第2話 異跡は危うし、備えよ乙女②

 あの中には支所の設備じゃ査定できない未知のオーパーツが保管されている。そう、私の探索者の彼氏、尋成ひろなりが持ち帰ったオーパーツも。


 保管庫が消えた衝撃で頭が真っ白になっている間に、揺れは収まっていた。いや、それはほんといいんだけど。それよりもよ。


 私は執務室に突如現れた大きな穴に恐る恐る近づいた。間違いない、新規ダンジョンだわ、これ。入り口を覗き込むと緩やかな傾斜になっていて、暗いせいで奥の方は見えない。こりゃダンジョンに入らないと保管庫がどこまで転がっていったか確認できないな。


 この前の尋成の深刻な顔がよみがえる。「実家の工場が2回目の不渡り出しちまって、倒産寸前なんだ。どうしても金がいる」少しでも足しになればと100万円渡したけど、私の貯金程度じゃまだまだ足りないみたい。


 そんなときに尋成が未知のオーパーツを発見した。支所で査定できない未知のオーパーツは得てして貴重なものが多く、高額は報酬が期待できる。これはそのオーパーツの報酬で実家の工場を立て直せっていう天啓に違いないわ。


 だから一刻も早く査定室に送って報酬をもらわないといけないってのに、まさかこのタイミングで支所内にダンジョンが出現して、あまつさえ保管庫を飲み込んでしまうなんて。くっそだるい! 神の嫌がらせにしてもほどがあるわ!


 捜索隊を編成して探すにしてもこんな時間に手配できないし、そんな悠長なことしてて工場が潰れちゃったら元も子もない。


 ……怖いけど、こうなりゃ私が新規ダンジョンの中を探すしかないわ。今夜の夜勤のシフトは田中さん1人、すなわち私が全部対応しなきゃ。


 執務室のパソコンを触ってみると、LANは無事だったらしく普通に使えた。私はまず国選抜探索者のスレッドに新規ダンジョンの査定要請を行なった。


 国選抜探索者――通称国選は、国公認の探索者で実力者揃いだ。様々な権限を持っていて、新規ダンジョンの危険度、いわゆるレートを決めるのも彼らの仕事のひとつとなっている。


 査定要請を済ませたあとはダンジョンを探索する準備よ。パソコンで緊急時探索の申請と同時に、スキル付与の申請、局専用ツールの使用許可申請を行なう。


 通常、ダンジョンに入るには探索者の登録をする必要があるんだけど、異跡管理局の職員は探索者登録がなくとも、緊急時はダンジョンに入ることが許されているの。緊急時探索の申請はぶっちゃけ形だけのもので事後決裁。


 そしてダンジョンを探索するのに欠かせないのはスキルと武器。どんな脅威が待ち構えているかわからないから、武力ってほんと大事よね。新規探索者はもちろんスキルなんて持っていない。ダンジョンに入る前の彼らにスキルを与えるのも異跡管理局の重要な役目なわけ。


 私はスキルを付与する機械――スキルガチャの操作をしたあと、大人1人が余裕で入れるくらいの大きさの透明な筒状カプセルに入った。その上部は、ダンジョン内に浮遊する魔素を取り込むための太いチューブと繋がっている。


 不思議なことにダンジョンに漂う魔素を浴びると、何がどう作用するのかは知らないけど、人はスキルを宿すの。そして私はたった今、がっつりその魔素を全身に浴びた。


 最後の準備、局の職員専用の武器を取りに行く。火、水、雷、土の4属性の中級魔法を扱える魔具、その名も魔剣・社血狗しゃちく


 赤黒い両刃の刀身はまるで、異跡管理局の技術者たちが労基法と管理職のパワハラに抗い、血みどろの戦いを繰り広げながら作り上げた心血の結晶だ。


 そしてつばには異跡管理局のエンブレム、ダンジョンを模した塔を監視する梟が刻まれている。


 3徹のすえ完成させた魔剣を前にして、妙にハイテンションだった彼らは自らを皮肉るように、いやしかし抱腹しながら社血狗と名づけたという。色々と怖い剣なのだ。


 とりあえず準備は整った。田中さんにも保管庫を取り戻すために新規ダンジョンにもぐることをメールしたし、大丈夫。……窓口には誰もいなくなるけど……夜間は利用客少ないしね。


 よっしゃ! いざいかん、尋成のオーパーツを取り戻すため、ダンジョンへ!

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