File4 後日談
これは後で聞いた話だが。俺の予想した通り、ユスフはミスティに乗り換えようとしてナダとの婚約を破棄したらしい。
なんでもナダよりあらゆる面で魅力的な要素を持ったミスティが、自分に好意を抱いていると勘違いしたそうだ。
それで面と向かって、ナダにミスティへ乗り換えることを宣言したせいで、ミスティは恨まれて悪魔の煙を差し向けられることになり、後は今回の一件の通りである。
ユスフという青年がどんな人物かは知らないが、彼も馬鹿なものである。せっかくの子爵令嬢との婚約を破棄して、不確かな打算にかけてミスティに乗り換えようとするなんて。
あの後彼はミスティに改めて婚約を申し込んだようだが、友人を傷つけた相手を受け入れるはずもなく、当然のように拒否されて。
いくら優秀な魔術師とはいえ、そこまで身分が高くない上に、公爵令嬢とその友人を傷つけたという噂が付きまとう彼を、受け入れてくれる人間なんてどこにもおらず。
結果ユスフは大きなチャンスを潰すどころか、自らの経歴に汚点を残してしまったことになった。精神面では傷つけたとはいえ、最初にミスティを悪魔の煙から守ったのは、呪詛返しの魔術をかけた彼であるというのがまた皮肉である。
ナダは憑依していた悪魔の煙こそ消えたものの、精神的なショックが大きく、まだしばらくあの屋敷で静養することになったそうだ。もちろんミスティとの面会は、すべて拒否したうえで。
ナダとミスティの間に入った亀裂が修復されるのには、長い時間がかかることだろう。あるいは永遠に、修復されることはないかもしれない。
そしてミスティはというと、ショックを受けてしばらく寝込んだらしいが。今は普通に女学院に復帰して、大勢存在する他の友人たちと、変わらぬ日常を過ごしているという。
立ち直ったのは良いことだが、ナダの気持ちを考えると少し複雑な気分である。もっともナダにとっては、このままミスティと疎遠になった方がいいのかもしれないが。
以上の後日談と、依頼の内容をまとめた業務日誌を書き上げた俺は、ざっとチェックしてから冊子を閉じると、事務所から居住スペースの方へと向かう。
お湯を沸かしてドリッパーとサーバーを用意し、フィルターを被せて挽いた豆を入れる。
熱いお湯を注いで、いつも通り作ったコーヒーをマグカップに注いだ後。何となく棚からクリームを取り出して、コーヒーの黒い水面にひとさじ浮かべた。
クリームの入ったコーヒーを持って、事務所の方に戻ると。俺は窓からレクイエム横丁の様子を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを味わうことにした。
ミスティのくれた小切手が無事に換金出来たおかげで、金にはしばらく余裕がある。後味の悪い依頼だったものの、その一点だけは引き受けてよかったと思えることだ。
コーヒーをもう一口飲んで、俺は空に視線を向ける。今日も俺好みな、弱弱しい晴れをしていた。
とりあえず馴染みの店に、旨いものでも食べに行こうか。金はあるんだし、誰かを一緒に誘ってもいいかもしれない。
時間をかけて、カップの中のコーヒーを飲み切ってから。空のカップを片付けて身なりを整え、俺が事務所から出て行こうとしたとき。
「……すみません、こちらに悪魔祓いさんがいると聞いたのですが」
相変わらずこの事務所を示すものは、小さな表札一枚しかないのだが。そんな潜りの悪魔祓いへ助力を求める存在は、実はそれなりにいるもので。
ノックと共に聞こえたそんな声に応えるため、俺は営業スマイルを浮かべながら、扉に手をかけて開いた。
「ようこそ、スカイヴェール悪魔祓い専門事務所へ」
悪魔祓いシェーマスの業務日誌 錠月栞 @MOONLOCK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます