第7話 クローバー 1/3
今日は珍しく客が来ない。人通りはあるものの、皆遠巻きに花を眺めるだけ。それじゃうちは儲からないのだが。まぁそんな日もある。
「この街の人は、ついに花に飽きたのでしょうか?」
アンナが不吉なことを言い始める。
「うちが潰れたらこの街のプロポーズやお見舞いは寂しいものになるだろうな」
「では今は誰もプロポーズをする相手がおらず、見舞いも不要で健康的な生活を送っていると。良いことですね」
「嫌味かよ……」
「どうやらこれが『暇』ということらしいです」
アンナ、暇の概念を覚える。なんて冗談が言えるくらいにアンナも成長したようだ。
「暇なら俺と話すか?」
「おや? それも仕事のうちかと思っていました」
「お前……意外と辛辣だよな」
アンナとくっちゃべりながら、ボーっと人通りを眺めていると、アンナに小さな男の子が話しかけてきた。本日初の来客。
金髪に小さいながらもネクタイを締めいて、高そうなシャツを着ているので育ちの良さそうな雰囲気を漂わせる。
「おねーちゃん! 四葉のクローバーって置いてない?」
「それは……申し訳ございません。当店にはございません」
アンナはいつもと同じで機械的に対応する。
「そっかぁ……」
男の子は心底残念そうにうなだれる。
アンナは子供が目の前で落ち込んでいるのを見ると慌てふためく。「子供には優しくすべし」と何かの本に書かれていたのかもしれない。優しくすべき対象が落ち込んでしまったのだから、アンナからすれば例外が発生しているのだろう。
「どうしたんだい? クローバーが欲しいのかな?」
俺がヘルプのために近寄ると男の子は「そう!」と目を輝かせる。
「坊や、お名前は? 親御さんは近くにいるの?」
「名前はディル。家はこの近くだから一人で来たんだ」
本人は一人のつもりらしいが、どうも近くには数人の警備らしき人がいる。やんごとない身分の人であることは明らかだ。
「ディル、クローバーならここから真っ直ぐ行ったところにある公園にたくさん生えてるよ」
「あんなところで四つ葉を探すなんて大変だよ。それなら最初から金で解決しろってパパが言ってたんだ」
苦労を知らないクソガキめ、なんて事は言わない。この店はシェブールの中でも一等地に立地している。そこに住んでいるのだから、ディルは金持ちの子供のはずだ。この辺なら貴族ではなく、成金のような商人か何かだろう。
「と……ところでディルは何で四つ葉のクローバーが欲しいんだい?」
「幸運のお守りだから友達にあげたいんだ。病気のりょーよーで引っ越すらしくて、離れ離れになる前にね」
前言撤回。滅茶苦茶いい子だった。
だが、四つ葉のクローバーを探して納品してくれるような人はいない。やっぱり自力で探すべきだろうか。
「病気の療養なのであれば、なんの役にも立たない草より、質の良い枕や替えの衣服、暇つぶし用の書籍等の方が喜ばれるかと」
アンナはいつもの調子。さすがの男の子も「え?」と言ったきり黙りこくってしまう。
「ちなみに……買うとなったらいくらくらい払えるのかな?」
「そんなのはパパと話してよ」
「パパ?」
「ランド。ランド商会って言えばなんでもくれるって言われたよ」
「なっ……」
ランド商会は王家にもコネのある超有力な商人。今後の発注を考えると、恩を売っておくのも悪くない。
なので少々のわがままは聞いてあげても良いだろう。例えば今日はもう店を閉めてクローバー探しに精を出しても良い。
「わ……分かりましたぁ。探しておくのでまた明日来てくださいますか? これから店を閉めて探しますので」
俺の態度の変わりように隣のアンナが驚いた顔で見てくる。これが人間だ、人間の生き様なのだ、と見せつけるしかない。
「ミシェルさん、なぜ私達が探すのですか?」
「そりゃあ……そういうもんだろ」
子供の前で言わせないでほしい。金と権力への忖度が大事なのだと。
「そうなのですか? 四つ葉のクローバーが幸運のお守りになるというのは理解しましたが所詮は植物。植物が幸運をもたらすわけがありません。そもそも運というものは人間が不都合に直面したときに納得させるための詭弁。確率はいずれ収束します。よって、プレゼントとするならば誰が探したか、が付加価値になるのではないでしょうか?」
アンナらしからぬ正論。そんなに店が暇なのだろうか。
「僕も一緒に探せばいいの? じゃあ手伝ってよ」
「はい。かしこまりました。ディル様のお手伝いをさせていただきます。お相手の方、きっと喜びますよ」
あれ? アンナ、ちょっと人間らしくない? というか女心を理解している? いやまぁ見た目は女だから作り主はアンナを女型の人形として作ったはず。だから女としての意識が芽生えたというのも変な話ではないが。
アンナの急な成長っぷりに嬉しさを覚えつつ、公園に向かった。
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