出会い

「…美しいな」

ぼそりと呟く声にカッと頬が赤くなる。

ぼさぼさの髪に分厚い眼鏡、顔には(メイクで描いた)ソバカスが沢山。ワンピースなど着古してくたくただというのに、この人はからかっているのだろうか。

だか不思議とイヤな気持ちにならない。初めて会った人のはずなのに。


「名前を教えてくれないか?」

そういう男性はどこかの騎士だろうか。

銀色の鎧を身に纏い、金の装飾が施されている。この国の鎧ではない。

顔は美形とは言い難いが愛嬌のある容貌だ。薄い紫色の髪は短く切って整えてある。

身体付きはがっしりしており、腕などミューズのウエストくらいだ。


(誰だか思い出せないけど、かっこいい人だわ)

どこかで会ったことがある気がするが覚えていない。


ミューズは王子よりも騎士に憧れている。

魔術学校でもデビュタントでも見た目は格好良くてもヒョロヒョロな者ばかりでミューズはがっかりしたものである。

もっと筋肉筋肉した人が、ミューズの理想なのだ。


「ミユと申します」

明らかに身分が高いであろう彼に優雅に一礼し、偽名を名乗る。

「家名は?どこの貴族令嬢だ?」

「えっ?」

この見た目でそんな事は言われたことはない。


平民であるなら家名がなくとも不思議ではないはずだ。そこを突かれるとは思わなかった。


「貴族様、こんなぼろを纏った令嬢はおりませんよ」

苦笑いをするミューズに、ふむと男性は顎に手をやる。

「確かに着ている衣類は古いが、礼の仕方や仕草、言葉遣いからして一般市民ではない。どこかの令嬢がお忍びでやってきたと思ったのだが」


ミューズは内心動揺する。

この男性は大雑把に見えてかなり細かいところまで見ているのだ。

「…ただの平民です。私は孤児ゆえ家名もありません」

頭を深々と下げ、表情を見せないようにする。


鋭い男性なので警戒が必要だ、自分が王女だと知られたら大変なことになるだろう。

ミューズはまじまじと見られ居心地か悪い。

「その、どこかで会ったことがある気がするのだが…」


「ミユ、大丈夫?」

子どもたちか心配そうにミューズの側に来る。誰もケガはしてないようで良かった。

「私は大丈夫、皆が無事で良かったわ」

優しく微笑み子どもたちを撫でるその様子に、男性は目が離せなくなった。


「ミユといったな」

自身の緊張をほぐすように大きく呼吸をしてから男性は告げた。

「俺の名はティタン=ウィズフォード。アドガルム王国の第二王子だ。

ミユ、俺の国に来てくれないか?」

「はぁ?!」

唐突な言葉にミューズは固まった。


顔を赤らめ、照れ臭そうにする彼は幼い少年のようだ。

「君の優しさと勇敢さに惚れた。良ければ俺付きの侍女になって欲しい。対応も優遇するし、大切にする。どうだろうか?」

どうと言われても…

自分はこの国を離れられない。断るのは当たり前なのだが、若干プロポーズめいた言葉にドキドキしてしまった。


(このまま付いていってしまおうかな)

ぽわんと考え、ぶんぶんと顔を横に振る。

自分には大事な家族とこの国を守る使命がある、一時の感情で支配されてはいけない。


考えを振り払おうと首を振ったことで、ティタンは断られたのだとしょんぼりした。

「イヤか…確かに強引な誘い方だったな。君の思いも知らず、急に故郷を離れるように言うなど考えが足りなかった。申し訳ない」

深々と謝罪され、あたふたとミューズはしてしまう。


「いえ、イヤというかなんというか…気持ちは有り難いのですがすみません」

捨てられた子犬のような表情のティタンに慌てふためいた。

一国の王子がこんな感情豊かなんて思いもしなかった。


「初対面の男にこんな事を言われたら戸惑うよな、すまなかった。忘れてくれ」

事後処理を終えた彼の国の騎士達がそばに来る。

「ミユ、また会えるといいな」

そう言うとティタンは手を振り颯爽と行ってしまった。


ミューズは胸にちくちくと痛みを感じ、トボトボと帰路に着くのであった。

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