蕃神
露木
第1話
普通とは何なのだろう。十七年間生きてきたが、その答えが未だ出せないでいる。
授業を真面目に受けないのは普通なのだろうか。放課後のファストフード店で愚痴や悪口を言うのは普通なのだろうか。エナジードリンクを勲章みたいに掲げて飲むのは普通なのだろうか。
「渡辺聞いてる?」
俺の哲学の時間は、名前を呼ばれることで強制終了を迎えた。
「ごめん聞いてなかった。何?」
七年間培ってきた自然な作り笑いを向けた。
社会的な集団意識が皆に芽生え始める、二分の一成人になった頃。自分が普通ではないはみ出し物であることを初めて知った。そしてそれが良くないことも。単純なきっかけだが、まだ幼く残酷な時期だったから、除け者にされるのは遅くなかった。出る杭は打たれる。そう分かってからは普通を装った。他に合わせて動くのは決して楽ではなかった。それでもやめられなかったのは、また迫害を受けることだけは嫌だったから。
「恋バナだよ。渡辺の好きな奴が誰かって話」
高校生御用達の人気ファストフード店で、六人席を占領して、話す内容は愚痴や悪口や下卑たこと。
「あー、……三浦さん」
「お前あんなのが好きなの?」
一番に頭に浮かんだ人を咄嗟にあげてしまったが、どうやら人選を間違えたらしい。皆の顔が少し顰められていた。俺は何度も心の中で三浦さんに謝りながら、どうやってこの場を切り抜けようか必死に考えていた。
三浦さんは確かに浮いている。高い位置で二つに結んだ黒髪に、目元を派手に強調する化粧。改造された制服も装飾の多い私物も、一つひとつが他とは悪い意味で目立っていた。しかし周りに距離を置かれている一番の理由は、制服のシャツのところどころが血で汚れていることだろう。人を殺しているとか、自傷の返り血だとか、そういった噂が絶えなかった。
「まあ顔可愛いしな」
誰かのその言葉に赤べこみたいに首を動かした。結局顔かよ、と笑われて、そこで話は終了。もっと下世話な方へ話は進んだが、それ以上俺に話を振られることはなく解散となった。誰にもバレないように、そっと安堵のため息をついた。
「そうだ」
帰路の途中、清水が振り返った。
「渡辺からはまだもらってなかったよね」
普通とは何なのだろう。隠れて悪をすることは普通なのだろうか。下世話な色恋の話をすることは普通なのだろうか。友達に友達代を渡すことは普通なのだろうか。
「今月の友達代。ちょうだい」
予め用意してあった一万円を清水に手渡す。清水は満足そうに踵を返した。既に夜となった空の水平線で、悪あがきするみたいに赤々と、マグマのような太陽の光が漏れていた。それを遮って歩く清水の影は赤黒かった。
誰も咎めるようなことはしない。皆彼に友達代を渡して友好関係を保っているのだから。俺は確かに普通の定義が分からない。しかしこれが普通だとは到底思えなかった。
誕プレ、と言われて渡されたソレは、明らかに他人の誕生日に渡すような代物ではなかった。
「これって本物?」
思わず尋ねると、相手はニコリと笑って頷いた。
「大変だったんだよ、ゲットするの」
大変だった、の一言で済ませられるのだろうか。それは、そう思案するくらいには高価なものだったのだ。
「……オパールだよな、これ」
何の包装もなく裸で手渡されたのは、青を基調に、赤や黄や緑で彩られた極彩色の石。角度によって反射する光の色を変えて、動かすたびに夏の夕焼けやモネの池、オーロラの浮かぶ夜景など様々な景色が浮かんだ。宝石に関しては明るくないが、確信を持って言えることが一つある。この石は、オパールの中でも非常に価値が高い。
そんな代物を前にして困惑する俺と、対照的な綿貫の微笑。
「そう、オパール。渡辺の誕生石」
綿貫は俺の目の前に行儀よくしゃがむと、自分が持ってきた誕生日プレゼントの説明を始めた。風に吹かれた髪がふわふわと俺の顔に当たってくすぐったい。
