自白
@Islandroadstar0808
【話をしようか】
「自分らしく生きる、というのはね君、思っているよりも遙かに難しいことだよ。21世紀の鬱蒼としたビル群に生きる現代人たちの『自分らしさ』とは一体何なんだ、という話さ。この言葉はだいたい自分よりも年下の相手によく使うんだよ。『自分らしく生きればいいんだよ』ってね。しかも大体の場合はまじりけのない善意…いや違うね、自分自身の後悔からくるものなのだろう。別に僕は研究者でも超能力で心が読める訳でもないんだけどね。」
駅近くの喫茶店。奥まった路地にあるせいか、さほど繁盛はしていないようだった。そのさらに一番奥の、角の席。
「けれども推測することはできるとも。結局のところ、みんな自分の人生は100%成功した、なんてこと思っちゃいないだろう?いつだってトライ&エラーさ。イチローだってリオネル・メッシだって、いくらでも失敗してきただろう。スーパースターのかれらだってそうなんだ、平々凡々たる我々一般人はなおのことだろう。ひとに言えないような惨めでみっともない失敗だってたくさん、あ、今君顔を背けただろう?図星だって訳かい?ははは、なに、馬鹿にしたんじゃないさ。君以外にもそんな人は星の数ほどいる。恥じることはないよ、君の人生だからね。何もかもが君の人生を彩るエッセンスだとも。どんな料理だって、単調な味では飽きが来てしまうだろう。苦みや渋みがあってこそ奥深さがでるってものさ。」
苦いものをおいしいと感じるようになったのはいつからだろう。小さい頃はあんなもの食えたものではないと思って居たけど、春菊やフキノトウなんか今ではたまらない。味覚が成長したからだ、という話も、子供の頃よりも舌が衰えて刺激を感じ取れなくなったからだという話も聞いたことがあるが、はてさて。
「要するに人は、人生における失敗や後悔は一体何に起因しているかを考えるわけだ。例えば受験、部活、就活なんかの失敗がそれに値するのかな。大体の場合、(といっても僕の推察だからね、データをとって検証した訳ではないんだけれども)、自分の練習量やそれらに向かう姿勢…いわゆる「努力」と言われるやつだね。それの不足によるものが原因だ、という結論に辿りつくんだ。考えてみれば当然の話でね、本当に心の底から一生懸命やって、それで結果が出なかったとしても、『自分に出来ることを最大限発揮できたのだ』と思えば、案外人は納得できるものさ。後悔をした、ということは、そこに怠慢が少なからずあったのだ、自分は幾分か手を抜いていたのだ、と自覚することであるのかもしれないね。ではなぜ手を抜いてしまうのか、ということだ。」
「もちろん様々な理由が考えられるだろうが、ここでは単に『やる気が出なかった』からだ、ということに収束させてしまおうか。『面倒だ』とか『集中力が足りない』とかは全てやる気の欠如だ、というのは乱暴な結論かもしれないが、あながち的外れでもないだろう。『やる気がなぜ起きないか』、『それは自分のやりたいことを見つけられなかったからだ、自分で興味を持てることに出会えなかったからだ。自分でやりたいことがはっきりしていれば、もっと早い内から準備が出来たし、もっと充実した人生が送れたはずだ。ああ、自分らしく生きることが出来ていればなあ!』
こんなところじゃないのかな。」
ラジオの掠れた音楽が静かに響く。他に客は誰もおらず、初老のマスターがカウンターの奥で、古めかしい椅子に座りこっくりこっくりしていた。
「誤解しないでもらいたいのは、こういうふうな結論に至る人たちが間違いなのだ、なんていうつもりは一切ないんだってことさ。あくまでこれは僕の推論に過ぎないし、たとえこれにまるっきり当てはまる人がいたとしても、別にその人は僕より劣っている訳でも愚かである訳でもない。そもそも人の考え方なんてものに上も下も無いんだ。みんなそれなりに自分の人生をなんとかやっているんだ、ノーベル賞学者だって大企業のCEOだってその辺のサラリーマンだって同じ人間さ。身分なんて所詮相対評価だよ。深海のシーラカンスから見れば誰だって変わらないさ。誰かの人生にケチをつけるなんて何様だって話さ。君の近くにそういう人がいるなら注意したまえ、ロクな奴じゃないよそいつは。え?友人にそんなやつがいるって?うーん、君がそいつとまだ交流を続けたいというなら止めはしないがね。同じ人間なんだ、学ぶべきところは少なからずあるだろうが…まあ他人の人付き合いにごちゃごちゃいうのはよくないね、それこそ人生にケチをつけるってことだよ。」
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