ダンジョン乙女~最弱事務職員の私がチート偉人たちを連れ回してダンジョン攻略!

畑中真比古

第1話 異跡は危うし、備えよ乙女①

「嬢ちゃん、これなんか珍しいやつだと思うんだけど」

 異跡管理局いせきかんりきょくの窓口カウンターで、中年探索者のおっさんがダンジョンから拾って帰ったもの――オーパーツを広げている。


「んー、見た感じただの鉱物っぽいですよ。きれいっちゃきれいですけど」

 私は箱型のスキャナーにオーパーツをぽいぽいっと入れて、材質や特性の有無を調べていく。


「ざーんねん。やっぱりただの石ですね。装飾とかには使えそうだけど。報酬はグラム0.05円換算で150円です」

「単価0.05円とかしょっぱすぎんだろ! あんた、べっぴんのくせにケチだな」


 何を言うかおっさん。こちとら国が毎月出す単価表に基づいて正当に査定してるっての。


「装飾用の鉱物は飽和状態ですからね。単価安いんですよ」

「くそったれ。……なあ、今月厳しいんだ。もうちょい色つけてくれよ」


 150円に色をつけてどうこうなる生活水準って一体どれだけ底辺なのよ。それが事実なら悲惨すぎて泣いちゃうわ。


「すみません、私にそんな裁量ないですから。はい、150円」

「こんなんじゃ剣の刃こぼれひとつ直せやしねえ。いっそ鈍器として……。いや、んなことよりまたパンの耳をかじる生活か。今後こそあいつに腹いっぱい白米食わせてやろうと思ってたのに……」


 おっさんは肩を落としてとぼとぼ出口に歩き出した。……もしかしてまじで悲惨な生活水準なのかしら。なんだか急にいたたまれなくなってきたわ。


「ちょっと待って!」

 私は窓口から離れておっさんを追った。

「これよかったら。美味いし腹持ちいいんですよ」


 小腹が空いたときにパクつく用のグミの袋を差し出した。グミのくせにフルーツの瑞々しい味が再現されていて、最近のお気に入りだ。


「……そんな子供騙しに喜ぶほど落ちぶれちゃいねえ。馬鹿にすんな!」


 なんだとおっさん。人の厚意に唾を吐くとはいい度胸じゃないか。もう知らん、あんたがどこで野垂れ死のうが私には関係ない。


 肩を怒らせて異跡管理局から出ていくおっさんの背中をひと睨みした。肩を上げたり下げたり、あなたの肩甲骨はさぞかし柔らかく保たれているんでしょうこと。


 おっさんを悪魔の熱視線で見送ったあと、また窓口カウンターに座る。もう19時、そろそろ夜勤組と交代だ。お客もいないし、グミをひとつまみした。……ほんとに美味しいのに。


◆◆◆


 私たちの世界にダンジョンと呼ばれるものが現れてはや四半世紀。最初は中から魔物が湧き出てくるわ、誰かが持ち帰ったオーパーツが街ひとつを焦土にするわで大混乱だったけど、人間ってたくましい。今では資源の宝庫と目して国が管理し、ダンジョンにもぐることを生業にしている探索者と呼ばれる人たちもたくさんいる。


 私――阿沙加あさかヘリヤはそんな国の機関、異跡管理局で事務員として働く前途洋々のうら若き乙女だ。


 25歳が乙女かって? はいちょっと正座。女性を、いや人間を年齢ではかるのって私、すごーいナンセンスだと思うんですよね。年重ねてようが中身のないやつは中身ないし、逆に若くしてこいつ賢者ですかみたいな価値観持ってる人だっているわけで。ようは年齢なんてただの概念だっつー話。心が乙女ならそれはもう立派な乙女なわけですよ。わかった? わかったなら正座なおれ。


 とにかく、私は探索者がダンジョンから持ち帰ったオーパーツの査定だったり、そのオーパーツを提携企業に輸送する手続きだったりを行う異跡管理局の職員なのです。


◆◆◆


「ヘリヤさーん。さっき田中さんから連絡あって」

 客のいない窓口で暇を持て余していたら、くねくね髪をいじりながら同僚の職員、小山こやまももが話しかけてきた。


「車で事故起こしちゃって。出勤遅れそうみたいです」

「えぇ、田中さん大丈夫なの?」

「なんかくしゃみしたらハンドル操作ミスって電柱に激突したとかで。たいした怪我はしてないみたいですよ」

「そう。それならよかった」

「……あのぉ、私このあと彼氏とデートでぇ……」


 小山はチラチラと上目遣いで私に何かを催促する。


「あ、いいわよ。客もいないし、みんなで先にあがって。田中さんが出てくるまで、私いるから」

「ほんとですかー。さすがバリキャリのヘリヤさん。まじ感謝でーす。みんなー。ヘリヤさんが残ってくれるって」


 小山はぺこりとお辞儀して、他の職員にも声をかけながら執務室から出ていく。


「阿沙加君、悪いね。本来なら支所長の僕が残るべきなんだが。今日に限って支所長会議が入っている。あとは頼んだよ」


 支所長までも会議という名の飲み会に繰り出し、私は1人取り残された。ライトが静かな執務室を白白と照らす。


 別にバリキャリじゃないっての。あんたたちが適当すぎるだけよ。最初はみんなに頼られるのも悪くないって思ってたけど、今じゃただ仕事を押し付けられてるだけ。ここの支所、担当ダンジョンの規模が小さめだから楽かなーって期待してたのになー。これなら前の配属先の方がまだましだったわ。


「はーあ、最近ついてなぃぃぃいいいいーってきゃーなになになにっ!」


 カトブレパスの頭部みたいに重苦しいため息を吐いたのも束の間、支所の床が突然揺れ出した。だんだん激しくなっていき、本棚やロッカーは倒れ、机や椅子も揺れる床の上でダンスするように震えている。えー怖い怖い怖い! 怖いよー! じ、地震? こんなときに限って1人とか心細すぎるー! あーん誰か助けてー! 尋成ひろなりー!


 恐怖のあまり突っ立ったまま固まっていると、執務室の後方に大きな洞が口を開け、支所長の机やハンガーラックが飲み込まれていく。確かあれは支所長がわざわざ持ち込んだお気に入りの私物たち。ざまーみろ、と恐怖で硬直した心に清涼な風が吹き抜けなくもなかったけど、一緒に保管庫が転がり落ちるのを見て絶句した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る