「オパールは持ち主に変化を及ぼすんだ。今の人生をより楽しめるように、隠れた才能を引き出せるようにって」
綿貫は俺の後ろの席にいる。プリントを渡すとき、毎度礼を言う丁寧な人だ。そして三浦さんと同じくクラスで浮いている人物でもある。しかし三浦さんみたいにちゃんとした理由があるわけでもない。えもいえぬ不気味な雰囲気が、なんとなく避けたくなってしまう。──だそうだ。あくまで友人曰くだが。
「……それで、なんで俺にくれるの」
俺の質問を待ってましたと言わんばかりに綿貫は微笑む。周りはこの笑みを向けられると呪われるとか体が動かなくなるとか悪夢を見るとか散々言っているが、俺はモナリザの微笑みみたいに綺麗だと思う。黄金の夕日に照らされて、余計に神秘性が増していた。
「渡辺って普通装ってるよね」
心臓が大きく脈打った。何でバレた?いつ?何がいけなかった?どこでそんなボロを出した。
「あ、当たってた?顔白いよ」
「……カマかけた?」
「だいぶ確信はあったけどね」
綿貫はVサインをしてみせた。どうしようが頭の中でグルグルと渦巻くだけでどうしようもできない。嫌な汗が頬を伝ってドロリと滴り落ちる。
「いつ気づいた?自分がマジョリティじゃないって」
答えようとしても、不規則な息がはくはくと出てくるだけだった。というか答えたくなかった。相変わらず綿貫の顔は綺麗で、雲ひとつない高い秋空がよく似合っていた。
「俺はね、小三くらいのときかな。家にゴキブリがいてさ、それちぎって羽とか足とか千切ってたら、母親にすげー怒られた」
俺は絶句してしまった。その話は俺の幼少期と酷く似ていた。綿貫に俺の頭の中を見透かされたのかと思ってしまうくらいには。
「渡辺は?」
「俺も、同じ……小四でクラスの子にバレて、それからいじめられて……」
意外でマイナーな共通点というのは、それだけで人に心を許してしまうものだと思った。そしてそれは強い結びつき、紛い物の絆を生み出す。
「俺たち仲良くなれそうだね」
綿貫に差し出された手を、俺は小さく「うん」と頷いて、強く握った。
「あ」
パッと手を離した俺に、綿貫は不思議そうな顔をした。
「友達代っているものなの?」
次に絶句したのは綿貫だった。
俺は昨日のことを全て話した。話さなくてもいいのに、ファストフード店で振られた話のことも洗いざらい吐いた。三浦さんを話題に出したことへの罪悪感もあったが、それよりも俺の中で膨れ上がっていたのは不快感だった。恋愛というものへの嫌悪感。恋をして二人が一緒になるというそれが、どうしても俺は受け付けられなかった。昨日から腹で膨れ上がっていた気持ちの悪い塊をどうにかこうにか消化したかったのだ。
「成程……」
綿貫はしばらく思案顔でうーんと唸った。何か考えがあるのだろうか。人に相談するということが初めてで、俺はいやに緊張してその様子を見守っていた。
「よし!」
器用に指を鳴らしてパッと顔を上げた。その動作全てが洗練されていて格好良く見える。
「縁切り神社行こうよ」
出された策は、具体的なものでも現実的なものでもなく、神頼みだった。俺がそれに頷いたのは、神的なものを信じているからではなく、友達と神社に遊びに行くというのが初めてで、楽しそうだと思ったからだった。
集合場所に指定されたのは俺の家だった。理由は単純で、自分の生活圏に同じ学校に通う人間が全くいないからだった。誰かに見られたくないよね、と二人の意見は見事に合致し、そこで俺が自分の家を提案した。迎えにきてもらうみたいで申し訳なかったが、自分の最寄駅が目的地に近かったようで、効率面でも渡辺家集合が一番良かった。
あまりに浮き足立っていて、母親にそれを指摘されたとき胸を張って、土曜に友達と遊びに行くのだと自慢してしまった。そんなのいつも通りだろうと不思議がられたが、母親にさえ隠している俺の普通でない部分が露呈してしまいそうで、それ以上何か言うことはやめた。
そして三日後、当日。インターホンが鳴って、意気揚々と開けたドアの先には、人影が二つあった。
