シリーズ S&K
此木晶(しょう)
雨宿り
雨宿り
「雨って嫌だよな」
と言われたのは、放課後部活が終ってそろそろ帰ろうかと思っていると勢いよく降って来た雨を玄関で見上げていた時だった。
というか、今現在ついさっき声をかけられた訳なんだが。
「何ごちゃごちゃ言ってんだ?」
いやこっちの話だからあまり気にせんでくれ。
「ならいいけど。ああ、ついでに。日本語微妙に変」
ほっとけ。
あ~、まあ、こいつがその科白の主な訳だ、が。容姿端麗、成績優秀、ついでに運動神経も抜群と言うお前はスーパーマンか! と怒鳴りたくなるようなこいつが『雨が嫌』なんていうには訳がある。要するに『雨恐怖症』なのだ。いや初めて聞いた時は、笑った笑った。天は二物を与えずとは言うけれど、二物どころか三物四物与えられているこいつになんと言うか実に笑える弱点があるもんだと。
「褒めてくれるだけなら嬉しいんだけれど、かなり色々好き勝手言ってくれているみたいだな?これからは、ノート写せなくてもいいって事か」
ああ?! す、すまん。川上様。許してくれいぃ。
「……プライドってものはないのか?」
今は何処かにピクニックに行ってる。 明後日辺りにチンスコウ持って帰ってくると思うが、どうするって。こら、なに素で回れ右してる。おい、何処行く?!
「教室戻る。ああそうだ。帰ってきたら、土産のおすそ分けはして欲しいな」
その件に関しては善処したいと思うが、出来れば当分待ってもらえると、とても嬉しい。ってか、三階まで戻るのか、どうせすぐ迎えが来るんだろうに。
「お前と話してたら頭痛くなってきたから……」
だったら保健室に行けって。付き添ってやるから。
「意味ないだろそれじゃ」
そうか? と、まあ、こういう馬鹿をよくやっている訳なんだが。
実際の所俺もこいつがどうして『雨恐怖症』になったのかは知らなかったりする。
なんでも、雨粒が体に当たるのが怖いらしい。
こいつなら降ってくる雨も平気で弾避けしそうな気がするんだがなぁ。でなきゃ、バリヤー張りそう。
「無茶言うね、お前も。スティックで動かしてるわけでもないし、自分視点で雨避けるのは無理だろ。んな事考えるのはお前ぐらいだよ。でもお前シューターだっけ。シューティングは苦手だって言ってたと思ったけど」
おう、俺は、シューティングはせいぜい『バルトロン』がクリアできる程度のへぼゲーマーだよ?
「……それが出来れば充分だと思う。それ以前に、FE外伝で全パラメーターMAXやるような奴がへぼゲーマーだったら殆どの奴がゲーマーですらなくなると思うが」
村人、魔剣士、村人の無限ループね。あれは、気合いと時間さえあれば誰でも出来るし。二度とやりたくないけれど。
川上だって人のことは言えんと思うぜ。入荷したばかりの落ちものパズルゲーの続編、連コインで即日クリアしてるんだから。
「あれは……、五十円で二プレイだったし、そもそも途中からコイン投入始めたのはお前の方だろ」
いや、あの時は楽しませて頂きました。
「拝むな。まあ、お前がそういうのも分かるけどさ」
だろ。一日一度はスペシャルなサウスタウンで無敵の龍に会わないと眠れないっての筆頭に、天狗の面被ったイカシた親父を覇王翔吼拳だけで倒してみたり、豪鬼出し損ねてシルバーサムライのまんまで、磁界王瞬殺したりさ。そういうアレな人達が傍にいるとどーもね。俺、一本取るのがやっとなんだぜ。」
「俺は取れたことすらないよ。確かダイアグラムで大体最下位だったろ。使いこなせば強いとかじゃなくて性能的にどうしようもないって感じで」
俺達ってまだまだ未熟なんだなぁってしみじみ思うよ。
「同意するのに抵抗がないわけじゃないけど、確かにそう思う」
結論が出た所で……。
……
……
で、何の話だったっけ。
こら、殴るな。いや、拳固められても困るっ。空手二段のお前に本気で殴られたら死ぬ。スカッと死ねるから。だから、突っ込みはせめてハリセンにしてくれぇー。
生きているって素晴らしい……。
「当たってない。寧ろ殴ってない。寸止めした……」
で、もう一度拳を固めていらっしゃるのは何故ですか?
