潮騒の夢

@fuuka-kkym

第1話

ジリリリリ

 

 目覚まし時計のベルに叩き起こされるようにして布団から抜け出す。時刻は午前六時。軽く身支度を整えると、私は部屋を出て一階に向かった。薪小屋から薪を数本拾って窯に焚べる。私の住む家は古くから続く小さな茶屋を営んでいる。お客さん曰く「ここのお店は昔から変わらないこの雰囲気がいい」そうで、お店の設備は代々伝わってきた昔ながらのものばかり。私には昔のことはよくわからないけど、私もこの雰囲気は好きだからずっとこの景色を守ってきた代々のご先祖様とお客さんには感謝している。

 ご飯が炊けてきた頃、物音がして厨房の扉が開いた。

「澪ちゃんおはよう。支度したら代わるね」

「おはよう藍さん。お願いするね」

 藍さんと厨房を交代すると、少しして裏手から車の音が聞こえてきた。

「おーい澪ちゃん、下ろすの手伝っとくれ」

「はーい」

 予想通りの声に、私は台車を持って駆けつける。

「おはよう健二さん。今日はどうだった?」

「おはよう。今日もいいのがいっぱいだよ」

 荷台を開けると魚の入った箱がトランクいっぱいに詰まっている。そう、健二さんは近くの漁港から揚がった魚のセリに行ってきた帰りなのだ。

 荷下ろしを終わらせた頃、藍さんが私たちを呼びにきて、私たちは揃って朝食の席についた。

「「「いただきます」」」

 今日の献立はとろろご飯と漬物にお味噌汁。うちのお店はランチタイムには食事処としても営業してるから、これはそのままお客さんに出すメニューでもある。とは言ってもお店に出すものはもう少し豪華だけれど。

「ご馳走様でした」

 朝食を食べ終えると、私は部屋に戻って学校の支度をする。そう。何を隠そう、私はうら若き十七歳の少女(おとめ)。俗に言うJKなのだ。教科書を確認してお弁当を入れたら、時計は七時半を指している。

「行ってきます!」

 行ってらしゃい、の声に見送られて、自転車を漕ぎ出す。五月も半ば。少し前までの三寒四温の日々とは打って変わって、初夏というか、むしろ本当の夏のような天気。海を見下ろす道を走ると、波間が日光を反射してキラキラと眩しい。時折坂を下ると潮風も相まって強い風が吹くけど、この辺りは人もいないから気にせずスカートをはためかせ髪を靡かせて進む。この瞬間だけは映画か何かの主人公になれたように思えて、少し楽しいんだ。

「あ」

 進む先、道路沿いの林の木陰に小さな人影が立っていた。真っ白なワンピースに黒の長髪。いつも人のいない道なのに、あんなに小さい子が一人でどうしたんだろう。不思議に思って自転車を降りて近づく。

「あの、君…って、あっ」

 声をかけた途端、その子は林の奥に走り去ってすぐに消えてしまった。木が茂っていて背が小さいからって白い服を着た子を一瞬で見失うなんてことあるのかな。急に色濃く香った磯の匂いに懐かしさを感じながらも、不思議なこともあるものだなぁと雑に片付けた。

「っていけない、時間!」

 時刻は既に八時を回っている。ここからあまり距離はないとはいえ、余裕があるわけじゃない。全速力で自転車を漕いでいるうちに、私の意識は次の授業へと向かった。

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