高麗の遣使
やすみ
プロローグ:立柱
梅の花が散る丘の上に、村人達が集まっていた。彼らの視線の先は、綱で結ばれた方形の柱である。
「ソオレ! ソオレ!」
それを見守っていた村人は、わあっと歓声をあげ、皆一同に拍手を送った。
この日、
簡素ではあるものの、美しく、力強い塔であった。
時は
この時代、大半の民衆はまだ仏教というものに馴染みがなかったが、此処、相楽では少し事情が違っていた。
というのも、この地には朝鮮半島から渡来した人々が集住しており、彼らの中には、仏を拝める日を心待ちにしていた者も、少なくなかったのである。
しかし、後に『
今はまだ、南には
この時、本格的な伽藍を有する寺は、皇族か、
塔の前で、
老人は、
彼は以前、
子麻呂はゆっくりと息を吐き、目を細めながら居館を見た。
昔、高句麗から初めて公的な使者が来着した際、子麻呂は通訳として彼らの対応に当たった。
その使者が滞在していた地こそ、この相楽であり、彼らの宿泊施設として建てられた『
『
そう子麻呂は心中で呟き、ちらりと家族に横目を流した。皆、静かに手を合わせ、儀式を見守っている。この寺は、家族全員の宿願であった。
やがて僧が読経を終え、子麻呂達に向き直ると、子麻呂は前に進みでて、深々と一礼した。
「
「いやいや、お顔を上げてくだされ、子麻呂様。 このような縁に感謝を申し上げるのは、拙僧のほうです」
子麻呂の低い物腰に、曇徴は少し戸惑いを覚えた。
「この地は
曇徴は照れくさそうに言いながら、子麻呂に会釈をした。
彼の気負わず、はきはきとした姿勢が、子麻呂には心地よく、自然と口角も緩くなった。
「勿体のう御言葉です。 此処は、吾と
「そう、それです。 初めて聞いた時は驚きました」
曇徴は深い相槌を打った。
「あの一件は、拙僧も噂には聞いております。 しかし、大使の
「ええ。 東漢坂上直
そう言うと、子麻呂は塔に目をやり、儚いため息とともに言葉をこぼした。
「あれは出会った時から、一人で無茶をする男でした……」
物憂げな子麻呂に、曇徴はただならぬ事情を察した。
だが同時に、自分が風聞でしか知らない件について、本当は此処で何があったのかを、子麻呂自身から聞かなければならぬとも考えた。
曇徴は意を決し、子麻呂の瞳をまっすぐに捉えながら、奥ゆかしく尋ねた。
「……良ければ、お二人の出会い、詳しく聞かせて願えませぬか。 この寺に関わる者として、同郷の者としても、本当の事を知らずに過ごすことはできませぬ。 それに、拙僧が聞き手であれば、子麻呂様の御心も、少しは軽くなりましょう」
曇徴の情け深い言葉に、子麻呂は目頭が熱くなるのを、唇を噛み締め堪えた。
「
「ええ、ええ。 勿論です」
「では、あの館で、夕餉でも食べながらお話しましょう」
子麻呂は家族と共に、曇徴を北の居館へと招いた。
館の茅葺き屋根は、砂金を散らしたように陽光を照り返しいる。
ふと西を見ると、沈む夕日が、生駒の山際を黄金色になぞっていた。
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