佐世保から愛を込めて

佐世保人

第1話【セレスティーナ】

ここは長崎県、佐世保の九十九(クジュウク)島。

島と言っても1つではなく、100近くに及ぶ孤島の集まりで、多島海とも呼ばれる。

そのような孤島の1つ、蓬莱島で異変が起こっていた。


「聞いた話だと、若い女が1人か。金になれば、いいんだが」


こう独り言をこぼしているのは、万(ヨロズ)万九郎という男。

万事を請け負う、何でも屋である。


この世界も地球だが、魔素が濃く、魔物の類が生息している。


だが、それらを狩る冒険者とか冒険屋などと言う職業は、この世界には存在していない。


ゴブリンやコボルトなどと言う最弱級の敵でも、大型犬のサイズがある。

それらが例外なく、明確な殺意を持って、通常は複数で襲って来るのだ。


しかも、冒険者や冒険屋に仮になれたとしても、そこから一発当てる可能性はない。

ゴブリンやコボルトは、金にならないからだ。

オークと呼ばれる二足歩行の豚は一応食えるが、食用の豚に味の面でも経済性の面でも、大きく劣っている。

しかも、人が剣や槍などで倒せる上限ギリギリ過ぎる。と言うより、大抵は死ぬ。

普通の仕事に就いて、着実に働く方が、いいに決まっているのだ。


では、魔物退治は誰がやるのかと言えば、言うまでもなく自衛隊、他国なら軍隊である。

魔物には、近代兵器が通じないという、理不尽な話を聞いた事があるが、通じないわけがない。

ただ、それもオークまでが限度である。


単純に、銃器の火力が不足するのだ。

オーガと呼ばれる、いわゆる鬼は、身長4.5メートルほどもあり、携帯型の軽機関銃はでは、かすり傷しか負わせる事はできない。

ロケット砲は、発射から命中までに、時間がかかり過ぎる。

大きい魔物がノロマなわけがない。多くの場合は逆だ。

攻撃ヘリで近づこうにも、轟音を伴う時点で接近が難しい上に、濃密な魔素が溶け込んだ空気。ヘリの制御自体に危険が伴う。


では、一体誰が魔物を狩るのかと、この疑問に応えられるのが、万九郎のような存在だ。

理由は様々だが、彼らは強い魔物と戦い、勝つだけの魔力、体力などの技能を持ち、それを既に証明した者たちなのである。


そのような能力者、否、すでに「異能者」という呼称が通例になっているが、彼らの総数は、公表されていないが、決して多くはない。


万九郎の場合は、両親に疎まれ、ネグレクト(存在を忘却)されていた1人の少年を、海上自衛隊の二位田原(ニイタバル)由美1佐が、偶然見出した事による。

元々、古式武道の家柄でありながら、極めて稀な魔法能力も兼ね備えていた二位田原1佐の手により、生き地獄とも呼ばれた訓練を9〜18歳という、男子にとって、能力を伸ばす上で最適な時期に、受ける事ができたのだ。


万九郎の両親は、自衛隊から謝礼金を受け取ると、それぞれ別に姿を消した。

万九郎にとっては、一軒家が残されたことで、むしろ幸いになったが。


二位田原1佐は、すでに故人である。自衛隊から詳細は発表されていない。

万(ヨロズ)万九郎は、両親から捨てられるに伴い、二位田原1佐から、この名前を与えられている。


二位田原1佐による訓練の終了後、万九郎は一旦渡米し、2年間にやや足りない期間、徹底した傭兵訓練を受けた。

これにより、大学進学が普通より2年遅くなったことで、学生時代は友人が1人もできず、孤独だったようだ。

なお、大学は国立大学。学部はなぜか文系、院では情報工学のマスターを取得している。


万九郎は現在、27歳。独身である。


なお、今回の万九郎の雇い主は、旧マツロ国、松浦党の流れを継承し、佐世保、平戸、松浦、伊万里、唐津の全域を実質支配している、松浦家当主の一人娘、松浦佳菜様。


蓬莱島にて人ならざる者の目撃証言有り。ただちに接触して、可能なら保護せよと。



「さてと」


万九郎は、フワリと浮き上がり、空気のように飛び始めた。


############################


蓬莱島。割と大きな島だ。

捜索には、時間がかかるかと思っていたら


あっさり、見つかった。


ターゲットだと確信したのは、髪の毛が長く、全体的に薄着で、スカートを履いていたから。


孤島、つまり無人島に、普通の人間が居るわけがない。


しかも、髪の毛は、輝くような金髪。


万九郎は、米国に滞在した経験があるが、これほど見事な金髪を見るのは、初めてだった。


だが、全体的に、何となく薄汚れている様にも見えた。


「まずは観察か」


万九郎は、その女性の5mぐらい後ろに着地して、しばらくマジマジと眺めた。


女は、何かを探しているようだ。


「おい」


仕方ないから、万九郎は、声を掛けた。


ブッヒュ!


凄い擬態音を立てて、女性は振り返るのと同時に、大きく彼方に飛び逃げた。


「おい」


女性は何も言わず、じっとこちらを見ている。


「何か言えよ」


女性は未だ、何も言おうとしない。


焦ったいな。


万九郎は瞬時で女性に近付くと、左の手首を右手で鷲掴みにした。


「俺の名前は、万 万九郎!万は「ヨロズ」だ!"I am Mankro Yoroz. Can I ask your name?"


女は、何も言わない。


"What's your name?"


