願いの木

@rasumisu0401

第1話

僕は今『願いの木』の下にいる。なんでこんな胡散臭い名前が付いているのか知らないけど、学校が終わるといつもこの木の下まで来て本を読んでた。


いつも一人の女の子がそこに居た。

一瞬男の子かと思うほど短い髪にワンピースを着た彼女は優しい瞳と笑顔で話しかけてきた。

それが彼女との出会いだった。


僕は彼女に出会ってから毎日行った。いつも彼女はそこに居ていろんな話をした。ありふれた話ばかりだったけど彼女との時間はとても楽しかった。そして何故か懐かしかった。


彼と出会ったのは木の下だった。彼は優しい人でおっちょこちょいだった。

何故彼に話しかけたのかわからない。

なんとなく彼だと思った。



今日も学校で読書していると

「よっす」

「おはよう」

そう言って彼は隣の席に座って話しかけてきた。

「彼女とはどうなったんだよ?」

「彼女って誰のこと?」

「いつも言ってるじゃん、木の下で出会ったっていう」

彼女のことをそんなにいつも話していただろうか。そう言うのであればそうなのだろうと自己完結した。

「別にどうもなってないよ。いつものように会って話してるだけ」

「ふ〜ん」

少し面白くなさそうに言った。

「それでさ、部活どうする?」

部活のことなど考えた事もなかった。

「部活をやってると時間が無くなるからやらないかな」

「君は部活を決めたの?」

「俺はバスケかな。運動得意だし」

「頑張れよ」

「おう!」

そんなくだらない会話をするのであった。



今日も木の下で待っているといつものように彼がきた。

「ごめん、ちょっと遅れた」

「全然大丈夫」

いつものように話していると彼は

「遊園地に行かない?」

そう聞いてくる彼はいつもよりだった。

「それってデート?」

そう悪戯っぽく聞くと彼は

「思い出作りかな。それで、どうかな?」

私はちょっと悩みながら

「多分、大丈夫!時間はどうする?」

「来週末はどうかな?」

「分かった!楽しみだね!」

これはデートなのでは?と思いつつ当日はどうしようかと思いを巡らせるのであった。



その日は快晴で透き通っていた。

待ち合わせ場所で待っていると彼が慌てて来た。

「ごめん、待った?」

「今来たとこ」

「てか前から思ってたけどすぐ謝る癖直しなよ。あと自分を低く見るのも」

「うん、そうだね」

「分かればよろしい!じゃ行こっか」

そう言って遊園地に向かった。



「私遊園地初めて!」

「僕も初めてなんだよね。こういうのって何から乗るのが正解なんだろう?」

「正解とか無いの。行きたいところに行けば!」

「何か乗りたいものある?」

「こういう時は男の子が引っ張らないと」

「そういうものなのかな」

「そういうもんだよ!」

彼は気恥ずかしそうな顔をしながら

「無難に観覧車とかどう?」

「か、観覧車?」

高所恐怖症の私になんてものを。

「観覧車は……あ、ほら、味気ないから別のにしない?」

「怖いってこと?」

この顔は言い訳出来ない顔だ。

「そ、そうよ。高いところは苦手なのよ。」

「苦手なら先に言ってくださいよ」

「なら、ジェットコースターはどう?」

彼が明らかにビクとなったのを見逃さなかった。

「ほら行きましょ、ジェットコースター」

「さっきと言ってること違いますよ」

そんな彼の悲鳴のような訴えを無視して、ジェットコースターの列に向かうのだった。

結局私たちは三回もジェットコースターに乗った。


私たちは昼食を取り、一通り遊んだ後帰路についた。

夕日が照らす中

「楽しかったね」

そんな他愛のない会話をしていると突然胸が苦しくなった。

最初は少しだったがだんだん激しくなり、気づけば倒れてた。助けを呼ぼうにも上手く声が出なかった。サイレンの音が聞こえながら意識を失った。



遊園地の帰り彼女が急に倒れてしまった。急いで救急車を呼び病院に運び込まれた彼女はとても苦しそうだった。待合室で待っていると医者に呼ばれた。医者によると彼女は生まれながら心臓の病気だったこと、余命は短いこと。このままだと生きられないから数日後にコールドスリープすることを知らされた。僕は何も知らなかった。あんなに元気だった彼女が病気だったなんて。いろんな感情がごっちゃになっていた。


