四:勅詔
明朝、初瀬の谷間から日が昇るのと同時に、王宮の櫓門が鈍い音を立てながら開く。
朝庭に大王の近臣達が続々と参集する一方、奥の正殿では、馬子が大王に昨日の評決を奏上していた。
「良き所を導きだしたな、大臣。 それに、上つ道を添まで押し広げるとは……」
「
指で額を掻きながら苦笑する馬子に、大王は嬉々として語りかけた。
「いいや、期待以上じゃ。 朕も、北の道の整備はいずれ手を付けねばと考えておったからのう」
「そうだったのですか⁉」
「フッ、〝知る者は言わず〟じゃよ、大臣。 図らずも、高麗の遣使は良い口実になってくれたわけじゃ」
馬子は、大王の深謀遠慮と守屋の機転の良さに舌を巻いた。
と同時に、己の浅慮に、雀の如く小柄な身がさらに縮む思いであった。
「恐れ入りました……」
萎縮する馬子を見るや、大王はすっくと玉座から立ち上がり、皺が刻まれた大きな手を肩に添えた。
「そう恥じる事もない。 お前もいずれ、言葉の裏を解し、動けるようになる」
大王の言葉と、肩から伝わる温もりに、不思議と強張った己の心が綿毛のように軽くなる感覚を馬子は覚えた。
「さあ、もう時間じゃ。 表にでるぞ」
「はっ!」
気を取り直した馬子は大王の後を追い、二人が正殿から体を出すと、表で待っていた守屋が号令を発し、皆一斉に頭を垂れた。
大王は一息つき、およそ老体から発せられると思えぬ程の太く厳かな声で、言葉を紡いだ。
「朕が大王の位に着き、幾年の月日が流れた。
天つ神、国つ神の導き、また、皆の働きによって、我が治世は数々の試練を乗り越え、今日まで、正しく在り続けてきた。
既に耳にしている者もおるであろうが、先日、我が国に初めて、高麗より遣使が遣わされてきた」
高麗の遣使漂着をこの瞬間知った者も少なくない。
一瞬、皆の顔に困惑の表情が表れ、どよめきが起こった。
大王はそれも承知の上で、詔を続ける。
「彼らは海路に迷い、越の浜に流れ着いたが、命に別状はない。
この幸運も、我が治世の正しさの証左ではなかろうか。
高麗は、長らく我が国と相争ってきた故、憎む者もおるであろう。
しかし、これもまた、天が与え給うた試練である。
我が治世は徳高く、慈愛に溢れている。
我が民は、昨日の敵でさえ救いの手を差し伸べ、友とする事が出来る。
これは、天に我が民が心の豊かなるを、知らしめす試練なのである」
朝庭の玉砂利が、陽光を照り返し、大王の装身具を一層眩しく輝かせる。
その神々しい姿と温雅な声色が、皆の心から不安を解いていく。
次第に皆が口を閉ざし、大王の言葉をひたすらに傾聴するようになっていった。
「依って、朕は、高麗の遣使を心から歓待し、厚く饗すことをここに宣べる。
山城国、相楽の地に新たに館を建て、清め整え、遣使を厚く扶け養う。
そのために、北へと伸びる、広く平らかな道を造る。
即ち、上つ道を添まで押し広げ、人、物の行き交いを、更に豊かなものにする。
我が善政は、高麗人の心をも感化させ、海を越え、遍く広がるであろう!
我が民よ、皆、心して事に当れ!」
「ははーっ!」
大王が詔を言い終わる頃には、この場にいる誰もが心の内で、高麗の遣使を迎える意志を固めていた。
もはや皆の顔には困惑の色一つなく、王宮を照らす朝日のように晴れやかであった。
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