女性は、とうとう諦めたように、言った。


「セレスティーナよ!セレスティーナ・ラムポワーズ(Celesina Rampoise)」


セレスティーナは、万九郎を睨み付けると、それだけを名乗った。


############################


それにしても、大きな目をしている。

2つの目を中心に、眉も鼻も口も顎も、完璧な造形だ。


万九郎は、これほど美しい少女を、見た事が無かった。


「へぇー」


うっかり、間抜けた様な、声を上げてしまった。


「貴方こそ、何よ?」


「名前は言った通り。万(ヨロズ)請負人だ」


「はん?」


小馬鹿にした目付きで、セレスティーナは言った。


「あなたこそ、『はーん?』でしょ」


両手を腰に当て、万九郎を見下す目付きで言った。


セレスティーナは美しい。猛烈に、寒気がする程、伶俐に美しい。


「お前、やはり人外か?」


「エルフよエルフ!知らないの?」


「エルフ?そんな訳あるかよ!耳が普通じゃねーか」


「エルフは人によって耳も違うの。そんな事も知らないの?この貧乏人!」


酷い。

万九郎は、確かに今、どちらかと言えば貧乏だ。

だが、それを面と向かって言えるなんて、人間じゃない。エルフだが。


「大体貴方!何よ、その貧相な服は?ド平民。臭いから、こっち見ないで」


「さっきから言おうかと思ってたが、服全体、と言うか身体全体が薄汚れてるぞ。まさか、お前、風呂に入りたいのか?」


「だから何よ!お風呂に入るのが好きで、何が悪いの?」


「風呂に入るのが悪いとは、俺も言ってない」


「それなら!・・・あむうむ・・」


エルフが卒倒して、気を失ってしまった。


「困ったなあ」


############################


翌日。

午前8時51分。

万九郎の自宅。


「やぁ、起きたか?」


「驚いている様だな」


「おまえが島で倒れて、身体の芯から潮冷えしてたから、連れて来たんだ」


「まだ、混乱してる様だな。ここは、俺の自宅の中にある、俺の浴室だ」


「お湯もパンパンに張ってあるから、遠慮なく入ればいい」


「俺ン家の風呂は、広いぞ。何せ、両脚をゆるりと伸ばして、浴槽に入れる」


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セレスティーナの入浴後。


「ところで、何であんな島で、風呂探してたんだ?」


「エルフがお風呂を好きなの、知ってるでしょ?」


「そうなのか?」


「そうよ。島で露天風呂探してれば、全てが上手く行くと、そんな予感がしたの」


「上手く行ったのか?」


「そんなの一目瞭然でしょ。明らかにストロングな、貴方みたいな男と、知り合いになったんだから」


セレスティーナ。何故か偉そうだ。


「エルフには、女しか居ないの」


「そうなのか?」


「常識よ」


「ところで、腹減ったな」


「そうね」


近所のドミノピザにスペシャルゴージャスピザEX特大セットと、近くのファミマにストロング系500ml 6本を、俺の金で注文した。


「ワーーイ!」


注文は、5分で到着した!


「さっそく食おうぜー!食ったら柔軟して、いい具合に疲れて寝ようぜ」


「うん」


############################


翌日。

午前6時53分。


「おい。朝だぞ、起きろ」


「んわ?って何?エルフのセレスティーナ・ラムポワーズたる私が、なんて格好!?」


タイトジーンズが窮屈そうだったから、脱がせた。


「俺も気にしてないから、気にするな。ところで、なんで島で風呂とか探してたんだ?あるわけないのに」


「エルフが島に居たのは、気にならないの?」


「佐世保とか平戸唐津松浦地区って、島ばっかりだろ。どうせ島は、全部青々してるんだから森林だ。植林とかしてないから天然林だし。エルフは森が好きだそうだし、セレスティーナが島に居たのも、理解できる」


「島に居たのは、当然なの、お風呂は、エルフがお風呂好きなの常識でしょ?」


「お前が風呂好きなのは分かったから、いつでも好きな時に、入りに来ていいぜ!」


「じゃ、貴方が留守の間、私が居るわ、この家。ちょうど良かった」


「うん?」


「人族の観光マニュアルによれば、露天温泉ってのが、大人気らしいのよ!」


「それはまぁ、事実だな。わざわざ深い山の中に作って、日本猿温泉(Snow Monkeys' Fountain)とか、動画で見たことあるな」


「私も、森が深い所に温泉欲しい」


「欲しいだけじゃ、駄目だ。良い土地を見つけて、開発して、温泉旅館として運営するのは、大変なんだぜ」


「万九郎にやって欲しい!万(ヨロズ)請負人なんだよね?」


「分かった。だが、経営とかヒューマンリソースとか、あと金関係の面倒臭いのは、そういうのが得意な人にやってもらう。この辺の領主の娘を知ってるんだが、この案件を紹介すれば、大喜びで、涙目で、受けてくれると思う」


「私は今日から、ここに住む。万九郎は、そっちの仕事で、金持ちを目指せばいい」


「良し。残りは俺に、ドーンと任せとけ!」


「うん!」


############################


という訳で、佐世保にある松浦佳菜の屋敷に行ってみた。


「貴方、商売の基本が、分かってないわね。凄く腹立たしいけど、今回は貴方が仕事をやる気になった記念って事で、渋々ながら引き受けてあげるわ」


############################


という訳で、勇者も魔王も出てこない、ちょっと変な物語の始まりです。

ちょっと長くなるかも知れませんが、辛抱強く、お付き合いください。

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