第18話 去った者。侵す者。(2)
無の森への侵入者の一団さん達は、多国籍で構成されていた。
ルニース王国の者と帝国の者。
魔法をかけて不可視の存在となってしまえば、草葉の陰から覗かなくても見つからない。
さて、あの人達をどうすればいいかな。
魔物を程々にけしかけるなんてことは、王子にしかできない。
怪我されても困るし。
雷雲を呼んで、追い返すかな。
あまり奥深くに入られては、彼らが二度と戻れなくなる。
朽ち果てるまで同じところをグルグルと回る羽目になる。
行方不明者が出ては、捜索のためにさらに多くの侵入者がこの森にやってくるから面倒だ。
早々に、安全に、お家に帰っていただかないと。
黒髪のあの人が帝国の人かな。
見たことがないけど、それなりの地位にあるはず。
彼らは、驕ることなく、侮ることなく、十分に備えて、慎重に進んでいる。
でも、いくら気を付けていても、惑わされてしまうのがここだ。
早く諦めてもらいたくて、雷を鳴らし、土砂降りの雨を降らせて、彼らの足を鈍らせる。
トドメとばかりに、彼らが贅沢にもアルミ水筒を携行していたのでそれを腐食させてやった。
森を訪れるたびに雨が降って、剣とアルミ水筒が腐食すれば、毒の雨でも降っているのではと恐れてくれるならそれでいい。
そもそも、鳥も虫もいないような所だから、空気も危険だとでも思ってくれないかな。
ほらほら、方位磁石が狂わないうちに帰るんだよ。
ライネ家の長男と帝国の黒髪の人が、顔を強ばらせて回れ右してくれたからよかった。
退くも勇気だ。
彼らが愚か者じゃなくて助かった。
こんな感じで地味に彼らの妨害をしていたら、五度目のトライで諦めてくれた。
帝国側から無の森に侵入した者達が戻らなかった事は、後から知ることになる。
せめて魔法使いの先導者がいれば、家には帰れたかもしれないのに。
こんなことがあったから、帝国から訪れた人が帰るまでは犠牲者が出ないように警戒しなければならなかったし、だんだんと学院に行くのが億劫になっていた。
第三学年になって、また通わなかったのは、別の理由があった。
第三学年に進級する直前に、悲しいことがあったからだ。
寒い季節を、ばぁやが耐え凌ぐことができなかったのだ。
ベッドで眠りについたまま、朝、二度と起きてはくれなかった。
ばぁやは、村の共同墓地に埋葬された。
これで生死不明の人を除けば、私を知っている大人は誰もいなくなった。
たくさんの人とお別れをしていく。
私は、ばぁやの死を一人で受け止めきれなくて家に閉じこもってばかりいた。
ヴェロニカさんには連絡したけど、彼女は私の元を訪れてはくれなかった。
私に寄り添ってはくれなかった。
私はしばらく、食べることも寝ることもできなくなっていた。
それだけ親しい人の死は、私にダメージを与えていた。
でも、食べなくても死ねないのだから、何もかもが嫌になっていた。
ソファーに無気力状態で何日も座っていた。
ここは、王子が滞在中にベッド代わり使っていた場所だ。
日が沈んで、日が昇って、日が沈んで、日が昇って、竜がドアを蹴っていた。
きっと数日前にドアの前に置かれた手紙とお菓子が、放置されたままになっていたからだ。
竜はこんな間隔ではこないはずなのに、実は監視されているのではと、辺りを見渡したものだ。
その日は竜は家に侵入することなく帰って行ったけど、手紙とお菓子を放置していたのが竜の口から伝わったのか、次の日から毎日食料が届けられた。
毎日王子が食事を作って、それを竜が届けにくる。
他にすることがあるだろうに。
つくづく、聖竜の使い所を間違えているよ。
竜の行動も変わっていた。
私が食べるところを確認しないと、竜はいつまでも窓ガラスを叩いている。
私にとって、とてつもないプレッシャーになるから、渋々食べるしかなかった。
火でも吐いてくれた方がよほどマシだ。
カツカツとガラスを叩いていたかと思うと、ガラス越しにじーっと竜が私を見ているのだから。
王子が作った食事を久しぶりに食べたけど、それを美味しいと思えていた。
何のために生きるのか分からなくなっていた灰色の世界に、王子は強引に色を添えてきた。
今日も昨日と同じようにドアの前に置かれた物を手に取って家の中に入ると、開閉で揺れたドライフラワーから良い香りがした。
自分の数少ないお気に入りのことも、少しの間忘れていた。
香りが弱まっているから、新しいものを作りたい。
それを作るための段取りを考えながら、届けられた物をテーブルに置いた。
蓋付きのバスケットの中にはメインの他にカプレーゼやフリットなんかが入っていたから、そのうちフルコース料理が届きそうで恐ろしくなった。
思わず竜に“ほどほどにしろ!”と書いたメモを託したほどだ。
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