「聞きたい?」
いえ、謹んで辞退させて頂きます。
つか、なんでこう言う話になったんだ?
「お前の所為だろ」
ごもっとも。冷静なお言葉有り難う。あー、なんか有難すぎて涙が出てきそう。
「で、聞きたいのか?」
ん?
「どうして雨が怖いのか、さ」
聞きたい。結構付き合い長いけどその辺りは知らないし。ま、興味本位だな。だから……。
「……だから言いたくなければ言わなくてもいいってか。確かに心配されて絶対話せって言われるよりは……か。さて、どうしたもんかな」
と言う割に、顔が笑ってるな。
「まぁ、な。いい機会だろうし。笑うなよ。あの時の俺にとっては本当に怖かったんだから」
笑わない。多分……。
「ったく。茶化すなよ。あれは、修学旅行で京都に行った時で……。小学校6年かな。随分と暑い日だった憶えがある」
京都は暑いもんな、なんでか知らんがムシムシして。盆地だからだっけか。
「そうだな。理由までは憶えてないけどね。地理の教科書でも見れば載ってるだろうけど。とにかくさ、立っているだけで汗ばんでくるくらいに陽射しが強くて風のないじっとりとした日だったんだ」
晴れてんだ。
「そう晴れてたのさ。雲一つないくらいに」
晴れていたのに雨恐怖症になった? 謎だね。
それとも、晴れていたからこそ怖くなるような事が起きたのか。
「当たらずとも遠からずだね。聞いてりゃ分かるさ。丁度金閣寺が金箔の張り替え工事だとかで見学禁止になってってグループ組んで銀閣寺を見に行ったんだよ。二時間くらい自由時間があったんだけど実際そんなにかかるわけないんだよな。な訳で、ぶらぶらあの辺り歩いてたわけなんだけど、哲学の道沿いに平安神宮の辺りにまで出ちゃっててさ」
だいぶ遠いぞ、それって確か。散策ですむ距離じゃないと思うが……。さすが川上って言っていいか?
「いやまあ、歩くの好きだし。椿や紫陽花見ながらだったからついねぇ」
夏だろ、椿にゃ二ヶ月は早いし、紫陽花には二ヶ月遅いと思うが。つうかな、小学校ん時からそんなのだったのか。
「ほっとけ。続けるぞ。知っているみたいだから分かると思うけど、銀閣寺から結構遠いわけだよ。仕方ないんでバスで戻ろうと思ってバス停で並んでいたんだ。その時だ。そいつを見たのは」
ちょっと待て。どうも話が良くわからんのだが……。雨が嫌いになった理由を俺は聞いているんだよ、な? まだ雨のあの字も出てきてない。なのになんでお前はそんなに青ざめているんだ。
「そうか? 自分じゃ大分マシだと思っているんだけどな。昔は、思い出すだけで錯乱状態になってたから。それに比べりゃ断然マシさ。青ざめているように見えるんなら、それは……。今にも『そいつ』が出てくるような気がしているからだな。空からこっちを見下ろしていた、そいつを」
空? まさか川上お前銀閣寺で舌盗んできてたとか言わないよな。
「何の話だ?」
いや、分からないんだったら別にどうでもいいんだが……。
「バス停の屋根の下には俺しかいなくて、ぼんやりと空を見上げてた。人通りは少なかったと思う。遠くで犬の吠え声がしてた。急にさ、空が歪んだような気がした。陽炎かと思ったけど、よく考えなくても違うよな。顔だったよ。でっけぇ顔。それが口を開いて吐息をついてた。その熱で歪んでたんだろうな、きっと」
だからまじめな顔でそういう電波な事言うなよ。頼むから。
「まじめに話しているんだよ。途端、急に前触れも何もなく空が曇った。前が見えなくなるほど一気に雨が、冗談抜きにバケツをひっくり返したような水の塊が落ちて来た。飛沫が飛んで何もかも白くなって。すぐ止んだ。雨が降ったのが嘘みたいに晴れ上がってたよ。前よりももっと蒸し暑くなって……、ガシャンと前を通り過ぎようとしていた自転車が倒れた。乗っていたはずの男の姿は何処にもなかった。もう一度慌てて空を見た。『そいつ』が満足そうに顔を歪めていた」
溶けたって言いたいのか? その空の上にいる何かが溶かしたって。
