夏と遡行譚

@meoooon_1125

─1─ 赤点じゃないのが珍しいのはおかしいだろ


「タイムマシンだよ!これで一年前に戻ってみないか。」

 はぁ?と素っ頓狂な声が出た。こいつは何を言っているのだ。タイムマシンなんてあるはずがない。それに一年前って、まさかあの日に戻る、なんて言わないよな。だってあれは、あいつは…。


 その日は梅雨の明けも近い、少しじめついた時期だった。尾崎おざきみつる、高校二年生の俺は学校終わりに、友人である伊達だて和巳かずみと公園に向かっていた。

 いつもは、四人で公園へ行くのだが、その日は数日前にあったテストでの補習があると、あと二人は学校へ居残りしていた為、二人だけで向かうこととなっていたのだ。

「それにしても、あいつら馬鹿だよな~」

 和巳が腕を組みながら言う。

「いや、お前も結構ギリギリだっただろ」

「いやいやいや!今回一個も赤点なかったんだぜ⁈あいつらとは断然違うね!」

 赤点ギリギリのくせに何故そんなドヤ顔で言えるのか俺には分からない。

「でも、あいつらもそろそろ来るんじゃないか?そんな時間もかからないだろ。」

「そうだよなー、林辺りがそろそろ…」

 タッタッタッと軽快な足音が聞こえた。

「おーい!!満!和巳!」

 この、じめじめとした気温も晴れさせることができそうな明るい声が響いた。奴は河内かわち

りん。いつも一緒にいるメンバーの一人で、声が大きくて明るい奴だ。そして今回赤点をとったうちの一人だ。

「おお、噂をすれば、ってやつだな」

「お、お前―!裏切ったな!!」

 林が和巳を指差して叫んだ。

「おいおい、何を言う。俺は元から君らとはここの出来が違うのだよ!」

 和巳が自分の頭をトントンと決め顔でつつく。また調子に乗ってら、と思いながら一生はどうしたのかと聞く。稲鶴いなつる一生いっせい、赤点をとったもう一人の奴だ。

「あぁ、一生ね。俺より一教科多いから少し経ったら来るんじゃないかな。」

「そうか、じゃあ先に行ってようか。」

「うん、そうしよ。てか、暑いねー!どっかでアイス買ってかない?」

「お、いいな!俺ガリガリ君の気分~」

「うわ、和巳と同じ気分だったわ。なんか嫌だな。」

「はぁ?良いだろお揃いにしようぜ林くん。」

 語尾にハートが付きそうな言い方だ。

「うっわ、気色悪いな!くん付けで呼ぶな!!!」

 また馬鹿やっているな、と思いながらみんなで駄菓子屋へ行き、アイスを買った。

 皆、それぞれ好きなアイスを買い、他愛もない話をしながら踏切の近くまで来ていた。

「あれ、一生じゃない?」

 ちょうど、踏切が下がったとき和巳が踏切の反対側を指差して言う。

「ホントだ!もう、終わってたの?おーい!一生!!」

 林が、手をぶんぶんと振り、声を掛ける。すると、あちらはこちらに気づいたようで何かを訴えるように口を開く。

 しかしタイミングが悪く、電車が視界を埋めた。何両も続く電車が何故かいつもより長く感じた。ああ、アイスが溶けるまでに食べてしまいたいな、などと思いながら電車が過ぎることを待った。

 そして電車が過ぎ去って、ふと一生がいるはずの方へ視線をやった。


 しかし、一生の姿なかった。


「あれ?一生どっか行っちゃった?」

 林が首をかしげる。

「なんか言いたそうだったよな…」

 俺も少し不審に思った。

「あー?なんか急いでたんじゃないか?まあ、明日聞いてみようぜ。」

 和巳が、買ったアイスを口に含みながら応える。

「そう、だよな。まあ、あいつの分のアイスも買ってないしな。明日聞こっか。」

 林も、自分のアイスの袋を開け始めた。

 まあ、そうだよな。急いでいるなら明日聞けばいいか。


 そして次の日、あいつは来なかった。先生に聞いても休み とだけ。詳細は教えてくれない。あのとき、あいつが何を言おうとしたのか、わからないまま時は過ぎた。


 それから、そろそろ一年が経つ。未だに一生は来ない。周りでは、触れてはいけない話題となっていた。




 梅雨にも関わらず、暑い日。和巳に集まってほしいと言われ、林といつもの公園に来ていた。

「暑っ!地球温暖が暴れてない⁉」

 と、林が叫んだ。

「地球温暖が暴れるってなんだよ。」

 こいつの表現力こそ暴れているだろと面白がっていたら、俺たちを呼んだ本人がやっと来た。遅刻しているのに吞気に歩いてきたあいつの手には何か鉄の塊のようなものが抱えられていた。

