「ソウルローグス」

桃山ほんま

第壱話 「龍玉、強奪」

 霊山の頂上、済鐸さいたくの寝所。

 とぐろを巻いた龍――済鐸さいたくが寝息を立てている。済鐸さいたくの鋭い爪に白い玉が握られている。

 龍神の寝所に中の様子を探る影が差す。

 その正体は道士によって趕屍かんしした死体。

 顔に高度なレベルの道術の札が貼られているキョンシー。

 一体のキョンシーがピョンピョン跳ねて龍神の寝所に侵入した。

 寝所には盗人除けの結界や侵入者を知らせる結界もあるはずだが、それらがキョンシーに反応しない。

 キョンシーの主人が気配隠しの術をかけているのだ。

 キョンシーは腕を口に突っ込んで念話の札を取り出す。

 札から陰気な声が届く。


「……あー。テステス、聞こえてますかぁ?」


「あい。嫦娥」


「はいはい、嫦娥ちゃんですよ~。山頂は念話が届くギリギリですし、感度も悪くなるかもって思ってましたが。流石嫦娥ちゃんの術式。……それじゃボウちゃん、視覚を共有してください」


 ボウちゃんと呼ばれたキョンシー――望天は視覚を主である嫦娥と共有する。


「もっと右……ちょっと上に……そそ。あ、停止。その玉ですねぇ、『龍玉』は」


 望天の視線は済鐸さいたくの持つ玉に注がれている。

 この龍玉を、邪仙とその従僕は盗みに来たのだ。


「降龍のみが持つ『天の力を形にした秘宝』、それが『龍玉』。単純に莫大な霊力リソースにもなるお宝です」


「お宝、お宝」


 望天は踊りながら、嫦娥の言葉を単調な声色で繰り返す。


「フヘへ。それじゃ、ボウちゃん。術が効いてる内に、ちゃちゃっと盗んで下山してください。麓に嫦娥ちゃんとこに繋がる転移陣を用意してますんで」


「あい」


 了解した望天が龍玉に近付く。

 キョンシーの何倍も大きな済鐸さいたくの爪がしっかりと龍玉を握っている。

 望天は怪力ではあるが、出力スペックの限界を引き出しても龍の握力に敵わない。

 だから、望天は自身に搭載されている機能を使用する。

 手が触れる距離まで近付いて、大口を開けた望天が龍玉にかぶり付いた。

 みるみると龍玉が、玉の霊力が望天に吸い込まれていく。

 望天の機能『吸魂』。

 魂や霊力を取り込んだり、アイテムとして吐き出したりできる機能。この機能を使って、莫大な霊力の塊である龍玉を取り込んでゆく。

 やがてして、遂には片手で収まる大きさになった龍玉を望天は飴玉を食べるみたいに飲み込んだ。


「ぷふぅー」


「良い食べっぷりですよぉ、ボウちゃん」


「――ぐぶぅッ」


 突如、望天の体内を雷に打たれたような衝撃が襲い、口から煙が漏れた。


「ありゃりゃ。龍玉の自律防御術式ですかね? 生意気なことしてくれやがりますね」


 嫦娥は言いながら望天の受けたダメージが回復する。


「ボウちゃん、そろそろ下山しましょう」


「あぃ~……」


 望天が動こうとしたとき、不意に意識がブラックアウトした。

 

 ――――


 ――



「ボウちゃん……起きなさい、望天」


 嫦娥の声で、機能停止していた望天は目を覚ました。


「どうしたんですか?」


「ぁぅ、不明。混乱。ぁぃ……下山、する」


「さっきのショックで封印が解けてないといいんですがねぇ……」


 ドズンッ!

 混乱する望天が下山を再開しようとしたとき、振り下ろされた龍の手が前を塞いだ。

 望天が見上げると、目を覚ました済鐸さいたくが侵入者を睨みつけていた。


「不敬で珍しい闖入者ちんにゅうしゃだ、キョンシーとは。何者の手先か知らぬが龍玉を返せ、盗人が」


 龍の咆哮が轟いて、寝所が揺れ、呼応して山が揺れる。

 咆哮だけでも凄まじい霊力で、衝撃で望天が吹き飛ばされる。

 計画外の事態に陥って、望天は嫦娥に疑問を尋ねる。


「あぃ。嫦娥、何故バレる?」


「……あややぁ。術が消えてますね。どうやら龍玉の霊力に術式が負けたっぽいですね、もう一度かけても効果無しでしょうねぇ」


「あい、ナント。どうする?」


「計画変更です。嫦娥ちゃんがチャンスを作るので、ボウちゃんは追手から逃げきって麓まで下山しなさい。戦闘も許可します。必ず龍玉を持って嫦娥ちゃんのとこに戻ってくること、これは命令です」


「あい」


 動き出した龍神を前にして、望天はまた腕を口に突っ込んで大量の札を取り出した。

 それらは全て、嫦娥がもしもを想定して仕込んでいたもの。

 ぼうっと札に火が灯って望天の前で展開され、


我清起ウォチィンチィ―来来ライライ来来ライライ


 札から響く嫦娥の声に呼応して、札の火が激しく燃え上がる。

 済鐸さいたくもその声に反応する。


「その声……まさか、邪仙嫦娥か!? 貴様、まだ生きていたか!」


「フヘへ、龍玉は頂きましたよマヌケな龍。――来来らいらい!」


 嫦娥の札から何体もの呪霊が飛び出して一斉に済鐸さいたくに襲い掛かる。

 呪霊は済鐸さいたくによって一蹴されるが、一瞬の隙に望天は寝所から逃げ出していた。


「くっ……何たることだ。龍玉が盗まれ、しかもその首謀者はあの邪仙嫦娥だと。何としても取り戻さなければ。――我が守り人たち、我が鱗を分け与えし鱗人たちよ!」


 済鐸さいたくの召集に、装束をまとった鱗人りんじんたちが集まった。

 鱗人りんじんたちは済鐸さいたくへ跪き、その言葉を待つ。


「我が龍玉が盗まれた。下手人はキョンシーだ。奴を追いかけ破壊して、龍玉を取り戻すのだ!」


「はっ、我らが済鐸さいたくよ」


 鱗人りんじんたちが望天の追手となった。

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