「想像だけど、な。昔から世界中に転がっているだろ。空の上にいる何かの物語なんて」
確かにそうだけど。豆の木や天空の城、神って奴はいつだって空の上だしな。
けど、だからって信じれないよ、そんな話。夢でも見たんじゃないのか。ほれ白昼夢って奴。でなきゃ記憶違いとかさ。
だから、そういう薄気味悪い笑みを浮かべるなよ。保健の先生呼んでくるぞ。
「それは勘弁な。下手すると実験台にされそうだから。……夢だったらと俺だって思うけど。これを見る度に『違うんだ』って思い知らされる」
え? こら、脱ぐな。六つに割れた腹筋は正直すごいと思うが、見ても楽しくない。しまっ…………そりゃなんだ一体……。
「夢でない証拠。これがあったから家族も信じざるをえなかったって所かな。ここだけ穴が空いているけれど、痛みもないし生活に支障も、なし。けど、直らない。飛沫を受けた時からずっとこのまんまさ。見る度に『そいつ』がいた事をいやでも思い出す。だから、雨が怖い」
信じられねぇ……。いや、だから肋骨だかが見えてる。指つっこむな。広げなくていい。さっさと服着ろ。わかった。信じてやるからまじまじと見せるなぁ~。
「はじめっからそう言や良いのに」
脅してどーする、脅して。
そもそも普通信じられると思うか? んな与太話。シャツに手をかけなくていいっ。信じるつったろうが。
まあ、とにかくだ。そういう訳で雨が怖い、か……。大変なんだな、お前も。
「しみじみ言われると、なんか腹立つな」
おいおい……。
「冗談だよ。それに言ったろ。大分マシになってるって。こうやってお前に話す事が出来るって事は、その程度には平気になっているって事さ」
なるほどね。俺はその程度かい。ま、いいや。だったら、いっその事夢だったって事にしておいても良いんじゃないか? その方が色々と平穏無事そうだし。あんたらだってそう思うだろ?
「誰に向かって同意を求めているのかちょっと疑問が湧かなくもないけれど……」
まあ、気にするなって。独り言のようなものだから。
「さよか。……そのうち、な。頭じゃ大丈夫だって分かっていても、体が竦むから」
あ~、悪い。
「気にすんなって。姉貴が来たみたいだから俺帰るよ。じゃあな。お~い、姉貴こっちだ、こっち」
そんな訳で、今年大学に入学したばかりのお姉さんが運転する車に乗り込んだ川上を見送った訳なのだが。お姉さんが美人だからってうらやましい訳じゃないぞ。でかい初心者マークくっ付けた近所で噂の走るスタンビートに乗ったら幾つ命があっても足らないから。お姉さんが美人なのはうらやましいけど。
どう思うあんたらは? 川上の話を。夢だと思うか? それとも、あいつが勝手に作り出した妄想だと思うか? 俺は正直どっちでもいいんだけどね。あんたらの好きなように思ってくれれば。
なんて風にここで終っておけば、ゲーマー二人の他愛もない話という事になるのだろうけれど、そうもいかない訳だ、困った事に……。
実は、見えていたんだよなぁ。話を聞いている間。川上には言わなかったけれど、雨の空、雨雲の間に。『そいつ』が。しっかりと見えている訳ではないけれど、確かにそこにいると感じる。確かに俺の方を見ていると分かる。そんな風にさ。でなけりゃ、いくら体にぽっかり穴が空いてた所で、なかなか信じられるもんじゃない。
気のせいかね。校庭の隅の方にいたはずの野良犬の姿が見えなくなってる。繋いである訳じゃないから、何処かに餌でも探しにいったのかもしれないな。きっとそうなんだろう、きっと。
ああ、なんか雨が激しくなって来たな。
さっきよりハッキリと『そいつ』が見えるような気がする。鋭い牙が幾つも並んでいるな。えらく長い舌だ。赤いな、んでちろちろ動いている。
どうする?
濡れるの覚悟で走っていくかい。
俺?
俺は止めとくよ。シューティングは苦手だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます