D&N社製 製品番号11番 クリップアンドアフィックス
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D&N社製 製品番号11番 クリップアンドアフィックス
「この世界は誰もいなくなってしまった。君と私以外は」
目の前の女性が話しかけると〝僕〟は今にも壊れそうな椅子に座っていた。
「すいません、あなたの言っていることが何の冗談か、わかりかねるのですが」
僕は目の前にいる女性と目を合わせ、その人とその周りを見回した。わかった事は女性は見たところ僕と同じ歳か、それに近いこと。2人の間にはの手作りとみられる机。2人がいる部屋は立方体の部屋で真白い床とガラス張りの天井、壁は一面を除いて窓がなく、窓の外には元々は首都であっただろう街並みが緑色の何かに汚染されていた。目を細めて見ると、大きな蔦の様だ。
「いいわ。全部イチから話してあげる。これを見ながら聞いてて」
彼女は僕にそう告げると、ズボンから黒い画面がある薄い箱を取り出した。
「それはなんです?」
僕が彼女に聞くと目を見開いて言葉を飛ばしてきた。
「あなた、これも忘れたの?」
彼女はまるでおじいさんに話すような態度で語気を強めて一文字づつ言った。ス・マ・ホと。僕は彼女に言われた瞬間にその存在を思い出した。
「いや、たった今思い出しました」
彼女は一瞬だけほっとした顔を浮かべたが、次に険しい顔をして僕にその画面を見るように言った。
「いい? この動画さえ見てくれれば、すぐにこうなっているのか理解できるから」
彼女は僕にそう言うと、スマホを机に置いた。そして、動画が再生されると画面にはスーツを着た男が困憊した顔で丸いスマホの様なものをいじり始めた。そして、一通りの操作を終えると困憊していた顔が何か物を貰った子供のような笑顔になった。次の瞬間、場面がかわり、今度は子供を抱える彼女が丸いスマホを持って操作している。そのスマホの裏には〝D&N〟の刻印がある。また場面が変わる。次はしっかりとした上等なスーツを着た、さっきとは違う男がこう言った。
『皆さん。こんにちは。D&Nです。今回は新しい商品の紹介です。名前は〔製品番号11番 クリップアンドアフィックス〕です。ずばり! この商品は一日の時間を操れます。なんですって? そんなの嘘だろって? いえいえ。とんでもない。実際に使った人の話を聞いてみましょう。さあ、どうでしたか?』
スーツ男は字幕でサラリーマンSさんと紹介される男に問いかけた。
『ええ、これのおかげで会社が楽になりました。前の日の時間を切り取った後、勤務日に張り付けると一日の時間が伸びて、しっかりと睡眠時間を確保できるようになりました』
サラリーマンがそう答えた後、字幕で主婦Aさんと紹介される彼女が出てきて、さっきのサラリーマンさんと似たことを言ってスクロールに隠れていった。スクロールが終わるとさっきの紹介役の男が出てきた。
『というわけで、実際に使っていただいたお二方の感想をお聞きいただきました。この製品番号11番の価格は一台当たり7万5000円です。もちろん、この動画が公開されている1時間のみ限定で値引きをさせていただきます! なんと、50パーセントオフの3万7500円です。この機会に是非とも手に入れてください。返品期間は購入していただいてから1か月は返品も受け付けております』
その男が一通り言い終わると、ホワイトアウトして〝D&N〟のロゴが浮かび上がると再生が止まった。
「この動画、一見ただの冗談にしか見えませんが」
僕がそう言うと、彼女は頷いて話を始めた。
「そうね。今見るとただの冗談だわ。でもその時は違った。D&N社は当時ネットマーケット上で権勢を誇った〝ⅠMAZON〟の傘下にも関わらず、知名度では〝ⅠMAZON〟を上回っていた」
彼女がそう言うと僕はいくつか質問をした。
「まず、なぜ親会社より知名度があったのですか? そのD&N社は」
彼女は明確な答えを返してくれる時もあったが、彼女自身も知らない所があったらしく、わからないと答えたことこともあった。
「そのD&N社は当時、奇抜なデザインと優れた性能。そして、一番人々が惹かれたのがそのコンパクトさ。同じ機能を持つ他社の製品と比べても何十倍も小さく携行しやすかった。D&N社が最も知れわたったきっかけがその当時の国のスーパーコンピューター「紅」と同じ性能のスパコンがD&N社からスマホサイズで出てきた。それに比べて国や世界のスパコンは大学の研究室丸々を占有するほどの大きさ。人々は驚き、値段こそ5000億円と一般人が買える価格ではなかったものの、政府はこのD&N社のスマホを何台か購入した。検証した結果、政府は『性能は紅と同等かそれ以上である』と結論を出して大騒ぎになったわ」
