第28話 生かし、育てた魔女

 周囲の混乱の中、ヴェロニカさんは、私の遺体に縋り付いて泣いていた。


 ヴェロニカさんでも、死んだ人間を生き返らすことはできない。


 光を失った私の瞳はどこも見てなくて、真っ赤に染まった胸からは、もう血が噴き出すこともなかった。


 ただただ地面を真っ赤に染めているだけだ。


“エカチェリーナ”と何度呼びかけられても、それに答えることはできない。


 体から切り離されて魂のみとなった私は、傍らに立っているのにヴェロニカさんにも気付かれてはいなかった。


 泣きじゃくるヴェロニカさんに、何かをしてあげることもできなくて、このままお別れなのだと、私の方はもう旅立つつもりでいた。


 何となく、このままお母様達の所へ行けるのだと思っていた。


 まだその場には騎士や王達がいたのに、まるで私達の姿など見えていないように存在を忘れられていた。


 ユーリアを含めた死傷者が運ばれて行く中、どうやら本当に私の骸とヴェロニカさんの姿が見えていないようだった。


 そんな私達の元に近付いてくる人がいた。


 その場にふらりと訪れたお師匠様が、泣きじゃくるヴェロニカさんに言った。


『その魔女を弟子にしていいかしら』と。


 お師匠様は黄金の瞳を持つ女性で、瞳孔が縦長で、蛇のような目をしていた。


 赤い口が動くたびに怖いと思ったのに、深い悲しみの中にいるヴェロニカさんはそこに意識が向いていなかった。


 涙で濡れた顔をお師匠様の方に向けると、それと同時に私の口に一滴の血液が垂らされていた。


 お師匠様の指先から、毒のように紫の血が一雫。


 その途端に、不安定な存在として自分の死体を見下ろしていた私は、引き摺られるように死んだはずの自分の体に戻されていた。


 異変を感じ取ったヴェロニカさんは、腕の中に抱いた私を見下ろしていた。


 再び苦痛の中に置かれた私は、ヒューヒューと苦しげな息を繰り返し、だから慌てて考える間も無く、ヴェロニカさんは魔法を使って傷を治すことになってしまった。


 私に魔法を施しながら、お師匠様を見上げたヴェロニカさんは、何が起きたのかと問いかけた。


『その子、面白そうだから私の弟子にしたいの。ほら、もう生き返った。また死なせるのは嫌でしょ?私の血を与えたから生き返ることができたの。でも、弟子にならないのならいらないから、その命は返してもらうわ』


 お師匠様の言うことをすぐに理解したヴェロニカさんは、私に懇願した。


『エカチェリーナ、お願い、私を一人にしないで。魔女の弟子になって!魔女の力を拒まないで!お願いします、エカチェリーナを弟子にしてください』


 痛くて苦しくて怖くて寒くて、でも、ヴェロニカさんの隣にいる女の人を見上げて、この人は怖い人だというのは理解していた。


 自分がどれだけ苦しくても死ぬのが怖くても、幼いながらにこの人の手を取ってはダメだと本能でわかっていた。


 魔女の力を受け入れたくはなかった。


 でも、ヴェロニカさんが一人にしないでと泣いて縋りついてきたから、仕方なく、魔女の弟子となることを決めた。


 一人にしないでと言ったのはヴェロニカさんだったのに、彼女こそが私を一人ぼっちにして、一人で満足して幸せな道を捨てていった。


『ごめんなさい。私が聖女だったから。私がいたから。私がもっと早く、気付いていたら……私が必ず復讐します。必ず、必ず、あなたの家族の仇を討ちます。そして。あなたのための国を取り戻します』


 泣きながら言ったのは、ヴェロニカさんだった。


 すでにあの日、ヴェロニカさんは復讐を決めていた。


 ヴェロニカさんの嘆きを聞き、面白そうだからとお師匠様はその場に訪れ、私はお師匠様の弟子にされて、息を吹き返した。


 私との契約ではなくて、ヴェロニカさんとお師匠様との契約で、私は生き返った。


 この時からルファレットとドラバールの二つの国の存在が、一部の例外を残して人々の記憶から無くなっていき、聖女はしばらく行方不明になった。


 生き残ったとしても、国が消滅して路頭に迷うはずだった私達二人を、悠久を生きる魔女が育てた。


 決して、それは幸運なことではなかった。


 ヴェロニカさんは、お師匠様と一緒にいることによって、さらに復讐することに固執していった。


 彼女は、私の言葉を聞いてはくれなかった。


 彼女の苦しみと恨みを、私以外の人は誰一人として気付かなかった。


 一番近くにいた彼だって、彼女は幸せだと思い込んでいたから。


 だから、彼女に裏切られたとしか思えなくて、聖女を処刑……


 国二つを滅ぼしてまで手に入れたかった聖女を……


 気付かなくて当たり前なのに、そう仕向けたのはヴェロニカさんなのに、ミハイルにはヴェロニカさんを救ってもらいたかったと、こんなことを私が考えるのは、自分勝手すぎる。





 “誰が私を連れ去った ”


 “私達を裏切ったのは誰?”


 “あの者たちをここに寄越した  呪われた種族どもめ”


 “哀れな生き物め”


 “私達を裏切って、呪われの身としたのは、 お前たちのほうではないか”





 ヴェロニカさんが処刑場で口ずさんでいた歌だ。


 戒め。


 これは、私に対しての戒めなのだろう。


 間も無くこの国の住民は、病となる悪夢に呑まれて死ぬ。


 その後に、私が女王となる事を望んでいた。


 ここに新たなルファレット王国を再建するのだと。




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