第2話 城に行った

 ヴェロニカさんと王太子の交際は順調のようだった。


 その出会いをヴェロニカさんから直接聞いた事はなかったけど、噂はよく聞いた。


 学院の中庭でヴェロニカさんが歌を口ずさんでいた姿に見惚れて、そして天真爛漫な言動に惚れ込んで交際に至ったとか。


 王太子には長年婚約していた貴族令嬢がいた。


 その女性と穏便にあっさりと婚約解消できたことから、王太子もある意味無能ではないのだろう。


 それと、聖女を国に取り込めるなら国も重要な相手だった令嬢との婚約解消も黙認するか。


 そんな事を私が思っているとは気にもしていないであろうヴェロニカさんは、何故か御機嫌な様子で地面に降り立つと、同じく地面に立って箒を手に持った私の隣に並んだ。


「見て、エカチェリーナ。ここがお城。素敵な場所でしょ?待っててね。ここが自由にできるようになったら、エカチェリーナが調べたい事もわかるようになるから」


 無邪気にニコッと笑いけてくるヴェロニカさんの顔を見つめる。


 それから、ヴェロニカさんが見てと言った城に視線を移した。


 敷地内は全容が把握できないほど、広大なものだ。


 この国の中心。


 歴史もそれなりで、お城の図書館に保管されている禁書を閲覧できれば知りたい事もわかるかもしれないけど、それがいつになるか。


「でも今は第二王子ね。こっちよ」


 ヴェロニカさんに手を引かれてお城の門前まで歩いて行くと、当然のことだけど止められた。


 怖い顔をした衛兵が、槍を私に突き付けてくる。


いくらヴェロニカさんが一緒だとしても、見窄らしい格好の明らかに平民に見える女児を城に簡単に通すわけがないか。


 当然の対応だと言える。


 彼は仕事をしているだけなのだけど、ヴェロニカさんがムーッと頬を膨らませて怒りを露わにしていたら、でも、問題はすぐに解決した。


 城から出てきた王太子本人が、私の登城を許可したからだ。


 王太子自らが足を運んでくるとは思わなかった。


 それだけ第二王子の事が心配なのか、ヴェロニカさんを思っての事か。


 王太子も王族らしく、見事に手入れされた金髪に青色の瞳をしていた。


 上品な佇まいは生まれ持ってのものか、育ちの良さ故か。


「ヴェロニカ。その子が君が推薦する魔法使い?」


「そうよ、ミハイル。エカチェリーナはとっても優秀な魔法使いなの」


「突然の事で驚いただろう。私は王太子のミハイル」


 私がヴェロニカさんの横でボーッと立っていると、そのミハイル王太子に話しかけられていた。


「あ、はい。エカチェリーナです」


「早速で申し訳ないが、弟の部屋まで案内する。一緒に来てもらえるかな?」


「はい。それがヴェロニカさんからの頼みですから」


「ありがとう」


 王太子が私に優しげに微笑むと、すぐに目的の場所へと足を向けていた。


「ここが弟の部屋だ」


 そこは王族の居住区らしく、随分と奥まった所にあった。


 そして、とても鬱々とした雰囲気を漂わせている場所でもあった。


 案内されながら移動している最中に、疑問に思う事はあった。


 王子の部屋へと続く廊下には、誰一人としていない。


 王太子が引き連れている護衛のみで、目的地である扉の前には、いなければならないはずの王子の護衛の姿すらなかった。


 調度品なども無く、分厚いカーテンも閉められたままだ。


 そういえば隅の方には埃が堆積しているようにも見える。


 管理が行き届いていないのか、第二王子が大事にされていないというわけでもないはずなのに、これは明らかに異常な事ではある。


 私が気にする事ではないけど、何か問題が起きているのなら気を引き締めないとならないのかな。


 いや、問題があるからヴェロニカさんにここに連れてこられたのだったか。


 そんな事を考えていると、


「それで、ヴェロニカには聞いていた事だけど、君は本当に自分の身を守れるのかな?」


 扉の前で、私に向き直った王太子が尋ねてきた。


「はい。まぁ、魔女ですから」


 多少の危険なら大丈夫でしょう。


 たとえば万の弓矢が降り注いできた~とか、伝説上の巨大な竜が火を吐いてきた~とか程度くらいなら。


 それらの脅威よりも、私に魔法を教えてくれたお師匠様の方がよほど怖いものだ。


 ヴェロニカさんと親しい王太子は下々の平民も気にかけてくれるようで、今度は案じるような視線を投げかけてきた。


 それが王太子として良いのか悪いのかはわからないけど、これも私が気にするところではない。


「私の弟、第二王子レナートは長年病を患って部屋から出て来る事ができない。そして、誰も部屋には近付けさせない。レナートは来年、学院に入学する年となる」


 彼が王子として表に出られる最後の機会になるってところかな。


 学院にも通えないほど深刻な何かを抱えている王子など、この先誰からも見向きもされなくなるでしょうね。


「レナートにとって、大切な節目だ。どうか、よろしく頼む」


 言葉の最後に王太子からは真摯な視線が向けられた。


 ヴェロニカさんでも治せない病。


 それが私にどうにかできるのか。


 まぁ、まずは王子の様子を見てみましょうか。


「ではヴェロニカさん。行ってきます」


「うん。ミハイルとここで待ってるね」


 ヴェロニカさんは、何の疑いも無い様子でニコニコしながら私を見ている。


 期待に応える事ができるかは、私の知るところではないし、気負う必要もない。


 二人に見送られてガチャっと重い扉を開けると、部屋の奥から何かの気配を感じていた。



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