僕は驚きながらも次の質問をした。
「例の製品番号11番は世界にどうやって僕とあなたしかいないような世界を形成したのですか?」
彼女は次の質問にも答えてくれた。
「これは確証はないから憶測で話すわ。人々はそれを買って、商品の紹介ページどおりに時間を操作した結果、一日の基準がずれて、ほかの人との時間軸が合わなくなってこの世界から消えたり、寿命を何倍もの速度で消費した結果、早死にした。と、言ってもすぐに消えたわけじゃない。時間をずらしたと言っても、数時間程度。ここまではまだ大丈夫だった。一日の時間が24時間、ここまではわかる? 例えで仕事をしてるとして休憩のために一日先の時間を3時間持ってきて、今過ごしている日に持ってくるとする。すると、この追加された時間がどうなるかわかる?」
僕は彼女の言っていることが理解できずに首を振った。
「そうよね。そんなの初見じゃわかるはずもない。追加された時間は操作した本人にはその時間は確かに一分当たり60秒、一時間あたり60分の至って普通の速度で回る。だけど操作した本人以外はその時間がコンマゼロイチ秒の時間で回る。持ってきた時間がどんなに多くても、本人以外が過ぎる時間はコンマゼロイチ秒。増減はしない」
僕は今の説明を聞いて、話の途中だったが彼女の話を制止し、質問した。
「今、あなたは次の日から時間を持ってきても、持ってきた時間はコンマゼロイチ秒程度だと言ったがそれなら、人類が滅亡する理由にはならないと思うのですが」
彼女は呆れた顔で僕に言った。
「君、頭悪くない?」
僕は彼女にそう言われ、少しムキになった。
「それは酷くないですかね。初対面の人には」
彼女は首を振って答えた。
「いい、私の話をよく聞いてて。聞いてくれさえすれば謝るから」
とりあえず、僕は黙ることにした。
「つまり、次の日は21時間になるでしょ? で、この差し引き21時間がほかの人と接触可能な時間」
僕はうなずいて話を聞き続けた。
「で、時間を切り取った日は21時間だから24時間に戻したいでしょ? で、また休憩時間を取ろうとするから3時間持ってくると合計は6時間よね。だから3日目の時間はどのくらいになる?」
僕は彼女の口が閉じ切らない間に答えた。
「18時間ですね」
彼女は僕の答えを聞いて、すぐに言葉を返した。
「そう。もうこれを繰り返したらどうなるかわかるよね」
僕はこの説明を聞いて脳がすぐに回り始めるのを感じた。
「なるほど。3日目は6時間プラス3時間の9時間を4日目から持ってくることになるので4日目は15時間になり、9日目には0時間ですね。これが0時間になるとどうなるんですか?」
彼女は深くうなずいて話を続けた。
「0時間になると、人と接触できる時間がなくなるから、実質的な永久隔離状態になる。時間を持ってきて接触可能時間を増やしたいけれども、さっき言ったようにカットアンドペーストされた時間は一瞬にしかならないし、通信機器は使えるけど、強いラグで正直、通話不可能」
僕の脳もようやくこの後の顛末が理解できた。が、一つ腑に落ちない所があったので質問した。
「てことは飲食もラグで出来ないってことですか?」
彼女は静かに首を縦に振って、また話し始めた。
「で、ちなみに今の体の状態はどう?」
僕はそう言われたとたん、体が動かなくなった。力を振り絞って彼女の方向を見ると、彼女も自分とほぼ同じ姿勢で動かなくなっていた。なぜか口と思考だけは素早く動くようになっていた。
「これは?」
彼女は笑って僕に言い放った。
「あはは、君ね。私も巻き込んだのによく記憶喪失なんかできたわね!」
そう言われると、脳裏に一瞬だけ何かよぎった。
「だから、なんであんたは。あのコンマゼロイチ秒で私の手をつかんで引きずり込んだのよ!」
僕の脳に彼女の言葉に遅れて情景が浮かび上がる。彼女のきょとんとした顔が浮かぶ。
「すまない。やってみたかったんだ。一人しかいなくて。この世界に」
彼女は泣きながら叫び声に近い声でもう一度、僕に言い放った。
「なんで、あんた、一人でひきこもるのよ。なんで、幼馴染にすら相談してくれなかったのよ。電話でかっこつけて『もう人がいる世界が嫌だ』なんて」
僕は口で謝るしかなかった。
「ごめん」
そのときには意識すらも止まりそうになっていた。
「あんた、なによ。寿命を半分だけ残した状態で連れてきて。そのくせ、身なりと歳は電話の時と同じ歳で」
あやまるしかない。
「悪かった。ゆるしてくれ」
彼女は最後にこう言った。
「あんたなんか、あんたなんか、大っ嫌い!」
彼女はそう言うと、パッと背景に消えた。
完結
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