走ればいいんだろ走れば! 覚えてろよてめえ!」
――はぁ、こんなんじゃ先が思いやられるわね。練習前だからって体力温存しようとしている意識の低さ。まずはそこから変えていかないと。それでも真っ直ぐな性格、その想い。嫌いじゃない。だから少しだけもう一度やってみようと思えたのかも。
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