第6話 観察

 本当に自分は何をしているんだろうか?

「ちょっと手が疲れたから交代して」

「はい」

 自分より一回りも二回りも小さい女の子の言葉に素直に従い、彼女の手から双眼鏡を受け取った。

 ここは高田馬場にあるとあるビルの屋上。

 ここから戸髙高校の教室を一望できる。

 赤城白太は双眼鏡を覗き込み、ある教室を監視していた。

「仕事サボって何やってんだか……」

「ぼやかない」

 白太は女の子に軽く尻をつま先で小突かれる。そんなことをされても全く怒る気が起きないのは白太が気が弱いからなのか————。

 それともさっき彼女に送られた映像を見たからだろうか。

「ねぇ、本当にこの映像はフェイク動画じゃないの?」

 白太が携帯を取り出して、ある動画を再生する。

 それはLINEで【NENE】というアカウントから届けられた動画で———新宿の光景が撮影されていた動画だった。


 黄金の巨人と赤の獣が街を破壊し、暴れまわっている。


「当たり前でしょ」

 鎧の女の子はこともなげに言い放つ。

「だけど、これ空中に建物の破片とかが浮いてるんだけど……」

「当たり前でしょ。〝魔獣〟は止まった時間の中を動けるんだから、その映像は止まった時間の中で撮影したものよ」

「どうして時間が止まった状態で撮影できるんですか?」

「止まった時間で撮影したから」

 鎧の女の子がスマホを軽く振る。女子高生のようなビーズでウサギのでこをした派手なスマホだ。

「…………」

 これ以上問答しても仕方がないと、白太は諦め、動画を再び再生し始めた。

 ロボットと怪獣のバトルだ。怪獣が火を履いて、ロボットは全くひるまずに立ち向かっていく。

 こう見えて白太はインドア派だ。趣味はゲームと動画鑑賞で、You tubeとかにあがるおもしろ動画をよく見ている。だからこそ、どんなものが加工されていて、どんなものがCGであるかは見ればわかる。

 これは———CGではない。

 明らかに生きている巨大な獣と物理法則的な考えでこの世に存在しえない巨大ロボットが新宿の街で戦っている。鎧の女の子がメチャクチャいい画質設定で撮影したおかげで、鮮明に荒がないのがわかり、その動画を信じざるを得なくなっている。

「でも、信じられないよ……時間を止めたり……巻き戻せるなんて」

「巻き戻ってないと、新宿の街は壊滅したまま。今日のトップニュースよ」

 動画が最後の方に差し掛かかり、背を向けた赤い獣を黄金の巨人が脳天から足元まで剣を振り下ろし真っ二つにして勝利を収めている。

 そして、その後ビデオの巻き戻し機能を使う用に新宿の崩壊された町が元通りに再生していく。瓦礫や人間が元の位置に戻っていく。だが、黄金の巨人だけは巻き戻る時間の中で、一人だけ流れに逆らい、空中に浮遊し始めている。

 実に混乱する光景だ。

 黄金の巨人も巻き戻っていたら、単に動画自体の巻き戻し機能だと断定できたのに、こいつが普通に動いているから〝魔法〟という概念を信じざるを得ない。

「このベヒモスみたいなやつがどんどん今この地球に送り込まれているってことで合ってるのかな?」

 鎧の女の子士に白太が尋ねる。

「そう、あなたたちのとっての〝敵〟は〝魔獣〟を使ってこの世界を書き換えようとしている」

「書き換えるって言うのがよくわからないんだけど」

「簡単なのにそんなこともわかんないのぉ? でも、まぁ支配しようとか侵略しようとしてるとかそういったことと同じようなことだから。別に理解しなくてもいいわ。とにかくシロタ。あんたはあたしの命令に従っておけばいいの。そうすれば世界を救えるから」

「…………」

 やっぱり反論できないのは白太の気が弱いからに違いなかった。

「わからないことはないんだけどね……だって、おかしいもん」

 白太は双眼鏡で戸髙高校の教室の監視に戻る。そこに広がる光景で、明らかに〝異常〟が起きていると言うのはわかる。

「外人多すぎるもの」

 日本の学校は島国ということもあり、元々の黄色黒髪の人種で統一の民族で統治されていると言ってもいい。白色金髪のヨーロッパ人だったり黒色黒髪のアフリカ人だったりはあまり日本に定着しない。というか、日本が潔癖すぎる国家であるゆえに厳しい制限を設けて直ぐに母国へ返してしまう。

