第14話 大いなる存在(1)

 王子を穴に突き落とした直後に、私も彼の後を追って穴に飛び込んでいた。


 ものすごい速度で落ちていく王子と私。


 穴は、真っ直ぐに、真下に伸びていた。


 王子からは悲鳴は聞こえない。


 声も出せないのか、または気絶しているか。


 眼下に何かが見えたところで、私と王子に浮遊魔法をかけた。


 途端に、空中でピタリと体が静止した。


 隣に目をやると、涙目でガタガタと震えながら、肩で息をしている王子の姿を認めた。


 ちゃんと意識を保っていたか。


 偉い偉い。


 そんな王子と一緒に足が着く場所にゆっくりと降りると、目の前の物体を見つめていた。


 だいたい150cmくらいの私達と同じ背丈くらいかな。


 首の長さや尻尾を含めた体長はどれくらいかは知らない。


「これは、何ですか?」


 声をひそめた王子が聞いてきた。


「竜だね」


「竜……」


「まだ小さい方だと思うよ」


「これでですか?」


 焦茶色の鱗を持つ竜は、まだ幼体に近い。


 体を丸めて眠っているようだけど……


「くっ、うううっ」


 王子が両耳を押さえて悶えていた。


 寝息の合間に、お腹に響くほどの呻き声が聞こえるからだ。


 耳の良い王子なら、キツイかな。


 王子の両耳に触れて音量を調整してあげた。


「すみません。ありがとうございます」


「いいよ。もうすぐ自分で調整できるようになるだろうから」


「あ……」


 王子の視線が前方に固定された。


 私達が会話をしていると、目の前の物体に動きがあった。


 頭を持ち上げた竜が、私達を見下ろしていたのだ。


 巣に飛び込んできた、不法侵入の私達がいきなり襲われることはなかった。


 絶対的な、大いなる存在であるはずの竜が、私を見て戸惑っているから面白いなと思った。


 私が魔女の弟子でなければ、今、どうなっていたんだろう。


 番になるべく、巣穴に引き摺り込まれていたかな。


 そうなった可能性のその先を想像してしまって、王子の背中に隠れるように、少しだけ下がった。


 その行動の意味を、王子は気付いていない。


「ほら、王子。自己紹介して」


「ええっ、言葉が通じるのですか?」


「試してみたらいいよ」


 私に背中を押されて一歩前に出た王子は、


「あの、えっと、初めまして。突然、眠っているところを起こしてしまい、申し訳ありません。僕は、レナートといいます。何かお困りではないかと思いまして」


 黄金色の瞳が、ジッと王子を見つめている。


『我は、何故ここにいる?』


「ええっ?えっと……」


『我は、何故ここにいるのだ?』


「それは、僕にもわからなくて……」


 王子に問いかける竜の声音は、呻き声とは違って、脳裏に穏やかに響いてくるものだった。


「エカチェリーナさんの話によると、あなたは本来ならどこかで眠りについているはずなのですが、それが上手くいっていないようで、だから、えっと、僕がお手伝いできればと……」


 王子は、しどろもどろになりながらも竜と対話を重ねていた。


 私はその様子を、近くの大きな石に腰掛けて、膝に肘をついて、手に顎を乗せて眺めていた。



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