苦難(宰相視点)
「今日も、生き延びた…」
倒れ込むようにベッドに横になる。もう何年家に帰ってないのだろうか。
王宮に自室はあるが自宅ではない。
自分の本来の邸宅に帰りたいと、何度思ったことか。
実家からくる手紙も極端に減った。
手紙の返事も出来ず、今の王政を思慮してかぽつりぽつりと体の心配をする手紙が来るだけになった。
結婚適齢期にはお見合いについての手紙も来ていたが、25才をまわった頃にぷつりと途絶えた。もはや周囲からも見限られたのだろう。
実家は優秀な兄がおり家を継いでいる。甥も姪もいるため、家の存続については何ら心配していない。
思えば好き勝手させてもらい、こうして官職につけた時は幸せで胸がいっぱいだった。
大変ではあるがやりがいのある仕事、素敵な国王夫妻や美しい王女や王子に囲まれ、正直ウハウハな気持ちで仕事に臨めた。
しかし、王妃が亡くなり風向きがガラリと変わったのだ。
国王は心を病み、ついに寝たきりとなる。
変な女が王宮に入り込み、自慢の王女が辺鄙な離れに押し込められてしまった。
王子まで毒牙にかかってはいけないとツテを使い王妃の親類に託すことが出来た。
バタバタと周りの者がやめ、あるいは野心ある大臣に取り込まれ、いなくなっていった。
あとに残ったのは膨大な仕事だけ。
皆が夕食を終え寛ぐ頃にこっそりと王女が手伝いに現れる。
まさに女神、優しさの化身。
「いつも国のためにありがとう」
その言葉だけが心の救いだ。
時には一緒に涙を流し、時には本の話をし、時には恋バナなどをし…
「レナン様はどういう方が好きなのかしら」
恋愛小説が好きなミューズはキラキラと耀いた目でこちらを見る。
眩しい、眩しすぎる。
恋に恋する乙女の視線は婚期を逃した大人には辛い。
「残念ながら私は恋愛に縁遠く、ここまで一人で来てしまいました」
聞いてはいけない事だったのかと、ミューズは困った顔をする。本当に優しい子だ。
「ですが、ここに来てミューズ様やリオン様と出会いとても楽しいです。王妃様がおられた頃は仕事のやりがいもあり、とても楽しかった」
仕事をやり遂げたあとの達成感は何とも言えなかった。お酒もすすむ。
「私はここに来てこの仕事につけてしあわせです。皆様に会えて充実しております」
レナンの様子にミューズはなるほどと納得した。
「レナンは仕事に恋をしているのね」
「へっ?」
そう言われるとは思わず、間の抜けた声が出た。
「お話をしている時のキラキラした瞳、まさしく恋をしている主人公そのものだったわ。そういう事なのね」
満足したのかミューズは仕事に取り掛かり始めた。
仕事に恋をしていると言われたのは初めてだ。仕事人間であるのは認める。
ミューズのやる気が出たのは何よりだ。
確かに恋愛について話すことは左程ないし、丁度良かったのかもしれない。
(でも…)
恋について問われると頭を掠めるのはあの時の事。
デビュタントの時に緊張しすぎて階段から落ちた際に助けてくれた人だ。
周りからクスクスと笑われ、痛みと恥ずかしさで涙がこみ上げてきた時に手を差し伸べてくれた。
太陽のように神々しく美しい人だった。
ミューズ様がたおやかな月の化身であれば、彼の人は自信に満ち溢れた太陽の化身だ。
晴れやかに笑い、堂々たる姿は威厳に満ち溢れている。
政治や治世の話で盛り上がってしまい、せっかくのダンスを踊ることなく過ごしてしまったため、後で家族にがっつり怒られた。
あれから姿を見かけることはあったのだが、臆病な自分は逃げ回ってしまった。
こんな自分が近づいたらまた笑われてしまう。
自分だけならいいが彼の人にご迷惑をかけてしまう。
10年以上経つのだから向こうもついぞ忘れているだろう、時折思い出すのだけは勘弁してほしい。
数少ない大切な思い出なのだから。
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