比翼連理は記憶を繋ぐ

天鈴月 玲凪

第1話 彼と彼女

 それは唐突な出来事だった。


 なにか前兆があったわけでもない。


 フラグを立てたわけでもない。


 原因があるわけでもない。


 それはまさしく運命と呼ばれるものなのかもしれない。


 いや、それも少し違うだろう。


 それは必然だった。


 というわけでもない。


 兎にも角にも、この日、この時を以て、萩原悠輝のの日常は終わりを告げた。



―――――



 悠輝の通う学校にはある有名な生徒がいる。


 柏原沙織といえばわかるだろうか。いやわからない人などいないと思うが説明しておこうと思う。


 腰まで長く伸びた輝くような黒髪。枝毛など知らないかのようなその髪はひどく美しい。まるで人間の理論値のような均整のとれた体つき。胸は程よく大きく、身長は高め。すらりとしたモデル体型であるといえる。そして、最も人の目を惹きつけるのが、その顔。少し鋭いような目つきに程よく配置された顔のパーツ。その目で見られたものは悉く魅了され、動けなくなるとも言われている。


 彼女が有名な理由は見た目だけでは無い。その成績も並はずれている。入学してから首席の座を譲ったことがないどころか全国模試で一位を落としたことがない。その頭脳はまさに国宝とも言うべきもので、将来を期待されているうちの一人。

 これらの特徴に加えて、さらに親が桁が違うほどのお金持ち。海外にもまたがる巨大財閥の柏原グループ、その総帥の座にあるのが沙織の父である。


 彼女が有名にある理由がわかるだろうか。このような人間など百年はおろか千年に一人いるかと言うぐらいだろう。まさに役満状態。だが、あなたは彼女が有名になった本当の理由を知らない。


 彼女……柏原沙織はあまりにも不真面目すぎるのだ。学校に入学してから登校するのはごく稀。仮に登校しても自分の親の権力を使って屋上や空き教室でサボるなど当たり前。それに加えて極度の人嫌い。極端なまでに他人と仲良くすることを嫌い、話しかけると罵倒……というより嫌味、嘲笑というべきだろうか、そんな反応が返ってくる。


 その能力からは想像もつかないほどに性格が悪い――いや、歪んでいる。




 


 そんな色々なことで有名な彼女、柏原沙織が今悠輝の前にいる。


 風が吹いた。近くにある木が揺れる。すでに桜は散っていて、新緑の葉が音を奏でる。


 教室には夕日が差し込み、二人を幻想的に照らし出している。


「手伝ってくれるなんて珍しいね? 柏原さん」


 放課後。今日日直だった悠輝は一人で仕事をしていた。黒板の日直の欄にあるのは萩原悠輝と柏原沙織の二人の名前。そこへ、何を思ったのか、いや何をしに来たのかはわからないが柏原がやってきて、悠輝の前に立った。


「手伝うわけがないでしょう。めんどくさいわ。でしょ? 萩原くん」


 それだけ言うと、柏原さんは教卓の上に足を組んで座った。

 陽の光を浴びた彼女は女王のようで、それは暴力的な美しさと絶対的な威厳を持っていた。

 しかし、悠輝はそれに飲まれることなく、彼女に問いかける。


「柏原さん気づいてないかもだけど今日日直なんだ。手伝ってくれてもいいんだよ」


「今日が日直だったのは知っていたわ。だから放課後わざわざ教室に来たのに」


「なら何しに来たのさ。仕事しに来たのではないのだろ?」


「ええ、あなたとお話ししたくて」


 その言葉を聞いた悠輝の顔が疑問を浮かべる。

 

 (あの柏原が喋りたいだと? 何かおかしい。悪戯か?)


 彼女の性格の悪さを知っているだけに、この発言を信じられなかった。

 

だが、目の前にいる柏原は真剣な表情をしている。

 

「それで話したいことってなんだ?」


 悠輝の言葉を聞くと、柏原は満足げに微笑み、口を開いた。

 

「そうね。私、あなたが私と同類だと思ってるのよ」


「同類? 俺はお前と違って普通の人間だぞ?」

 

「あはははは。それ本気で言ってるの?」


 悠輝の言葉を聞いて、彼女が笑い出す。それはとても愉快で、面白い冗談だと言うかのように。


「俺はぐらいの成績だし、どこにでもいるようなの顔で、運動神経もだし、あとは――」

 

「随分にこだわるのね」


 彼女が喋った瞬間、悠輝の顔が苦々しいものへと変化する。


「俺はの人間だからな」


 悠輝は言葉を絞り出すように答える。しかし、すでにこの場の主導権は彼女に委ねられており、悠輝の抵抗は何ら意味を持たなかった。


「柏原さん? 何をするつもりだ?」


 彼女はいきなり机を降りると、悠輝の元へ寄ってきた。

 そして、その距離が傘一本分になるかと言うところで彼女が手を伸ばした。

 そして、悠輝の眼鏡をとり、自分にかける。


「ねえ、何で眼鏡なんてしてるの?」

 

「それは……」


 言葉を詰まらせた悠輝を横目に見て、彼女はさらに距離を縮めた。

 そして、悠輝の目元にかかっている髪をかきあげる。

 彼女は少し驚いたような顔をして、そして愛おしいと言わんばかりの目で悠輝を見つめる。


 悠輝の印象を普遍的にしていた眼鏡と髪。そのどちらも取り払うと、元の印象とは似ても似つかないイケメンがそこに居た。

 その長い髪で隠れているうなじに手を当てた彼女は少し葛藤してから、勝負に出た。


「やっぱり――」

 

「いつ気づいた?」


 彼女の声を遮って問い詰める悠輝の声のトーンが少し下がった。そして、声に少し焦りがみられる。


のは最近よ。でもまさかだったわ。だってゆうくんは――」

 

「待て待て、ゆうくんって誰だ?」

 

「は? えっ? ゆうくんじゃないの……?」


「俺の名前は悠輝だぞ? 誰かと勘違いしているんじゃないか?」


 彼女はかなり動揺して、机にぶつかった。


「う、嘘でしょ……そんなはずないわ」


「本当なんだが……。とりあえず眼鏡と髪型戻してくれ」


「あ、うん。ごめんなさい」


 悠輝の頼みを聞き入れ、彼女は悠輝の眼鏡と前髪を戻す。


「さっきの話の続きだけど、なんで分かったんだ?」


「入学式であなただけ他の人とは違って見えたの。私もよくわからないのだけどなんとなく。それで注意深く見ていたら、好きな人に似ていて、いや、全く一緒だったのだけど……」


 その彼女の表情に悠輝は内心驚いた。

 好きな人だと言った時に浮かべたのはふやけた様な、でもどこか哀愁があって憎しみも混じっている、そんな言葉にしにくいような表情だった。


「で、顔を見たらますますあの人に似ていて、居ても立っても居られなくなっちゃったの」

「でも俺は柏原さんに会ったことは無いよ。話したのも今日が初めてだ」


 はっきりと初対面だと断言した悠輝の言葉にショックを受けたのかわからないが、彼女の目からは涙が溢れた。

 悠輝から見た彼女は憔悴しきっていて、今にも壊れそうで見ていられなかった。


 しかし、折れない。

 柏原沙織と言う少女はまだ孤独に戦い続ける。


 そして、彼女は仕掛ける。


「ねえ、萩原くん。今度の日曜日私とデートしない?」

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