青春模索

時雨

青春を探しに

古びた自動販売機から、ガラン、と音を立ててサイダーが落ちてきた。

かがんで2本のサイダーをとって、教室に戻る。

その途中、廊下を歩く部活着の後輩に目が惹かれた。



「はい、私の奢り」

「ありがと〜、ほんとに神。今度返すわ」




放課後になってもまだ暑い教室、汗で少し張り付いた夏用の制服。

机の上に散らばったルーズリーフの束と参考書。

その横に私はふたり分のサイダーをどんと置いた。

ぱっと蒼が顔を上げて、笑顔になった。




「青春してない?私たち」

「してるしてる。今のうちにしとかないと」




サイダーを口にした蒼に、ふと問いかける。

このワンシーン、傍から見たら間違いなく青春してるように見えているはず。


エモい、ってやつだ。間違いなくエモい。

なんでもかんでもエモいという女子は少し苦手だけど、これは間違いなくエモい。

エモいの意味を上手く説明はできないけれど。



この間入学したばかりだと思っていたのに、気づけば迎えた受験の天王山。

卒業までそう遠くない私は、そんな曖昧な定義の”青春”に囚われていた。

具体的に説明しろと言われたら難しいそれは、あくまで期間限定。

高校生活最後の夏は、青春できる最後のチャンスだ。




「なんか青春しそこねたな、」




サイダーを飲み込んで、ぼそりと口からついて出た言葉。

周りを見れば、SNSを見れば、皆きらきらとした青春を送っているのに。

比べて私は、青春に憧れを抱いたまま、気づけばタイムリミット目前まできていた。

青春をしそこねたら、一生引きずりそう。




「そんなことはないんじゃない?でもさ、改めて考えると青春って一体なんだろうね」

「それは…」





可愛い制服を身にまとって、放課後に友達と寄り道をすること。

部活に全力を注ぐ3年間を送って、涙流す引退を迎えること。

テスト期間にみんなで教室に残って勉強をすること。

休みの日にはメイクをして可愛い洋服を着て、友達と遊びに行くこと。

文化祭のステージで踊って、体育祭で皆で応援をすること。

修学旅行で、仲のいい友達と思い出を作ること。

付き合い始めた彼氏と、一緒に学校から帰ること。




「それ以外にも、花火とか海とか。あ、浴衣で夏祭りとか!」

「浴衣ねえ」




あんまり興味のなさそうな蒼を横に、

SNSをスクロールしながら思いつくままに”青春”を羅列していく。



「青春特集!」「高校生のうちにやっておきたいこと10選」



そんな言葉が並ぶ画面をタップすれば、高校生活を謳歌している写真が次々と出てくる。

私が今日までに達成できたもの、経験してこなかったこと。




そして、経験することすら、叶わなかったもの。



感染症の流行は、常に私たちの高校生活と共にあった。


縮小、リモート、延期、中止。

そんな言葉ばかりが飛び交い、不安と隣合わせで、常に制限を強いられた日々。

学年の大半の人の顔全体を、はっきりと見たことがない。



入学してから、何度先輩方の涙を目にしたことだろう。

それと同時に1年後、自分たちの頃には収まっていますようにと願った。


けれども1年経っても、2年待っても、感染症の流行は収まることなんてなかった。



「歴史の教科書にのると思う」



公民の先生が授業中に口にしたこの言葉が、事の大きさを私に理解させた。


そして当たり前のようにまた、「中止」が繰り返された。

どこかでわかっていた私たちは、なにかが中止になっても泣いたりはしなかったと思う。

泣いた記憶がない。ただただ、下の学年を恨めしそうに見るだけだった。

厳戒態勢から感染症との共存に切り替わる頃には、もう私たちに残された高校生活は僅かだった。







私たちの学年は、諦めることが得意になった。





でも、私の想像した青春はこんなはずじゃなかった。








「ま、そうは言っても今年は勉強しなきゃだし」

「青春できないまま高校生活が終わっちゃうなあ」





私にとって、高校生活の終わりは青春の終わりを表していた。


こんなにも自由で、若さゆえのエネルギーを持て余し、行動範囲も広がった、大人になる一歩手前。

高校生活でしか揃うことのない条件たちは、あまりにも私たちをキラキラとさせる。


一生に一度しか無いこの特別を、半端に終えるのは勿体ない。





「手止まってる」





蒼に指摘され、はっと我に返る。

シャーペンを再び手にとり、数学に没頭した。





「ねえ、花火しようよ!」





夕日の落ちた教室で、鞄に荷物を詰めながら蒼にそう言った。

花火で夏納めをする、私たちの恒例行事。

もう小さい頃からそうしてきたから、受験生でもやりたかった。


むしろ蒼と花火をしない夏なんて夏じゃない。




