第15話 大いなる存在(2)
「あなたは、何か覚えていることがありますか?ここで眠っていた以前のことです」
『何も。気付いたらここで眠っていた』
「誰かに会った記憶などは」
『無い』
「じゃぁ……何かしたいことはありますか?」
『それも無い。我は何をするべきなのだ?』
「あなたは本当なら、多くの魔物と一緒に眠りについているべきなのだそうですが、それが叶いそうにありません」
『我に魔物を退治せよと命じるか?』
「あ、いえ、命じるわけではありませんが、できたら魔物が人に害を与えないようにしていただけたら助かります。あなたの指示に魔物は従うものなのですか?」
『うるさいから静かにしていろと言えば、しばらく息を殺して大人しくしていたな』
「あなたを怖がっているのですね。では、魔物には引き続き静かにしてもらえていたら助かります」
『それが我の役目か。了承した』
「よければ、僕からの提案なのですが、他に何をすればいいのかわからないのであれば、空を巡ってみるのはいかがですか?ただ、人が住む街に行くのは、驚かせてしまうかもしれませんが。あなたが眠っている時に、呻き声が聞こえて、とても苦しんでいるようでした。その原因が、僕にはわかりません。僕は少し前まで、苦しんでいた時に、一人で暗い部屋に閉じこもっていました。その部屋から救い出してくれたのがこちらのエカチェリーナさんで、その後に夜空を一緒に飛んで、とても感動しました」
王子は語り過ぎたと思ったのか、一度口を閉じて深呼吸をしている。
「えっと……こんなことを、偉大な聖竜であるあなたに勧めてもいいものでしょうか?」
『貴殿がそう言うのなら』
すぐさま立ち上がった竜は、勢いよく翼を広げた。
その弾みでなのか、小さな何かが飛んできて王子がそれを上手に掴んだ。
『行ってくる』
そう告げて暗がりから空に向けて飛び去る竜を、二人で見上げていた。
少し先で立つ王子は、自分が何をしたかも理解できていない様子で、なんとも間の抜けた表情で上を見上げ続けていた。
「君は優しいな。王族なら、それが枷になる時があるだろう」
私が声をかけると、王子は私の方を向いた。
そして笑顔となっていたのだけど、
「どこを見てそう仰ってくれるのかはわかりませんが、きっとエカチェリーナさんが優しいから、僕も優しくあろうとしているだけです」
私の方こそ、どこを見てそう言われるのかを理解できなかった。
「それは、竜からの贈り物かな?」
先程飛んできた物体のことだ。
王子の手の中には、小さな骨で作られた笛があった。
王子がそれを吹いてみると、ふーっと空気が漏れ出るようなわずかな音がする。
途端に、上から巨体が急降下してきて、私でもちょっと驚いてしまった。
つい今しがた別れたばかりの竜が舞い戻ってきたのだ。
感慨深い見送りをしたつもりだったのに。
「その笛を吹けば、竜が来てくれるようだね」
「えっと……」
王子は気まずげに竜を見上げ、竜は穏やかな目で王子を見ている。
「せっかくだから、背中に乗せてもらったら?」
「あ、はい。ではエカチェリーナさんもご一緒に……」
「私は聖なる竜には乗れない」
「そうなんですか?」
「私は古の魔女の弟子で、聖竜と言われるだけあって、不浄のものを嫌うからね」
「不浄のもの?エカチェリーナさんがそんなはず……古の魔女は、エカチェリーナさんのお師匠様のことですよね?」
あの人は、とても特殊な思考の持ち主だった。
「ほら、乗った乗った」
王子を急かし、竜の背中に慎重に乗る様子を見守っていた。
背中に王子を乗せた竜は、翼を広げて飛び上がる。
「使い魔が聖竜とは大した者だね。ちょうどいいから、明日からは魔法の特訓をしようか。私は村への報告を済ませて家で待ってるから、暗くならないうちに戻ってくるんだよ」
その言葉をかけて見送っていた。
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