私は明日、死ぬだろう。
悠公 掴揺
1章 人形遊びは人間を、人形至らしめる
その日。いつも通り体育館に呼び出された日。
いじめっ子が一人増えていた。
その綺麗な生気のある目で笑う少女は、いじめっ子の中で浮いていた。
今から殴られるっていうのに、綺麗な目だなぁなんて場違いにも考えたりした。
いじめっ子たちの作られたみたいに真っ黒で感情のない嫌な目でも、狂気に溢れた笑顔でもなかった。
それは——。
どぐぅ
「ッㇰッハ。はッはッ」
鈍く重い痛みが思考を現実世界に呼び戻す。
横腹を殴られたらしい。
前には、私を囲むように数人の生身の女子高生が、後ろには三途の川みたいに冷たい体育館の壁があった。
「おい~。なんとか言えっよっ」
背中と体育館の壁がぶつかる。嫌な音がした。
「ッヵハ」
肺に有った空気が漏れ出た。
放課後の体育館裏に骨と金属とがぶつかる。耳を防ぎたくなる音が響いていく。
町の中で聞けばひやりとするグロテスクな音だ。
慣れたと思っていた胃酸の味に舌がきゅぅと締め付けられた。
速く終わらないだろうか。背中の痛みに舌打ちをして、目の前の女子生徒を睨みつけた。
「なに」
「おい、なんだよその目。前に言ったよなぁ? 今日までに三万持って来いってよぉ」
目の前に広がる顔が余りにも気持ち悪くて直ぐに視線を落とす。
「おい、こっち見ろよ。
髪を引っ張られた。もう一度、目の前に嫌味たらしい顔が広がる。
黒目しかない歪んだ目の示す感情が分からない。髪がぶちぶちと抜けていく音がする。
「なぁ~、あたしだってよぉ、こんなことしたくねーんだよぉ」
どふッ どふッ
吐きだしそうな衝撃と共に、頭の上からぶちぶちと嫌な音が響く。
「だからよ~、素直に持って来いっよっ」
どふッ どふッ どごっ
「何度も……、言わせんな」
何度も殴り続けられるもんだから錆びた金属の味がした。
「貴方達に、渡す金は、ないっ」
空気の振動が相手の鼓膜に届いた瞬間、眉が挙がって握りしめた手が伸びる。
「お前のッ!」
体育館の壁に叩きつけられ、力に任せて直ぐに引っ張られる。
また、嫌な音が聞こえる。
「言うことなんてッ!」
今度は音と一緒に体中の空気が押し出される。
「どうでもいいんだよッッ!」
あ、これヤバい。手から離れて、突き飛ばされた瞬間に分かる。
暫くは意識戻らないかもな。
痛そうだ。
帰るのが遅くなるのか。
めんどくさい。
どうでも良い感情ばかりが頭に流れる。
体育館の壁がやたらに遠く、流れる時間がやたらに遅い。
周りの誰も止める気配がない。腹を抑えて、足を震わせる奴すらいる。
そんなに人が殴られてるのが面白いかよ。
皆、いびつな深い黒色で、暗室のように冷たい目をしている。
時間の進みがどんどん遅くなる。
人形は人間の対極に存在するからこそ、人間を作り得る。
では、人形が声を上げて泣いたらどうだろう。
人形が自分で表情を変え、動いたらどうだろう。
人形が人間味に溢れていたら、人間はどうなるのか。
人形遊びは人間を、……人形至らしめる。
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