第17話 去った者。侵す者。(1)

 王子が本来在るべき場所に帰っていくのを見送ると、家の中に入った。


 いつまでも外にいるのは寒い。


 扉を閉めて、ガランとなったように見える室内を見渡す。


 居候が一人いなくなっただけで、家具の配置などは何も変わっていないのに。


 窓から夕陽が射し込むと、なんだか物悲しく感じた。


 何故、自分がこんなにも感傷的になっているのか。


 私の静かで穏やかな日々が戻ってきたというのに。


 テーブルに向かって、作りかけの薬の調合を再開する。


 ばぁやに届けに行かないと。


 高齢者には今年の寒さはこたえた。


 もっと長生きしてほしいから、より良い薬を探したい。


 残った大切な人のために、しばらく薬作りに没頭していた。


 外がすっかり暗くなって、それを思い出したのはお腹がぐーっと鳴ったから。


 今日の夕食だと言って、王子がテーブルの上にタマゴサンドを置いていった。


 キッチンにはスープが入った鍋が置かれている。


 この美味しい食事が、今後はもう食べられなくなるのは残念だ。


 でも、それだけだ。


 それだけだと、思うようにした。


 一人で食べる食事はとても静かだった。


 たいして重要ではないのに、アレコレ話しかけてくる人はいない。


 村に行けば私は歓迎してもらえるけど、行くつもりはない。


 一緒に暮らせば暮らすほど、いずれ訪れる長いお別れが辛い。


 お師匠様の特別な魔女の血を与えられた私は、きっと誰よりも長く生きてしまう。


 下手したら永遠に生きてしまう。


 最初から一人で過ごしていた方が楽なんだ。





 人に関わるのは必要最低限にしたいのに、王子は城に帰ってからも、たびたび手紙を寄越してきた。


 贅沢な話で、竜が私の家に手紙を届けにくるのだ。


 竜に一人で会うのは怖いから、去るまでは一歩も外に出られない。


 たとえそれが、目立たないように猫と同じくらいの子竜サイズになっていたのだとしてもだ。


 手紙の内容は、時々妙なことも書かれているけど、概ね元気そうな内容だった。


 ただ、ちゃんとまともな物を食べているのかと、私に説教しようとしてくるのは気に食わない。


 毎度毎度手紙と一緒に届けられる焼き菓子は……まぁ、美味しいからいただいておいた。


 手作りらしいけど、王子が城でそんな事をすれば驚かれるだろうに、バカじゃないのかと思っていた。


 私の方からは…………一度も返事を出していない。


 どうせすぐに再会するからという理由ではない。


 結果として、私が学院に通い始めたのは、さらにニ年後のことだった。


 第四学年、16歳となる年の事だ。


 一日も通っていないので、復学と呼べるのかどうか。


 本当は行きたくはなかったけど、仕方がない。


 むしろ退学になってしまってよかったのに、ヴェロニカさんと王太子が休学のまま、そのように取り計らっていた。


 私が第二学年の一年間を通わなかった理由は、この無の森に帝国とルニース王国の合同調査部隊が侵入していたからだ。


 何か悪さをするなら対処しなければならないし、逆にあの人達がここで危険な目に遭うのも気分が悪い。


 自分達が飛び込んできたくせに、ここの地が疎まれたくない。


 王国側の調査の担当者は、無の森に領地を接するライネ辺境伯爵家の者だ。


 ライネ家は、ミハイル王太子の元婚約者の実家。


 あの人達は何を暴きたいのか、これ以上ここに土足で踏み込んでもらいたくない。


 向こうからしてみれば魔物が生息する危険地帯なのだろうけど、たとえ魔物があふれる場所であっても私の故郷が眠っている場所なのだから。


 だから、あの人達の調査が終わるまで動向を見張る必要があった。


 ヴェロニカさんは王太子と間も無く結婚する。


 私がここにいる以上は、あの二人の行く末は王子に委ねるほかない。



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