第17話 赤城百合

 夕刻。

 戸髙高校の一年五組の教室で、俺は退屈な世界史の授業を聞いていた。ローナと共に。

 止まった時は———動き出した。

 マックスを倒した後、破壊されたこの校舎は異世界の物と入れ替わらなかった。戸髙高校は戸髙高校のまま修復され、普段と同じ日常の時を刻み始める。

 窓の外を見る。

 校庭の木の陰に隠れて、トゥーリはずっと俺たちを待っている。後て彼女と詳しく話さなければいけない。

 何が起きたのか、それはさっぱりわからないが———。

 クラスにいる異世界人は、ローナ・シュタインだけだった。


 〇


 放課後になり、戸髙高校の近所の公園に俺、ローナ、トゥーリが集まる。

 マックスのせいで世界がまた書き換わると思ったが、今回はそうならなかった。そのことについて話し合うためだ。

 俺とローナは公園のベンチに座り、トゥーリは傍の木の幹に、不機嫌そうに腕を組んでもたれかかっている。

「何が———起きたんだ? 高校、破壊されたよな?」

「ええ」トゥーリが肯定する。

「通常だったら、破壊された施設、人間は一旦、時間回帰魔法によって復元されるけど、世界融合魔法・ユグドラシルが影響を与えて、復元後、こっちの物質を素材に私たちの異世界の物質をこの世界に顕現させる。それが改変魔法リライト。ユグドラシルがこの世界の魔法のルール自体に干渉しているから、止まった時の中で破壊されたものは異世界のモノに書き換わるっていうルールは崩れないはずだけど……」

 公園からでも戸髙高校の校舎は見える。健在だ。

「本来だったらこの辺も私たちの世界のモノになっているはず、そうはならなかったって言うことは考えられることは一つ」

 トゥーリが俺の胸を指さす。

「ビフレストの欠片」

「…………」

 胸を触ってみる。

 戦闘が終わった瞬間、そこが輝き、周囲の瓦礫を修復し始めた。校舎が元に戻ると〝オウカ〟が消え、時間が進んだ。

 校外にいた俺たちは校舎の中に帰ってくると、無断外出だと怒られかけたが、トゥーリが謝ると教師たちはスッと矛先を修めた。その後も「私が監督しています」とトゥーリが言うとそれに従った。どうやらトゥーリは警察のような立場として認識されているようだ。格好はどう見ても異世界の騎士だが。

 その後、とりあえずは普通に授業を受けるしかないと、普通に過ごしていたが、

「ぶ~……」

 ローナは終止不機嫌そうだった。

「なんでそんなに不機嫌そうなんだよ」

「だって、ビフレストの欠片を使って元に戻しちゃうんですもん! せっかく私たちの世界にこの世界を書き換えられるはずだったのに! ご主人様もそれを望んでいたでしょう!」

「そういうわけじゃ……」

「藤吠牙の一存で全部を決められるわけないでしょう。確かに、今……世界の命運を握っているのはあなただけどね。藤吠牙」

 トゥーリが指さす。

「ビフレストの欠片を使えば、ユグドラシルの干渉して、現実世界が破壊されても元のこの世界の物質に戻すことができる。そして、敵に対抗する〝オウカ〟という力も持っている。