「ごめん。神社行く話したらついて来た」
よぉ、と手を軽く振ったのは、あの三浦さんだった。
裏切られたのだと思った。俺が三浦さんを好きだと言ったことを問い詰めて、清水みたいに俺から金を巻き上げたり良いように使ったりするつもりなのではないかと。すべてを後悔した。思考は暗く深い方へどんどんと堕ちていく。涙だけでなく、熱くなる目や痛くなる鼻や、歪む顔も抑えられなくて、子どもみたいな嗚咽がひとつ漏れた。
「だからついてくんなって言ったんだよ。もうお前帰って」
綿貫は辿々しくも優しい手つきで俺の背中を摩った。続いて聞こえてきた舌打ちと悪態は、同じ人物だとは思えなかった。
「渡辺が思っているようなことは絶対無いからね。三浦が勝手についてきただけ。俺は渡辺と二人で行きたかったんだけど」
涙で歪んだ視界には、綿貫と三浦さんが火花が出てしまいそうなくらいにお互いを睨み合っていた。
「あたしはお前らに興味ないし。綿貫が紹介しろって言うから道案内についてきただけ」
もうさっさと行こうよ、とスタスタ先を歩いて行った。
「あいつのこと気にしなくていいからね。本当にごめん」
綿貫の謝罪に俺は首を振った。昂っていた感情は既に落ち着いていて、目と鼻に少し熱が残っているだけだった。
「俺も三浦さんと綿貫ぐらい仲良くなってみる」
ズビ、と鼻を啜る音が気持ちを切り替えさせてくれた。今日の目標は二人と、二人みたいな関係性になること。綿貫が何か言いたげに不満そうな顔をしているのには気が付かなかった。
そして着いたのは神社──ではなく、若者に人気のコーヒーショップ。いざ神社へ、と意気込んだは良いものも、先駆けを行く三浦さんに倣って歩みを進めていくと、いつの間にかここに辿り着いた。道中、綿貫が首を傾げていたことに対して俺も首を傾げていたが、到着先を見て「そういうことか」と頭を抱えた綿貫を見て俺もそういうことかと納得した。
「腹が減っては戦はできぬってやつだよ」
三浦さんがそうウィンクをすると、レジで何やら呪文のような長い言葉を口にした。
清水一行と遊びに行くときは値段重視でファストフード店ばかりに行っていたから、何気にこういうところへ来るのは初めてだった。
「渡辺何が良い?」
落ち着かない体を動かしていると、綿貫は気を利かせて俺の分の注文も聞いてくれた。
「あー、えと、水」
「じゃあ、コーヒーひとつと水ひとつ」
こういう場所で頼む物ではないことは明らかなのだが、何分甘いものは苦手だった。苦いコーヒーも好きではない。しかしそんなことができた一番の理由は、二人に合わせる必要がないという安堵だった。
ホイップクリームやソースが山のようにかけられたキャラメルの何か、コーヒー、水。テーブルに並べられたそれらは明らかに不調和だった。同じようなハンバーガーとコーラが並べられた机を見慣れていた俺には奇妙ながらも居心地良く感じられた。
そこで何か会話があった訳ではないが、綿貫が席を立ったときにこんなことがあった。
「渡辺ってあれだよね、あたしのこと好きみたいな」
三浦さんのニヤけた顔は俺をからかって楽しもうという心づもりがありありと感じられた。
「絶対無理!気持ち悪い」
俺の拒絶に三浦さんはケラケラと笑って、容器に僅か残ったホイップクリームを吸った。
「清水があたしに耳打ちしてきたよ。あんたらに信頼関係ってないの?」
プラプラ振られた容器はもう空になっていた。あの山のように積もっていたクリームが全て胃に入ったのかと思うと戦慄した。
「あたしもやだよ。あたしは綿貫が好き」
「……え、そうなの?」
初耳だった。いや、そもそも興味はないが、というか出会って二十四時間も経っていない関係だが、身近な二人のそういう話はやはり軽いショックを受ける。
「あいつが一番金積んでくれるし、利用回数も多いからね。一昨日も来てくれた」
「……えっと」
