決着③

生々しい血痕に倒れそうになるがティタンが支えてくれていた。


レナンは絶叫と血痕に耐えられず気を失い、今はエリックの腕の中だ。


「死んでしまったの…?」

二人がいなくなっており、血はカレンがいたところに残されている。


「殺してませんよ、裁きは受けさせますので。ただご自慢の青い目を奪わせて貰いました」


ニコラは相変わらずおどおどした口調だったし、表情もいつも通りでディエスの後ろに控えている。


「とんだ狂犬を飼っているようだな…」

乾いた声でラドンが喋る。


気弱そうに見えるエリックの従者が躊躇わずにこのような事をしたのだ。


命を掌握されてることにようやく気づいた。


「俺に忠実ゆえ失礼したな。ニコラ、レナンが気絶してしまったではないか」

このような状況だが、レナンと密着出来て嬉しいと内心では思ってる。


王妃として少々血生臭いことにも慣れていかなきゃいけないから、強引ではあったが止めなかった。


「申し訳ありません。血が出ないように巧くくり抜けばよかったですね」


レナン様に嫌われてないといいな、とニコラははらはらしているようだ。


「ですが、これで青い瞳を持つのはミューズ殿ととリオン殿になったな」

やり過ぎな手法で跡継ぎ問題を解決させた。





「長らく眠りについていたディエス殿には、些か刺激の強いことばかりで申し訳ない。休ませたいのはやまやまだが、今しばしお時間を頂きたい」

「正直刺激が強すぎて、夢の中に戻りたいところだ。だが、今まで皆に甘えすぎていた責任を果たさねばならないな」


ラドンに渡した書類と同じものをディエスにも渡す。

さらりと一瞥すると深いため息をついた。


「ラドン、馬鹿な真似をしたな。わしが寝ている間にこんな事を…民を守るのがお主の仕事だったろう」


それがこんな悪行を。


「あまつさえ、我が娘を塔に閉じ込めるなんて…こいつも地下牢に連れて行ってくれ、顔も見たくはない」


「お願いします陛下、お慈悲を!」

叫ぶラドンをルドとライカが両脇を押さえ、ずるずると引っ張っていく。


暴れるラドンだが、「僕と行きます?」

とニコラが言うと漸く大人しくなった。


「元より評判のいい男ではなかったが…わしが倒れた事により皆に迷惑をかけて、何とお詫びしていいのか」

「そんな、お父様のせいでは…」

ようやく身内だけになったところでミューズとリオンが駆け寄る。


最後の記憶よりも格段に大きくなった二人に感慨深く思う。


「ずっと夢を見ていた…リリュシーヌが生きていた頃の幸せな日々」


幼いミューズと生まれたばかりのリオン。


リリュシーヌもまだ病気になっておらず、明るく楽しい日々だった。


病魔に侵され苦悩の日々を送った頃と違う輝かしい毎日だった。


「夢とわかっていてもあの幸福を振り切る事が出来ず、現実に戻ってくる事が出来なかった」




「5年もの間目覚めなかったのはディエス殿のせいじゃないさ。シュナイ医師、どうする?ご自身で説明して頂けると早いのだが」


マオが手に持っていた瓶を掲げた。

中には液体が入っており、チャポチャポと揺らしている。


「こちら国王陛下に長年投与されていた薬です。ぱっと見は水にしか見えまないのですが少々特殊なものです。こちらの中身の説明をぜひシュナイ医師からお願いしたいのです。僕からでは間違えちゃうかもしれないので」


「…こちらは睡眠薬だ。陛下が目覚めないように、私が飲ませていた。検知されないような僅かな効力しか持ってないがな」


驚愕の事実にミューズはただただ驚くばかりだ。


「何故、そのような薬を?」

「僕はこの国などもういらなかったんだ。リリュシーヌがいないこの世界が」

シュナイは淡々と語り、その目はどこも見つめていない。


「ディエスがいなければこの国は崩壊するとわかっていた。だから起きられたら困ると体調を崩した日を境に薬を盛り続けた。リリュシーヌが愛した男だから、命は奪わずにいたのだが…ミューズもリオンもレナンも離れたこの国は、後は崩れるだけだったのに」


