高麗の遣使
やすみ
プロローグ:立柱
山桜の花が散る丘の上に、村人達が集まっていた。彼らの視線の先は、綱で結ばれた方形の柱である。
「ソオレ! ソオレ!」
それを見守っていた村人は、わあっと歓声をあげ、皆一同に拍手を送った。
この日、
簡素ではあるものの、美しく、力強い塔であった。
時は
この時代、大半の民衆はまだ仏教というものに馴染みがなかったが、此処、相楽では少し事情が違っていた。
というのも、この地には朝鮮半島北部の国・
しかし、後に〈
それには、あと半世紀ばかり待たなければならない。
今はまだ、南には
この時、本格的な伽藍を有する寺は、皇族か、
塔の前で、高句麗から来た僧が法要を営む。
後ろに列立するのは、この寺の願主で、村落の首長・
その隅で、白髭を蓄えた老人が一人、手を合わせいた。
老人は狛氏の者ではない。
名を、
『待たせてすまなかったな、
この寺は、狛氏の氏寺ではあるが、同時に、子麻呂の義弟・駒の供養も兼ねていた。
かつて、とある理由から、墓を造ることも許されなかった駒を供養するために、子麻呂は奔走した。
そこで手を差し伸べたのが、元より交流のあった狛氏の長・国協だった。
自分たちの寺が出来た暁には、縁のある駒も共に供養すると。
そのため、狛氏ではない子麻呂にとってもこの寺は悲願となり、建立に尽力した。
しかし、それだけではない。
この寺の建立に関わった者が皆、四十三年前、高句麗使節のある一件に関与した者たちであった。
そもそも、この寺が建っている場所自体、かつて高句麗使節が滞在した『
やがて僧が読経を終え、参列者に向き直ると、国協と子麻呂は前に進みでて、深々と一礼した。
「
「いやいや、お顔を上げてくだされ、子麻呂様。 このような縁に感謝を申し上げるのは、拙僧のほうです」
子麻呂の低い物腰に、曇徴は少し戸惑いを覚えた。
「この地は
曇徴は照れくさそうに言いながら、子麻呂に会釈をした。
彼の気負わず、はきはきとした姿勢が、子麻呂には心地よく、自然と口角も緩くなった。
「勿体のう御言葉です。 此処は、吾と
「そう、それです。 初めて聞いた時は驚きました」
曇徴は深い相槌を打った。
「あの一件は、拙僧も噂には聞いております。 しかし、大使の
「ええ。
そう言うと、子麻呂は塔に目をやり、儚いため息とともに言葉をこぼした。
「あれは出会った時から、一人で無茶をする男でした……」
物憂げな子麻呂に、曇徴はただならぬ事情を察した。
だが同時に、自分が風聞でしか知らない件について、本当は此処で何があったのかを、子麻呂自身から聞かなければならぬとも考えた。
曇徴は意を決し、子麻呂の瞳をまっすぐに捉えながら、奥ゆかしく尋ねた。
「……良ければ、その件、詳しく聞かせて願えませぬか。 この寺に関わる者として、同郷の者としても、本当の事を知らずに過ごすことはできませぬ。 それに、拙僧が聞き手であれば、子麻呂様の御心も、少しは軽くなりましょう」
曇徴の情け深い言葉に、子麻呂は目頭が熱くなるのを、唇を噛み締め堪えた。
「
「ええ、ええ。 勿論です」
「では、あの館で、夕餉でも食べながらお話しましょう」
子麻呂は、曇徴を北の居館へと招いた。
館の茅葺き屋根は、砂金を散らしたように陽光を照り返しいる。
ふと西を見ると、沈む夕日が、生駒の山際を黄金色になぞっていた。
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