どういう方向の話か分からず戸惑って、会話のボールがキャッチできなかった。俺がまごついた理由が察せてしまったらしく、彼女はあからさまに顔を顰めた。
「絶対想像してるのと違うから。あたしは何でも屋やってんの。体売ってるとかじゃない。あいつはめっちゃ金出してくれるし常連だし、儲かるから好きだってこと」
言っていることがよく分からなくて、ああとかうんとか曖昧な空返事をすることしかできなかった。天使が通ったような沈黙を置いて、俺はずっと懸念していたことを聞いた。
「……清水が言ったこと、信じてないよね?嘘だから」
好きな人、と言われて三浦さんの名前を出したことを後悔した。まさか、こうやって一緒に飲み食いしたり二人きりで話すことになるなんて、つゆほども思っていなかった。当たり前みたいに同じ席に座っているが、なんとこれが初めての交流なのだ。
「そんなの分かってるし!嘘分かりやすすぎでしょ、田辺ちゃんとかならまだしもさ」
なんであたしなの、と問うてくる三浦さんは何がそんなに面白いのかとこっちが聞きたいくらいにゲラゲラと腹を抱えた。
「いつか忘れたけど、見たんだよね。校舎裏でゴキブリバラして遊んでるところ」
一瞬、三浦さんが死んでしまったのかと思った。彼女の笑い声が突然ピタリと止んだからだ。もちろん三浦さんは生きていて、ただ驚いて目を丸くしていた。
「綿貫と同じこと言うね」
「俺がなんて?」
そこへちょうど綿貫が帰ってきた。俺と三浦さんはお互い顔を見合わせた。三浦さんは俺にも見せた悪戯っ子みたいな顔をして、
「あたしが綿貫のこと好きって話」
とお茶目にピースをした。対照に、うげえと顔を歪める綿貫。
「それだったら俺、渡辺が好きかな……」
──こういう関係性のこと、なんて言うんだっけ。
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた二人を他所に、俺は頭を捻って考えた。
「あ!」
俺の感嘆に二人が振り向く。
「三角関係だ」
俺が三浦さんのことが好きで、三浦さんは綿貫が好きで、綿貫は俺のことが好き。立派な三角関係だ。答えを見つけられた爽快感に夢中で、二人が苦虫を噛み潰したような顔をしていることには気づけなかった。
ようやく辿り着いた縁切り神社は、人気がなく秋虫の鳴く声ばかりが響いていた。空気が木々に冷やされて肌寒い。長い時間かけて登った深い山奥に、植物に絡まれながらもどしりとかまえている様は、荘厳だというよりはおどろおどろしいという表現の方が似合っていた。
「いかにも縁が切れそう」
「あたし呪われないかな」
二人の恐怖しているような声に僅かな好奇心が混じっていることに気づいた。俺は二人が懐中電灯と身だけで心霊スポットに忍ぶ姿が浮かんだ。いちいち怖がるような感想を言いながらも、興味津々に隅々を探索する。当初の目的を忘れて、最後は遊園地帰りみたいに談笑して帰ってきそうだと思った。自分の妄想に噴き出してしまい、境内に向けられていた二人の目がそのまま俺に向けられた。
俺が想像した二人とは違って、お詣り自体はすぐに終わった。綿貫曰く、
「あんま長居しない方がいいと思うよ。縁を切る神様なんて碌でもないだろうし」
だそうだ。人を呪わば穴二つ、なんて言葉を思い出した。友達と友達らしいことができるのが嬉しくてつい二つ返事で了承したが、本当に良かったのだろうか。
そこで気づいた。俺と、綿貫と、三浦さん。なんの接点もなかった。果たして、俺らは。
「俺らは……友達なの?」
誰に問うでもなく放ったその呟きは、二人の注目を集めた。二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「あたしと綿貫は友達じゃないよね」
「でも俺は渡辺と友達だと思ってる」
三人が皆同じ思案顔をした。しかしそのまま会話はフェードアウトして、木々の隙間から溢れでた夕日を皆で眺めた。