 あなたが———この世界を守るしかないのよ」


「……………」

 胸に手を当てた指に力を込める。爪が食い込んで少し痛い。

「俺が……?」

「そう、もうこれから———、」


「あの……ごめん、大切な話をしてるところ悪いんだけどさ」


 割り込まれた。

 トゥーリでもローナでもない、第三者の声だ。

 茶髪のボブカットの女子が、恐る恐ると言った様子で俺たちの前に立っていた。

 戸髙高校の制服を着ていた。同じ学校の……というか、タレ目でけだるげな表情、この顔立ちは見覚えがある。同じクラスだ。

「赤城、百合ゆり

 クラスメイトの名を呼ぶ。

「今日、兄貴に呼び出されたって聞いたけど本当?」


 そして俺を、来客室に呼び出した刑事・赤城白太の———妹だ。


「ああ、そうだけど……やっぱり赤城白太ってお兄さんだったんだ」

「そ、校舎で兄貴とその騎士の人が歩いてるの見かけたあと、あんたが呼ばれていったから。兄貴に呼び出されたと思ったんだけど、当たりだったね」

「……まぁ」

「何の話をしたの? あの後兄貴に聞いたけど、教えてくれなくて。万引きとか、やったの?」

「いや、そういうことは……お兄さんも言ってないことなら、俺からも言っちゃいけないと思うから言えないな……悪いな」

「そ」

 百合は一応話しかけだけ、そこまで興味はないとでもいいた気なそっけない態度でそっぽを向き、

「でも、今も騎士の人が隣にいるんじゃ説得ないよ。保護観察中……? とかそういう感じなんじゃないの?」

 トゥーリを見つめる。 

 今、この世界ではトゥーリはやっぱり警察と同じ立場として見られているんだ。騎士の格好をしているから。

 この現実世界は、異世界と混ざり合っておかしな感じになっている。現代の洋服を身にまとっていない異世界人が普通に街中を闊歩しレンガ造りの建物が東京の至る場所にある。それを違和感なくこの世界の人間は受け止めているので、正しい認識能力を持っている人間の眼には違和感がある認識をしている人と映ってしまう。

「いやぁ……まぁ、俺には俺の事情があって……でもわざわざこんなとろまでそんなことを確認しに来たの?」

 俺たちは高校から出て、隣の公園に場所を変えたのに。

「珍しいから、同級生から犯罪者がでるなんて」

「だから、犯罪犯してないっての」

「ハハッ。じゃ」

 笑い飛ばしたが顔が全く笑ってなかった。

「……なんなんだ? あ、で話何だっけ?」

 いきなり百合が介入してきて中断した話の続きを促すが、トゥーリもローナも去っていく百合の背中を見つめていた。

 ローナに至っては「ねぇ」と言いながら背中を小突いてくる。

「ご主人様、いつの間に百合ちゃんとフラグを立てたの? 私が知ってる限り話してるのを見たのは今日が初めてなんだけど、私の目の届かないところでフラグ作ってた? 許せないなぁそういうの」

 いや、今日こっちの世界に来たばかりのローナの目の届かないところなんていくらでもあるだろう。

 まぁそれでも、百合とは今日初めて話したのでローナの推測はどちらにしろ邪推となるのだが。

「…………」

「トゥーリ?」

「あ、ああ……なんの話だったっけ?」

 トゥーリは百合の背中を見つめたまま、ぼーっとしていた。

「いや、トゥーリが何かを言いかけて、中断してたんだよ。何を言いかけたんだ?」

「え、ああ、たわいもないことよ。これからも〝オウカ〟を使ってヴァレンシア王国の脅威から私たちを守ってって、そう言いたかっただけよ。あなたが戦えば、世界改変魔法のユグドラシルに対抗できる。この世界のものがいくら破壊されても修復できる……それだけ」

 トゥーリが背中を木の幹からはなし、歩き始める。

「どこ行くんだよ?」

「調べもの。父がどこまでこの世界で勢力を伸ばしているのか、調べなきゃいけないから。一応幹部であるマックス・ロッドは倒したから、多少勢いは収まると思うけど、どこに父が潜伏して何を行っているのか。調査する必要があるから……一応、頼むわよ」

 最後に、ローナを念を押すように睨みつけ、トゥーリは去っていく。それに対してローナは舌を出して応える。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「あ、ああ……」

 ローナに手を引かれ、椅子から立ち上がる。

 〝オウカ〟という異世界のロボット———機神きしんに乗ってこの世界を守ること。

 自分がビスレストの欠片という世界樹の種を肉体に埋め込まれている、そのために世界を修復できる唯一の特別な存在であること。

 ローナとトゥーリの関係性。

 どれも頭を抱えそうな、重たい情報のはずなのに、なぜか家に帰るときに俺の頭を死はしていたのは、いきなり話しかけてきた赤城百合のことだった。

 そういえば、戦いの後———赤城白太さんには会っていない。

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