アドガルムが思った以上に助力を出してしまった。


「崩壊し取り込まれる事は構わなかった。だが、まさかリオンを、この子どもを担ぎ上げるとは思っていなかったんだ。大臣に利用されては困るとここから遠ざけたが、もっと監視しておくべきだった」

「子どもだと見縊られていたのですね、残念ながら僕はずっとこの国に戻るための準備をしていたのです。エリック様の手を借りて」

従者兼諜報を行うマオなど良い例だ。


「ミューズ嬢は大事な弟の妻になるから、ここで手を貸さないと恨まれてしまう。ティタンが暴れたら止められる者もいないしな」

ミューズという手綱がなければティタンは抑え込めない。


「微量な睡眠薬だから毎日飲ませる必要があったが、シュナイ医師は主治医で独身だ。王宮にずっと居ても気にするものは少ない。ミューズ殿や他の医師からも不自然とは思われずここまで来たのだから、大した度胸と手腕だな」


一番近くにいて、傍を離れない者は彼しかいない。

おかしいとは思っていたが、確証がなかった。


「薬を見つけたマオとニコラの手柄だ。

度々こちらに忍び込み、証拠探しをしてもらっていたからね」


時々居なくなっていたのはそういう理由があったようだ。代わる代わる来ていたそうだ。

「リオン様、マオは頑張りました。特別手当と特別休暇が欲しいです」

「僕はレナン様に嫌われないようどうにか取り持ってください。大活躍したのに嫌われるのは悲しいです」

マオもニコラも嘘か本気かわからない言葉を出す。

二人の本心はエリックであれ、リオンであれ見抜いた事はない。


「リンドールが復興したら検討する。もう少し待っていてほしい」

「レナンが起きたらちゃんと助け舟は出すが、あまり期待するな」

それぞれの主君はそれぞれに約束する。


片方には歓喜、片方には落胆を。


「シュナイ。そこまでリリュシーヌを想っていたのか、気づかなかったわしが悪かった…」

「みっともない横恋慕だ。結局は失敗し、ミューズ達に嫌われてしまったけれど」


ディエスが起きたことで、もう国は崩壊しない。


王の目覚めという希望でバラバラであった国が一つにまとまるのだから。


「もう、疲れた…楽にさせてくれ」

自らニコラに目をやり、地下牢へ連れてってくれと合図する。


ニコラとマオは全ての話を知っていて、二人の傍にいたのだ。

シュナイが万が一でもディエスを傷つけないよう、見張り役として。


「さよならだ、親友。悪かったな」


シュナイ医師はそう言うとニコラと共に部屋を後にする。


「怒涛過ぎて目が回る、リオンすまないが休ませてくれ」




目覚めたら国は荒れ魔物たちが蔓延り、重臣たちは去っていた。

道を分かたれた弟の忘れ形見を断罪し、大臣という国の膿を出した。

そして何十年と信頼していた親友の裏切りに、もはや涙すら出てこない。


「僕が付き添いますので、皆さん心配しないでください」


ニコラの申し出に、エリックは了承した。


自室に向かう前にディエスは娘に振り返った。


「ミューズ、塔での祈りはどうしている?」

月に一度は王家のものが祈りを捧げる昔からの習慣だ。


ミューズが出ていってからは何もしていないと思う。

リオン達を迎えに行った際の埃で数ヶ月放置されていたのは目に見えて明らかだ。


「もしかしたら魔物たちがこぞって国に侵入してきたのは、守護神の守りが弱くなったからかもしれない」


この国は昔から神を崇め祀っていた。


今までは祈りを捧げ、結界を張ってもらっていたので魔物が遠ざかっていたのだ。


祈りが少なくなり、守りが弱くなったため、外壁が崩れたのをきっかけに侵入してきたのかもしれない。


「それなら私は塔に行き、守護神様に祈りを捧げます」


母のように。


「俺も行く」

ティタンが同行を申し出るが、ミューズは断った。


「あなたには街を助けて欲しいの。魔物たちを倒すのにあなたの力が必要だわ」


アドガルムの騎士団は強いとはいえ、かなりの数の魔物が入ってきている。


並外れた力をもつティタンの力は必ず必要になるはずだ。


「お願い、この国を守るのに力を貸して」

「いやだ、行かない」

このような危険なところだ。


ミューズから離れ、万が一の事があれば生きていけない。


「ミューズに何かあれば、俺は生きていけない。何があろうと君のそばにいる」

「ティタン、命令だ。街にいる騎士団と合流し、街を救ってくれ」

「兄上まで…!」

エリックの言葉にティタンは苛立ちを隠せない。


「いくら兄上の命令でも聞くわけにはいかない。ミューズがもしも魔物に襲われたらどうするんだ。魔物だけじゃない、暴徒だっているかもしれない。あの塔だって崩されてしまうかもしれない」