どれくらい時間が経っただろうか。薄暗い病院の中、看護師さんに呼ばれて彼女の病室に入った。僕が何も言えずにいると

「私の病気のこと聞いた?」

「うん」

「もう少し大丈夫だと思ったけどなぁ」

僕を安心させる為かいつものように明るく話してくれる。

「そんな顔しないでよ。元から分かってた事だから」

「もっと早く言ってくださいよ。大事な事は早く!」

「だって君を悲しませちゃうから」

そう言われると反論も出来なかった。


僕は毎日病院に通った。僕が彼女の為に出来ることはそれしか無かったから。彼女はいつも元気だったが体が弱ってるのは目に見えて分かった。


それから一週間も経たない内にコールドスリープすることになった。こうなってしまっては僕に出来ることは何もなかった。


久しぶりに学校に行くといつもの席に彼が居た。

「よっす」

そう挨拶する彼にぶっきらぼうな返事しか出来なかった。

「どうしたんだ?」

そう聞いてくる彼に僕は事の次第を話した。

一緒に遊園地に行ったこと、倒れてしまったこと、彼女の病気のこと全て。

そして早く気づいていれば、遊園地に誘わなければという後悔を打ち明けた。

彼は唐突に

「姉さんはそんなことのために一緒にいたんじゃねぇ!」

と叫んだ。

遅れて

「姉さん⁉︎」

思ってもみなかった発言に驚きと戸惑いを隠せない。

「くそ、言っちまったじゃねぇかよ。そうだよ、俺の姉だよ。」

「でも名字違うじゃん」

「うちは両親が離婚しているからな。俺が幼いのとき姉さんは突然倒れたんだとよ。もちろん救急車で運ばれて検査したら、心臓の病気が発覚。その後クソ親父が姉さんと母さんを捨てたらしい。俺も本当のことはわからないけどよ」

「いつから彼女が自分の姉さんだと気づいたの?」

恐る恐る聞いた。

「姉さんから話を聞いて確信したよ。まさかとは思ってたけどさ」

困惑する僕に続けて彼は

「それでこれからどうする?」

「どうするって?」

「姉さんを助けるかどうかって話だよ」

「でも、どうすれば」

「自分に出来ることをする。それだけだろ」

そう言って立ち去った。



何度もあの日の事を思い出しては後悔していた。何か出来る事はあったのではないか?何かしてあげられたのではないか?そう考えてしまう。そこに意味はないというのに。

「彼女に悪い癖だと言われたのにな」

そんなふうに自嘲する。

僕に何が出来る、彼女の為に何をしてあげられる。答えのない自問自答。


気づけばあの木の下にいた。あの『願いの木』。胡散臭いと思ってたけど僕に出来ることはこの木に願うだけ。ただ一途に……


気づけば沢山のシャボン玉が浮遊する不思議な空間にいた。

「ここは」

何故か見覚えがあったのだこの空間に。

突然その声は聞こえた。遠くからでも確実に

「またあなたは来てしまったのですね」

「またというのはどういうことですか?」

「あなたはここに来たことがあるのですよ。まだ幼い頃に」

そう言うとシャボン玉を近づけてきた。

そこには幼い僕と彼女が遊んでいる風景だった。

思い出した。僕と彼女は……

「思い出しましたか?あなたと彼女はいつも仲良く遊ぶお友達でした。しかしある時あなたは交通事故に遭いました。意識不明の重体。助かる見込みはありませんでした。そんなあなたを見て、彼女は泣きながら『助けてください、助けてください』と木の前で泣き叫びました。ここはあの世とこの世の狭間。そのときのあなたをあの世から抜け出してもこの世に戻さないと意味はありません。その時彼女はある代償を払うことであなたを助け出しました。」

「それって」

「そうです。彼女は自分自身を代償にあなたを救ったのです。」

「あの、彼女は昔の僕を憶えてないですか?」

「恐らく代償の一部だったのでしょうね。あなたの記憶が無いのは一度あの世へ行ったからでしょう。」

全て納得した。納得せざるおえない。

そして僕がやるべきことは……

「あなたに問いましょう。何を願いますか?」

「僕のすべてを代償に彼女を救って欲しい」

「分かりました」

急に体が重くなり気づけば意識を失っていた。


次に目覚めたのは『願いの木』の下だった。

記憶も残っていて、体も不思議と元気だった。


「彼女はどうなった?」


そう思い後ろを振り返るとそこに居たのはいつか見た優しい瞳と笑顔の彼女だった。いつも望んていた彼女の笑顔が目の前にある。気づいたら僕は泣いていた。

「ばか……」

泣きながら彼女は言った。

「ごめん、いやありがとう」

「私こそありがとう」

こうして僕たちは全てを取り戻した。


その後僕たちは大きな問題もなく生活している。恐らく彼女があの世に行ってなかったからだろう。とはいえ少なからず代償はあるのだろう。しかし恐れる必要はない。

僕らはこの『願いの木』の下出会い、別れ、そしてまた出会った。僕と彼女なら絶対に……

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