「いいよ、いつもどおり31日でいい?」

「え、いいの?」




蒼があっさりと返事をしたから、少し拍子抜けした。

蒼のことだから渋るかと思った。



「なにいってんの、花火は特別でしょ?」




そう笑った蒼はこの3年間、私の知る誰よりも勉強に励んできた。

第1志望の高校に落ちて、私と同じ高校へ来た蒼。


行きたい大学があるんだ、と。


そうはにかんだ蒼が今でも忘れられない。蒼は帰宅部で、ずっと勉強漬けの日々を送っていた。





「じゃあ、ばいばい!」

「いいお盆休みを〜」





校門を出て、逆方向へと帰る蒼に手をふった。

スマートフォンを操作してイヤホンをはめれば、もう何度聞いたかわからない推しの夏曲が流れ出す。


今日はなんだか遠回りをしたくなって、校庭へと足を運んだ。




いつものように陸上部の後輩が走り込みをしていた。

戻りたい、そんな衝動にかられる。

後輩にバレないように、そのまま陸上部の練習をそっと眺めた。




私たちの引退試合には、なんともいえない、言葉にはできない重々しさがあった。



うまくいかなかった。なにかの歯車が狂ったかのようだった。

昨年度の結果を見ても、こんな終わり方をするなんて思ってもなかった。

3日間、終始泣いて、泣いて、泣き疲れたなんて初めての経験だった。



去年はみんなでアイスを食べながら、笑顔で先輩たちの引退を見送ったのに。



苦い思いが蘇るために陸上部の活動場所を避けていた6月から、もう数ヶ月。

目の前で新人戦のため練習に励む後輩たちが、眩しくて仕方がなかった。


ともに陸上部だった同級生だって、もう勉強に本腰を入れている。

あの日から前に進めていないのは、私だけのように思えた。




「ただいまー」



家族には聞こえないとわかっていても、玄関で言う。

相変わらず自分でも笑えるくらい、無気力なただいまだ。


自転車をゆっくりと漕いで帰り、ドアを開けるのすらも疲労を感じる。

そんな日々がここ最近は続いていた。


のっそり、のっそりとリビングへ向かえば、両親が晩御飯の支度をしてくれていた。




「ただいま」

「お帰りー、風呂さっさと入ってしまいなさい」




タブレットや参考書が詰まったリュックをドサッとソファへと下ろす。

肩が重さから開放された時、いつもどおりのニュース番組が耳に入ってきた。




「目標があると楽しいです」




いつもならスルーしてお風呂に入るのに、今日はなぜかテレビの前で足が止まる。

インタビューに答えていたのは、私のおじいちゃんよりももっと年上の方だった。

記録樹立、世界初。そんなテロップが右上に並んでいる。





「青春真っ只中ですよ」





インタビューは、笑顔と共にそんな言葉で締めくくられていた。


インタビューが終わっても、しばらくぼーっと画面を見ていた。


青春、がひっかかって頭から離れない。




そのままぼーっとテレビを見つめて、次のニュースへと切り替わった頃。

ひっかかっていた「青春」が、上手く飲み込めたような気がした。

はっと目を見開いて、スマホをポケットから急いで取り出す。





「ねえ蒼、私青春がなにかわかった!」





勢いでスマートフォンを取り出して、蒼に連絡する。

誤字、戻る、誤字、戻る。

この興奮をそのまま伝えるかのように、今までにないスピードで文字を打った。


するとすぐに、ぐっと親指を立てた動物のスタンプが返ってきて、

私は力が抜けたようにその場に座り込んだ。




青春は、私たち高校生のものだと思っていた。


だから、私のおじいちゃんよりも歳が上の人が青春と発したことに、違和感があった。


でも、そんなの私が勝手に作った概念だとようやく気づいた。




青春に期限をつくっていたのは自分だった。

青春を固定化して、ありきたりにしていたのは私だった。

青春に気づけていないのも私だった。





きっと自分が思い続ける限り青春で、青春の形は人それぞれで、皆が皆青春している。



多分、


一度しか無い時間にどれだけの思いをかけて、どれだけの密度で時間を使い切るか。

それに気づいて、時間をちゃんと使えている時こそが青春なのかもしれない。




インタビューに答えていた人はそう思っていないかもしれないけれど

自分の中で曖昧だった”青春”に定義付けができた。


自分でも上手く言語化できないけれど、薄っぺらい青春に縛られていた自分が馬鹿らしくなった。


別にSNSにきらきらした投稿をしなくても、恋人が居なくても。

私の青春は十分に存在してる。





青春はいつだって逃げずに、私が気づくときを待ってくれている。








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