最悪な場面ばかりよぎってしまう。


いつもの鷹揚で自信に溢れた武人のティタンではない、今は愛する人を失うかもしれないと怯える男だ。


「僕がついていきます、僕が命に代えてもミューズ様をお守りします」

マオは志願し、ミューズに付き添う。


マオは強いし、目的のためなら非情になれる。護衛としては優秀だ。

「塔は守護神さまの守りがあるから魔物は来ない、それに私は昔声を聞いたことがあるの」


母が亡くなったときの寂しそうな声を。


「心を込めた祈りならきっと届くはず。お願い、私を信じて!」


ミューズも譲れないのだ。


「ミューズ…!」

強く、強く抱きしめた。


離れたくない、このまま彼女のそばにいたい。


「愛している」

「私も」

心を込め、口づけをかわした。


「1分でも1秒でも早く、君の元へ帰る。約束する」

気迫を漲らせ、ティタンの筋肉は膨張した。


「ではニコラはディエス殿を休ませ警護にあたってくれ。ミューズ上旬とマオはこの国の守護神に祈りが届くように頑張ってほしい。

ティタンは街の騎士団と合流して、神の護りが出来るまで魔物を殲滅してこい。

俺とレナン、リオン殿は現在の状況を把握し、どこにどれだけ被害と救援が必要かを調べるぞ。

ミューズ殿、すまないがレナンに治癒魔法をかけてくれないか?名残惜しいがそろそろ起こそう」


ミューズがレナンに魔法をかけるとゆっくりと目を覚ます。


「!!!」

皆の目の前でエリックにお姫さま抱っこをされているのを感じ、恥ずかしさで消えたくなる。


「エリック様、おろしてください…」

涙声でそう言うが、エリックはおろしてくれない。


「まだおろさないさ。起きたのだからレナンは俺と一緒に久々の宰相仕事だ。リオンと共に行くぞ」


「ルドとライカは兄上達の警護にあたってくれ、何かあっては大変だ」

二人ははこくりと頷き、三人に付き従っていく。


ティタンは塔の前までミューズを送ると名残惜しげに手を握る。


「くれぐれも気をつけて」

「ティタンも、どうか無事に帰ってきてね」

少ししか保たないけれどと護りの魔法をかける。


「必ずミューズのもとに帰ってくるから、信じていてくれ」

跪き恭しくミューズの手にキスをする。


「私も、守護神様にお力を貸して頂けるよう頑張るわ」

最後に抱き締め合うと、ティタンは一気に駆け出していった。




「まずは広場へ向かってみるか」

その後キールに会って状況を聞こう。


目についた魔物を片っ端から屠り突き進んでいく。

途中で見かけた街の人も助けつつ、ティタンは広場に着いた。

思ったよりも多くの避難民がこちらへ来ている。


「なかなかの人だな、持ってきた物資では足りなそうだな」


国に使者を出し新たに持ってきてもらうか。

まぁ兄がきっと策を講じるだろう。


とりあえず見知った顔がいないか辺りを見回してみる。


「騎士様、お久しぶりです。覚えておいででしょうか?」


ティタンの前におずおずと女性と子どもたちが話しかけにきた。


「もちろん覚えている、ミユ殿といた者たちだな。暴れ馬の件では大変だったな」

目線をおとし、優しく語りかける。


わしわしと子どもたちの頭を撫でてあげると、安心したのか笑顔が見られた。


「あなた方も無事に避難できたか。まだまだ油断ならないが、この中ならひとまず安心だ。魔物を退治出来るまでもう少し辛抱してくれ」

「しかし、住む家もお金もなく、これからどうしたらいいのか…」


ただでさえ情勢が不安定だったのに、このような状況になってしまったのだ。

希望が持てないのは無理もない。


「その件ならば大丈夫、手は打ってある」


王太子であるエリックとリオン、そして宰相であったレナンが策を練っている。


良い方向へ必ず向かうだろう。


同じように不安に思うものは多いだろうと

考え、中央の噴水に向かった。

そこは少し高くなっているため、長身のティタンなら登ればより目立つ。