 だから、日本の学校にアジア人以外の人種はあまりいない、はずなのだ。いてもクラスに一人二人程度。

 それなのに、戸髙高校の生徒たちはアジア人以外の人種が二割近く存在していた。

 多少の違いと断じることも可能ではある割合であるが、金髪ではなく青い髪の色をしてたり、桃色の髪をしていたりと明らかにこの地球の物理法則からすれば天然物の色ではない。だが、着色っぽさも感じない……なんというか、馴染んでいる感じなのだ。

「異世界人———ってやつなのかな」

 全く別の次元の存在が、そこにいる。

 白太にとってはそうとしか解釈できない光景だった。

「あたしもそうよ」

「この世界で生きている人間が書き換えられて、異世界の人間に変わっていく……」

「そうしてじわじわと侵略されていく気が付かないうちにね。あんたに見張らせている対象だって、元々は男の子だったんだから」

 白太は現在茶色い髪の女の子を鎧の女の子に言われて見張っている。

「山中勝彦。この世界ではそう言った名前だった少年。今はもういない。昨日の戦いに巻き込まれて命を落とした。ここ、見える?」

 動画の一部を拡大すると、戸髙高校の制服を着た少年に大きな瓦礫が命中している。頭部にあたり、血はそんなに出ている様子がないので、生きているか死んでいるか動画の光景では判断がつかないが……。

「もういないってことは死んでるってことよ」

「この止まった時間世界の中で死ぬと……異世界の人間がこの世界にやって来て何食わぬ顔でいるってことか」

「そういうこと。ドンドン塗り替えられていくのよ。建物もそう。新宿の街に行ってごらんなさい、凡人であるあなたは認識できるかどうかはわからないけど、あたしたちの世界。ヴァランシア王国の街並みがいたるところに存在しているはずよ」

「君はそのヴァランシア王国を裏切ってこの世界を守るために来た騎士ってところか?」

「裏切ってない。元々敵なの」

「ああ……そうか」

 あっちの世界にもあっちの世界の勢力や事情があるのだろう。

 鎧の少女の国が違うとかおおかたそんなところだろう。

「でも、どうして監視し続けてるんだ? あのローナって少女に何があるんだ?」

「あの娘はあたしの大切なものを持っている。それを取り返さなきゃ……始まらないのよ。あたしの復讐は……」

 恨めし気に歯を食いしばっている音が聞こえるが、

「日本の法律。復讐は認めてないんだけど?」

「あたしこの世界の人間じゃないもん。存在が治外法権よ」

「それでも———ダメなもんはダメだ」

「本気で言ってる? 今、戦争しているような状況なのよ? 侵略されてんのよ?」

「……平和ボケしている考えかもしれない。君が抱えている危機感を共有できていないだけかもしれない。だけど、見たくないんだよ。君のような子供が、復讐するところなんて。事情は全く知らないけどさ」

「…………」

 教室でビクビクしながら授業を受けている気弱そうな少女が、恨みを買ってしまうような女の子には思えないが……、

「ところで……あの手前にいる男の子邪魔だなぁ」

 ローナは窓際から一つ奥の席に座っている。

 その前に座っている平凡そうな顔をした少年が視界を遮り、ずっと邪魔に感じていた。

「…………あの少年、どっかで見たような」

 心当たりは、ある。

 さっきまで見てた動画だ。山中勝彦と同じようにあの少年も映っていたと思う。

 だが、止まった時間の中で何人も空中で静止していたのだ。いちいち顔をはっきりと記憶はできない。

 たしか———白太の記憶が正しければ、

「ベヒモスに殺されなかったか?」

「さっきから言ってるけど、ベヒモスってあの動画の赤い魔獣のこと言ってるの?」

「そうだけど? ゲームのモンスターにそっくりだから、あれなんて言う名前なの?」

「〝キメラレッド〟」

「……今後もベヒモスって呼んでいいっスか?」

 鎧の女の子は小さく「うん」と言った。

 その自信なさげな様子から、異世界人のネーミングセンスのなさを彼女自身痛感していたのだろう。

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