第6話、前日
高校の入学式、前日。
明日に向けて高校の制服に袖を通した俺は、鏡の前で何度も身なりを確認していた。
紺色のブレザーにズボン。
ネクタイを締めれば高校生らしい雰囲気が漂っている。
それに春休み中のハードなトレーニングをこなして手に入れた細マッチョな体型に、純白と一緒に行った美容院で整えてもらった髪形。
一ヶ月という短い期間で変わった自分の姿をまじまじと眺めながら、俺は鏡に向かって頷いた。
「よし、完璧だ」
これならば純白の隣にいても恥ずかしくないはずだ。
最後に俺は笑顔の練習をしてみる。
「こ、こんな感じかな?」
鏡に映る自分に問いかけるが、笑顔はまだぎこちない。これからは笑顔の練習もしていかないとな。せっかく爽やかな好青年に生まれ変わる事が出来たのに、笑顔一つで台無しになってしまうのはもったいない。
ともかくこれでとりあえずの準備は完了だ。
俺は純白が来るまでリビングのソファーに座って待つ事にした。
実は入学式の前日に互いの制服姿を見せ合おうという話を純白と約束している。
俺は緊張しながらもソファーに座って待っていると、ゆっくりと扉が開いて純白がリビングへと入ってきた。
そして妹の姿を前にして俺は思わず立ち上がる。
「に、兄さん。わたしの方も着替えが終わりました」
リビングに顔を出した純白は恥ずかしそうに目を伏せながら、おずおずとこちらに近づいてきた。
ブレザーの制服を身に纏い、首元には青いリボンを結び、紺色のスカートを履いている純白。膝上丈のスカートの裾からは柔らかそうな白い太ももが覗いており、膝下までの黒いソックスが妹の清楚さを際立たせている。
そしてそんな美少女が恥じらう姿はまるで天使のようだ。
純白の制服姿があまりにも可愛すぎて、俺は息をするのも忘れてしまった。
「に、兄さん……っ? そ、そんなにじっと見られると……わたしも照れちゃいますよ……っ」
顔を真っ赤にしてもじもじと指を絡ませ恥じらう仕草を見せた純白の可愛さに、俺は更に言葉を失ってしまう。それから妹は両手を胸元でぎゅっと握りしめながら、上目遣いで俺の事を見つめてきた。やばい、可愛すぎる……。
「ど、どうですか? わたしの制服姿……似合っていますか……?」
吸い込まれそうな青い瞳が不安げに揺れていて、思わず抱き締めたくなってしまう程に可愛くて、俺は慌てて目を逸らす。
俺の記憶の中にある純白の姿が、今目の前で輝いている事が嬉しすぎて言葉が出ないのだ。
「兄さん。照れてますね、可愛いなぁ」
「か、可愛いのは純白の方だ。制服姿の純白、やばすぎる」
ようやく出てきた俺の言葉を聞いて、純白は頬を赤くした。それから純白は背伸びしながら俺の頬に手を添えて優しく微笑んだ後、ゆっくりと俺の胸に顔をうずめる。
そのままぎゅーっと抱きしめられると、純白の甘い香りが鼻腔をくすぐる。そして俺の胸の中で純白は幸せそうに呟いた。
「やばすぎるはわたしの台詞ですよ。だって制服姿の兄さん、かっこよすぎます……ああっ、もうっ。どうしてこんなに素敵な人なんだろう」
少しだけ身体を離した純白は潤ませた瞳で俺を見つめる。妹の熱い吐息がかかり、俺は心臓の高鳴りを抑えきれなかった。
「兄さんどきどきしてる。兄さんの鼓動、とっても早いですよ」
「……っ。と、とりあえず座ろうか……? その、立ち話もなんだし」
「ふふっ、そうですね」
この照れを何とか隠したくて俺はソファーへと腰を下ろす。
すると純白も隣に座り、俺の肩に寄り添いながら手を重ねた。
「兄さん、この春休みずっとトレーニングを頑張っていましたよね。前もすっごくかっこよかったのに、今の兄さんはかっこよすぎて……そんな兄さんの制服姿、反則です」
純白はうっとりとした表情を見せながら、愛おしむような視線を送ってくる。大好きな人からそんな熱い視線を向けられて、俺の心臓は高鳴るばかりだ。
「純白も可愛すぎて反則だ……」
「えへへ、ありがとうございます。でも、それはお互い様ですよ?」
照れた笑みを見せる純白に俺は何度も首を縦に振る。本当に可愛い。可愛すぎるんだよな、これが。
「こんなかっこいい兄さんを、高校生になれば毎日見れるんですね。はあ、嬉しすぎてドキドキするのが止まりません。でも兄さんは優しいから、きっと女子の人からモテちゃうんだろうなぁ」
「それは純白もだよ。純白みたいに可愛い女の子が学校にいたら、他の男子は放っておかない。中学でもそうだったろ?」
「大丈夫です。わたしは兄さんが大好きですから、他の方になんて目移りしたりしません」
「じゃあ一緒だな。俺も純白以外の人に興味はないから」
「ふふ、一緒ですね。わたしも兄さん以外の人に興味はありません」
そう言って純白はまたもや俺の胸に顔を埋めた。
こうして甘える純白があまりに可愛くて思わず頭を撫でると、妹はふにゃりと顔を綻ばせて気持ち良さそうに目を細める。
「兄さんとっても良い匂い……こうしているだけですごく落ち着きます」
猫みたいに甘える純白が可愛くて、俺は妹の事をぎゅっと抱き締めた。
あーやばい、幸せだ。
俺は前回の人生でこの幸せを手放した。兄だからと身を引いて距離を置いた。
でもその必要はもうないんだ。好きなだけ純白を可愛がる事が出来るし遠慮だっていらない。
二度目の人生、俺は徹底的に純白を甘やかして可愛がって絶対に幸せにしてみせる。
それからしばらく純白を堪能していると、妹はくすりと笑って俺を見上げてきた。何か言いたい事があるのかと思い黙っていると、そっと俺の耳元に口を寄せて囁いた。
甘い声で、蕩けるような声色で。
「――兄さん、大好きです」
「ま、純白っ……」
その声を聞いた瞬間、俺は思わず息を飲む。
俺の反応を楽しむかのように純白は妖艶に微笑んでいて、俺はそんな妹に釘付けになっていた。
明日から純白との幸せな高校生活が始まる。
その嬉しさを噛みしめるように、俺は純白の柔らかな銀色の髪を撫で続けた。
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