「皆の者、よく聞いてほしい!」


ビリビリと空気がヒリつくような大声で、ティタンは民衆に語りかけた。


「俺はアドガルム国の第二王子ティタン=ウィズフォードだ。此度はリンドール王家より援軍の要請が来たため、加勢に参った!」


身分を明かした事で益々注目を浴びる。


「今現在、我が国が誇る騎士団が魔物の殲滅を行っている。優秀な者が多いため直に収まるだろう。だが魔物を倒すだけではこの国は復興しない、長らく王が不在であったからな。

だが、安心して欲しい。先程国王陛下ディエス=スフォリア殿は目覚められた。実子であるミューズ殿とリオン殿に支えられ、無事に意識を取り戻されたのだ」


静かに耳を傾けていた民衆の間に、どよめきが走る。

「リオン殿とこの国の宰相であったレナン殿、そして我が兄アドガルムの王太子エリックが、この国をかの美しかった国へと蘇るように全力であたっている。そしてミューズ殿はこの国の守護神どのが目覚めるよう王宮の塔にて祈りを捧げられているのだ。

守護神どのの力の源は祈りだ。リリュシーヌ殿が逝去され、ミューズ殿がいなくなってからは祈る力が減ってしまった。だから皆にお願いだ、ミューズ殿と共に祈ってほしい」


ミューズの悪評があるからか、それとも守護神を信じないからか、ざわざわし始めていた。


「なぜ、俺たちがしなきゃいけないんだ。俺たちを守るのが王族の仕事だろ?」

「本当は悪評があったミューズ様のせいでは?国が傾いたのだって、あの人のせいだと言うし」

一部の民が不満を洩らす。


「民を守るのが王族の義務だが、王族を支えるのもまた民の義務だ。今回の事は今までミューズ殿が行っていたことから目を背けたそなた達のせいでもある。

国王が倒れ、年端も行かぬ内に国政を行っていたのだ。令嬢としての楽しみも自分の時間もなく執務を行っていた。

甘言に惑わされ、蔑み、責めるべき者を違えたそなた達は正義という大義名分のもと、彼女を責め立てたのであろう?」

口さがない悪評を確かめもせず、面白可笑しく拡げた者にも責任があると考えていた。


「ラドン大臣及び、王族を偽った母娘二人は投獄された。何をもって正義とするか、よく考えるのだな」


「しかし、俺たちに逆らう力なんてなかった!従うしかなかったんだ!」

「王女を信じる事は出来たはずだ。噂を信じず、自分たちを守っているのは誰なのか、確かめるべきだった。彼女がいなくなってからわかったのではないか?

俺のもとへ来た時からこの国の荒廃は一気に進んだはずだ。宰相のレナン殿がいても、急激に」


あれだけの量の執務はさすがのレナンでも追いつかなかった。


視察に訪れていたミューズの助けもなくなったため滞る業務も多かったはずだ。


「償いたくば祈れ。戦えないのならば祈れ。この国を、自分達を守りたいのであればな」


ティタンは言いたいことは言えたと思う。


ミューズの信用を少しでも回復したかったのだ。

何よりも、誰よりも、この国の為に尽くした心優しい彼女を。


「キールはどこに向かった?」

近くの騎士を掴まえ、居場所を聞く。


「キール様は南に行くと行っていました、門を破ろうとする魔物がそちらで増えているらしいので」


壁の間ではなく、門自体を破ろうというのか。

さすがにそこを突破されてはあっという間に大量の魔物が入ってきてしまう。


「すぐ向かう」


「ティタン様!」

子ども達の声に振り向いた。


「ティタン様、どうかお気をつけて!僕たち一生懸命祈るから!守護神さまに届くように、がんばるから!」

助けた子どもたちは、大声でそう言ってくれた。


まわりの大人達に合わせるのではなく、自分たちの思いで叫んでくれた。


「有り難い、是非任せた!」

大きく手を振ると走り出す。


大剣を振りかぶり、魔物をなぎ倒していく。


その圧倒的強さは広場にいる民衆にも見えていただろう。


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