「綿貫ってさ、なんで俺なんかにオパールくれたの」
俺はずっと不思議だった。
「話したこともなかったのに」
俺と綿貫が初めて話したのは、綿貫が誕生日プレゼントと言ってオパールをくれた日だった。話したこともない、席が前後の関係で、宝石を贈るのはどうなのだろうと思っていた。俺もそれ相応のことをしなければいけないのではないかとも。あー、と腑抜けた相槌を打って、しばらく綿貫は考え込んだ。
「なんだろ……戦利品の自慢とかいうのもあるけど、秘密を共有する相手は選びたいじゃん。あれゲットするの大変だったから、三浦以外にも言いふらしたくて」
つまり何なんだ?そう顔で続きを促した。
「お前がゴキブリで遊ぶやつだったからだよ」
周りが言うところの不気味な笑みとやらをして、綿貫が俺を見つめる。夕陽に照らされたその顔は、神様が下界に降りてきたんじゃないかと思うくらいに綺麗だった。
「渡辺、普通なんてないよ。俺らにとっちゃこれが普通なんだ。はみ出し物同士で仲良くしようよ。あいつらなんかじゃなくて、俺らきっと一生友達でいられるよ」
「そーそー、清水らとつるむとか頭おかしいって」
そんなもんか、と思った。合わないものに合わせる必要はなかったのだ。はみ出しものとして生きている二人は、こんなにも楽しそうなのだ。
「そうだね」
そのとき、俺は普通でいることをやめた。煌々と光る夕日が眩しい、人気のない山の中でのことだった。
「じゃあさ、三浦さんに依頼してたことって何?」
不純なことを依頼しているのではないと、コーヒーショップで三浦さんは言っていたから知っている。がしかし、あえて黙ってみる。三浦さんは呆れた顔をして、
「お前まだ誤解してるの?」
と言い、綿貫は大きくため息をついて
「やめて、そんなんじゃない」
と手を振った。
「じゃあ何」
「遺体の処理だよ」
はいこれで良いでしょ、もう終わり、と大きく踏み込んで最後の一歩を踏む。気がつけばもう下山していた。
「それならいいや」
俺は先ほどからポケットで震えっぱなしのスマホを掴んだ。全て清水に友達代をわたしていた奴らからだった。内容も全て一緒で、清水が行方不明になったというものだった。
「もう縁切り神社の効果出ちゃった」
神様って本当にいるんだなと思って関心していたら、三浦さんがあ、と声を漏らした。
「そういえばあれ縁切り神社じゃないよ」
俺だけではなく綿貫も、は、と三浦さんを見る。ぽかんと揃えて口を開けているのは側から見れば間抜けだったろう。ただ、俺と綿貫は驚きの種類が違うようだった。
「強いて言うならあたしたちが縁切りの神様かな?」
そうしたり顔で綿貫の方を見遣る。手をハサミのようにチョキチョキと動かしていた。
「黙っとけよ。口実にしたのバレるじゃん」
綿貫が困ったように髪をかき上げる。ぐしゃぐしゃと交ぜても、サラリと元の位置に着地するのが羨ましかった。
俺はなんだか胸が暖かくなって自然と笑みが溢れた。それを馬鹿にしていると思ったのか、綿貫が俺の髪まで乱暴に撫ぜた。当然俺の髪は綿貫みたいに素直じゃない。暴れ散らした髪を整えるのは一苦労だった。その様子を高みの見物というように笑いこけた三浦さんにつられて、俺らも笑い出してしまった。
オパールの入手方法、清水がなぜ行方不明になったのか、清水が今どうなっているのか。俺はそれが易々と分かったし、それの首謀者も分かってはいたが、だからと言って何かする気はなかった。綿貫は秘密の共有相手として俺を選んでくれた、それが嬉しかったのだ。何より、俺に普通は理解できない。
「コンビニでアイス買って帰ろ」
綿貫の奢りで、と付け加え、また先陣を切って三浦さんが走り出した。待てよ、と綿貫が三浦さんを追う。俺はゆっくり歩いて、金ぴかの夜景の中で踊る二人の友達を見守った。
蕃神 露木 @oregakuten
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