「やあやあ諸君、暑い中ご苦労。」

 なんだこいつ。

「なんだこいつ。」

 林が何の躊躇もなく吐き捨てる。

「いや、そんな冷たい目で見ないでくれよ、雰囲気づくりだよー」

「それは、手に抱えられているそれに関係が?」

「お!満目ざとい!!そうだ!」

 デデーンと効果音が付きそうなくらい大げさに、それを前に出す。

「これはタイムマシンなんだ!過去に戻れる優れもの!それでさ、これで一年前に戻ってみないか。」

 はあ?と素っ頓狂な声が出た。

「タイムマシンなんてあるはずないだろ」

 林も大きく頷いている。

「そう思うよな!けど、これにはカガクテキな根拠があるんだ!」

「「科学的?」」

「実は俺が体験済みだ!!」

「体験ってお前タイムリープしてきたってこと⁉」

「そうだ!」

「え、えそれってどんな感じだったの⁈」

「おい、和巳の言うことを信じるのか?」

「俺のことが信じられないってのかあ?」

「そりゃあ。」

 こいつは今までもそんな変なことで怪異がいるとかなんとか言って検証に俺たちを巻き込んでは結果が出ていない。

「シンプルに酷いな。いや、けど今までのとは違うんだぜ?つい昨日の話だ。俺が星を見てたらさ、流れ星が裏山に落ちたんだよ。で、様子が変だなと思ったから山に見に行ったら、これが落ちてたって訳。」

「はあ、どうしてそれがタイムマシンだと?」

「これさ、何個かボタンがついててさ、一年前ってとこあるだろ?そこを押したらワープしたってわけ!けどね、そこで事件発生よ、ワープしたのはいいけど、このタイムマシン、一年後と千年後のボタンしかないのよ!」

「え!それどうしたの⁉」

「しょうがなく一年過ごした。」

 もう訳が分からない。つ、つまりどういうことだ?

「二人とも意味わからんって顔してるな!」

「だって、何でそんなけろっとしてんの?え、それが普通なの?」

「そんなわけがないだろう和巳はおかしい。」

「え、なんか辛辣。まあ、簡単に言うと、俺は高校二年生を二年間過ごした!その証拠に俺はこの一年間赤点をとっていないのだ!!」

「…なるほど?」

「いや、それで納得されると複雑だわ。」

 いや、納得しているわけでもないのだが、和巳は話を作ってまで噓をつかない。失敗したものは失敗としっかり言う性格だ。良くも悪くもはっきりとしている。

「え、和巳さ、一年前に戻ったってことは一生に会った?」

 林にしては珍しく控えめに聞いた。

「勿論、探しに行ったよ。一年前に戻ったら一生がいなくなる三日前だった。だから一生本人に聞いてきた。」

「え、本人に聞いちゃったの?」

「そう。そしたらびっくりした顔で目をそらされちゃったんだよ~」

「色んな意味でびっくりだよ。」

「ま、そこで一つ分かったのが、故意的にいなくなったってこと!」

「?…何で?」

「目をそらすって事は少なくとも本人はいなくなるってことに覚えがある、ってことだろ?」

「多分な!だからあいつの周りとか調べたりしたんだけどな…当日、俺は何も出来なくて、また同じ一年を過ごしたさ。けど、ただ過ごしただけじゃないぞ、色々調べものとかで漁ってた。そしたら、それっぽいのが出てきたんだ!」

「それっぽい…?」

「お前ら裏山に祠があるだろ?」

「山頂の?」

「それだ、あれに何が祀ってあるか知ってるか?」

「何だっけ犬みたいなやつ」

龍犬りょうけん様だろ?」

 龍犬様。この町の1番高い山に祠があり、祀られていると言われている神様だ。けれど実際は、町の人も「そんなヤツいたっけな」くらいの認識になるくらいあまり有名ではない神様で、文献はあれど、参考資料などであまり姿を見たことがないのでどのような姿なのかも分からない。龍に犬の頭でも着いているのだろうか。

「それそれ!で、それがどうしたんだ?」

「その一生がいなくなった日が、五年に一度の龍犬様に供え物をする日だったらしいんだよ。」

「はぁ、供え物か。それが怪しいって?」

「俺はそう思ってる。」

 何とも信じ難い話ばかりで頭が混乱する。けど、何も変わらないまま、ずっと何もしないでいるよりはこの少ない可能性に賭けてみてもいいのではないかと思ってしまった。

「取り敢えずやってみないと分からないし、それ、使ってみるか?」

「え、満が珍しく乗り気!!けど、俺も今回はちょっと興味あるな!大人も何も教えてくれないし、自分で確かめるしかないよね!!」

「お!二人とも心の準備出来たー?んじゃ、このマシン触って~」

 和巳に促されるまま鉄の塊に触れる。そして和巳がポチっとボタンを押すと、途端に視界がぐにゃりと揺れる。自分が歪んでいるのか、周りが歪んでいるのか、それまた両方か、何もかもわからなくなりそうなときにそれは治まった。

「おえ、二回目でも慣れないなこれ」

 本当に気持ち悪い感覚だ。けど、和巳がそう言うって事は、

「リープしたってことか…?」

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