第9話 クローバー 3/3

 アンナが集めたクローバーは110本。それにディルの見つけた一本を足し合わせて全部で111本だ。


 それを店でバスケットに詰め込むと、暗がりの中にも関わらずその足でディルの友人の家へ向かった。


 友人の家は中流階級が住まうエリア。ディルの身分からすると天と地くらい離れた人のはずだ。


 それでも彼は迷うこともなくどんどんと進んでいく。


 隣家との壁も薄そうな集合住宅が連なっている通りの角にある建物の一階にディルは入っていった。


「おぉーい! ルコラ! 遅くにすまない!」


 ドアをノックしながら中にいる人を呼ぶ。


 少ししてガチャリとドアが開き、中から車椅子に乗った少年らしき人とその母親が出てきた。


 厳密には少年なのか少女なのかは分からない。髪は胸元まで伸びていて、身体はゲッソリと痩せこけていて服すら重たそうだ。


「あ……でぃ……でぃる……」


「ルコラ。見てくれ。四つ葉のクローバー、こんなにあったんだ! これはもう奇跡だよ!」


 ディルが四葉のクローバーを詰めたバスケットを差し出すと、ルコラは全身の力を振り絞って笑みを作る。


「これ……全部? でぃる……あり……がと」


 辿々しくも自分の力で言葉を振り絞る姿には、感動と哀れみの感情を抱く。


 隣りにいるアンナは黙ったまま下を向いている。「奇跡ではなく単に四葉のクローバーを見つけただけです。探索した本数からしても妥当な量かと」みたいな無粋なことを言わないだけでも十分な進歩だ。


「これで……これで……奇跡は起こるから……良くなってくれるよな?」


「うん……よく……なる……よ」


「また前みたいに二人で街中を走り回ったり出来るよな?」


「もちろん……ゲホッゲホッ!」


 そこでルコラは身体をくの字に曲げて大きく咳き込む。それを咄嗟に支えるディルは大商人のお坊ちゃまではなく、友人を慈しむ一人の少年だった。


 二人がいつから仲良しで、どれだけ街中で遊び回り、苦難を乗り越えてきたのかは俺には分からない。


 ルコラの病気のことは何も知らない。


 だから気軽に「良くなる」なんて言うことは出来ない。


 それでも内心で自分に言い聞かせるように祈らずにはいられない。ルコラがディルと、またあの公園で四葉のクローバー探しや駆けっこをして遊べますようにと。


 ◆


 ディルを大きな屋敷まで送り届けた後、オレンジ色の街灯が照らす大通りを歩いてアンナと店に向かう。


「ただの葉っぱです。確率上は一定数発生する奇形の葉っぱ。それをたくさん集めたからといって病気が治るわけありません」


「そりゃあな」


「……と、以前の私なら言っていたのでしょうね」


 アンナの巧妙な前フリに引っかかってしまい、驚いて立ち止まる。


「あの二人の涙を見ていると分かります。葉っぱも花も、誰かのために想いを込めて用意しているからこそ意味深いものになるのだと」


「やっと花屋のスタート地点にきたな。おめでとう」


「ミシェルさん、店に戻ったら『感謝』の意を伝えるための花束を見繕っていただけますか?」


「誰用なんだ?」


「そっ……そんなの言わなくても分かるでしょう?」


 アンナは顔を赤くして一人で歩き出す。


 そんなことまで出来るようになったのか、なんて親のような目線でアンナの成長を噛み締めてしまうのだった。


 ◆


 10年後、いつものように店番をしていると、一人の青年が店先にやってきてハーデンベルギアを大量に注文してくれた。それこそ、店を一ヶ月は閉めてもびくともしないくらいの金額だ。


 どうやら俺の投資は成功したらしい。それも奇跡のような規模で。


 そして、もう一つの奇跡も起こったようだ。


 ハーデンベルギアの花言葉は『奇跡的な再会』なのだから。

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