第6話 ストック 3/3

 翌々日、魔法使いギルドから納品されたストックの花を見て俺は頭を抱えた。


「おいおい……まじかよ……」


 花はボロボロ。ところどころ枯れているし、これではとてもじゃないがプロポーズで渡せるような代物ではない。


 箱には『すまん! ミスった!』とだけ走り書きされたメモが貼り付けられているがそれで許される話ではない。


 これは困った事になった。ダンの人生がかかっている日を台無しには出来ない。ひとまずプロポーズ用の花束を見繕って……と考えていると店先が妙にざわついている声が聞こえた。


 慌てて店先に出ると、一人の男らしき人が立っていた。背格好から男だと推測はできるが、その顔は包帯でグルグル巻きにされていてよく見えない。


 どうやらあまりの不審さに周囲の客が怯えていてその声が届いていたようだ。


 アンナは臆さずにその男と立ち話をしている。


「ど……どなたでしょうか?」


「ダン様です。花を受け取りに来られました」


 プロポーズに向けた何かのサプライズの準備なのだろうか。


「あ……その……花なんですが――」


「実はプロポーズはなくなったんだ」


 確かに声はダンのもの。俺が謝罪を口にしようとしたところにダンが話を被せる。


「なくなった? 喧嘩でもしたんですか?」


「いや……実は俺の寝タバコが原因で火事になってさ……顔の火傷が酷いんだ。彼女も俺の素顔を見たら逃げ出したよ」


 そう言ってダンは包帯を取る。昨日今日の話だろうから火傷の跡はまだ固まりきっておらず、包帯にも血が滲んでいる。


 さすがに痛々しくて見ていられず目を逸らす。


 隣りにいるアンナの方を向くと、彼女はダンの顔をまっすぐに見つめていた。


「花が枯れるように美しさも永遠ではありません。ダン様も同じですね」


「おっ……おい!」


 またアンナがデリカシーのないことを言い始める。


「フフッ……そうだよなぁ……ほんと、爺になっても一緒だって言ってたのにさ……老けたら皆しわくちゃで同じだろって言ったのに……『化け物』って言って叫びながら逃げてったよ……あいつ……」


 何も言えずに立ちすくむ。だが、アンナは違った。


「ダン様は化け物ではありません。人間です。ダン様ではなく、私が化け物です。何故なら人の心がないからです。私はここで働いているのに、花を買う人の気持ちが理解できないんです。愛する人のために花を買おうという気持ちがある。そんなダン様は人間ですよ」


 アンナは素直に思ったことを言っただけなのだろう。「化け物というのは人間のことではない」と言いたかっただけ。けれど、それがダンの事を肯定し、彼を救ったように思えた。


「おっ……俺は……」


 傷にしみる事も厭わず、ダンは泣きじゃくる。


「アンナ、中へお連れしてくれ」


「かしこまりました」


 アンナはダンの背中に手を添え、店の奥へゆっくりと誘導した。


 ◆


 ダンに魔法使いギルドから納品された花を見せる。


「すみません……どうも花には魔法が効かなかったようでして……」


 枯れて別物になったストックの花束を見てダンは何を思うのだろう。椅子に座り、呆然と花と向き合っていたダンは小さく頷く。


「花は枯れる。けれど一時は必ず美しいと持て囃される時があるんだよな?」


「はい、仰る通りです」


 言葉が出ない俺に変わってアンナが淡々と答える。


「じゃあ……俺ももういいのかもな。こいつと同じで、もう枯れてしまったんだ。けど、一度は咲き誇った。それで十分かもな」


 ダンを見ていると途端に生きる気力を失った人に見えて少し心配になる。


 アンナは迷わずにダンの手を握り、話し始めた。


「ダン様、貴方は美しいです。外見のみならず中身まで。貴方の全てが美しいと、私はそう思います」


「ふっ……ありがとう。アンナさんにそう言ってもらえるだけで嬉しいよ」


 アンナがこんなに気の利いたことが言えるようになっているなんて驚いた。


「良かったらまたいつでも遊びに来てください。今度お見舞いの花を送りますよ」


「ミシェルさんもありがとう。枯れない花は実現しなかったけど、多分それでいいんだろうな」


「ま……そうですね。枯れてくれないと、こっちは商売あがったりですから」


「ハハハ! 違いない!」


 ダンは最後には笑顔で店を去っていった。アンナと二人で彼の背中を見送る。


 花は持っていなかったが、多分彼の心にはアンナが種を蒔いたはず。後は綺麗な花が咲くことを願うばかりだ。


「そういえば、アンナ。いつからあんな気の利いたことが言えるようになったんだ?」


「気の利いたこと、ですか?」


「あれだよ。『外見だけじゃなくて中身も美しい』ってやつ」


「あぁ……あれはダン様の受け売りです。以前来店された時に言われたのです。『私の中身は機械と油です』と答えると『この台詞で喜ばなかったのは君が初めてだ』と言われたので、人間はあの台詞で喜ぶものと理解しています」


「まぁ……大きく外れてはないかな」


 アンナ自身がそう思ったわけではなかったらしい。それでも、学習して場面毎に適切な言葉が選べればそれはもう十分に人間なのではないか。


 俺だってそうやって学習して言葉を選ぶようになったのだから、アンナだって同じはずだ。


 ◆


 それから数年後、ダンは盲目の女性を連れて二人で来店。


 見た目を気にせず、香りの良い花を二人で仲睦まじく選んでいたのはまた別のお話。

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