怪獣

久田高一

怪獣

 雲一つない快晴が広がるのどかな日曜日、街から離れた小高い丘を目がけて、何かが突然降ってきた。空の上のほうにあるときは米粒ほどの大きさだったそれは、近づくにつれてどんどん巨大になり、とてつもない地響きを起こして着地した。

 人々が見守るなか、立ち昇った砂煙をかき分けて現れたのは2体の怪獣だった。怪獣たちはティラノサウルスを大きくしたような姿で、片方にはするどい角が生えている。怪獣たちは血走った目をぎょろぎょろさせながら、恐ろしい雄叫びを上げた。

 「わあ!大変だ!こっちにくる前に逃げないといけないぞお!」

それまでぽかんとしていた群衆の中から、誰かの声があがった。それを口火に、人々は急いで丘の反対側に逃げ始める。怪獣たちはそうやって右往左往している人間たちを見とめ、大きな口を開けて走り出した。

 すぐに、通報を受けた軍隊の戦車が駆けつけてきた。隊長が群衆に呼び掛ける。

「みなさん、落ち着いて、できるだけ急いで私達の後ろに隠れてください!これから砲撃を開始します!」

 運のいいことに怪獣たちの足は遅かった。だから、怪獣たちが街に足を踏み入れるころには、市民の避難を済ませることができていた。

 「撃てぇ!」

 隊長の合図で、どーんどーんと轟音が響き渡る。砲弾は確かに当たった。だが、怪獣はどちらもけろりとしている。

「隊長!ダメです。やつらに傷をつけることができません!」

「うるさい!とにかく撃ち続けろ!それ以外に我々にできることはないんだぞ!」

 止まない砲撃にうんざりしてきたのか、角の生えたほうの怪獣がまた雄叫びを上げ、踵を返した。もう一方もその後を着いていく。

「やった!やつら逃げていくようですよ!」

「馬鹿者!次にもっと大きな街にでも行かれてみろ。大惨事だ!」

 そうしてヘリコプター部隊が投入され、怪獣の後を追うことになった。怪獣たちははじめに落ちてきた丘を目指しているようだ。ヘリコプターに乗った隊員たちが双眼鏡を眼に押し当てながら言う。

「あっ。あいつら丘のてっぺんで寝そべり始めたぞ」

「ひとまず人のいないところに行ってよかったな。このまま昼寝してくれればこちらの体勢を整えることもできる」

「いや、違う。昼寝じゃない。あいつら交尾を始めやがった!」

 その知らせはすぐさま本部に伝えられ、本部から生物学者のサトウ博士に伝えられた。サトウ博士を乗せたヘリコプターが大慌てで丘に到着するやいなや、角のないほうの怪獣は卵を産んだ。すると、卵にみるみるうちにヒビが入り始めた。ヘリコプターの中で博士が絶叫する。

「なんて繁殖力だ…。もうすぐにでも子どもが生まれそうじゃないか。このままではあっという間に地球は怪獣に支配されてしまう!」

「博士、どうしましょう」

「繁殖をとめるにはやつらを駆除するしかない。しかし、それもできない。電気柵で丘を覆うには時間が足りないし…」

「博士!生まれてしまいましたよ!」

 3匹目が現れたことで軍隊は、いや、軍隊だけではない、ヘリコプターからの中継映像をテレビで見守っていた全市民が完全にパニックに陥っていた。しかしパニックはそう長続きしない。人々はこれから始まるであろう惨劇が回避できないものであることを悟った。

 誰もがもはやこれまで、現実を受け入れる覚悟をしたとき、また丘を目がけて、何かが降ってきた。着地したそれはうす灰色の大きな檻で、3匹の怪獣をすっかり捕まえてくれている。檻は怪獣が噛みついてもびくともしない。

 おそるおそる檻に近づいた軍隊の前に、今度はぴかぴか光る銀色の楕円形が降りてきた。着陸した楕円形の一部が開き、中からぴったりとした宇宙服に身を包んだ、1つ目で青い肌の宇宙人が降りて来る。宇宙人は軍隊に向けてこう言った。

「地球の皆さん、突然の来訪失礼いたします。私は、宇宙環境保全委員会のものです。ガル星人の大馬鹿者が、地球へ生態系を破壊するおそれのある生物を放したとの通報があったので、回収に来ました」

「なに、それは本当ですか。やったぁこれで地球は救われたぞ。あなたは地球の恩人だ。ありがとうございます。感謝してもしきれない」

 人々は歓喜に湧き、宇宙人の手を取り感謝を述べた。宇宙人は

「いえいえ。仕事をこなしたまでです」

と謙遜しながらも、その1つ目を細め、得意になっているようだった。

 そのとき、丘を目がけて何かが降ってきた。見ればまたまた怪獣である。全部で5匹いた。

 もはやあっけに取られるしかない人々をよそに、宇宙人はすかさず腰から光線銃を抜き、次々に怪獣に当てる。光線が当たった怪獣は全て地に伏せ死んでしまったようである。宇宙人は胸をなで下ろしている地球人に振り向き、苦々しい表情でこう言った。

「ガル星人のやつら、1匹放してしまえば後は何匹放しても同じだろうと、地球に向けて次々と宇宙生物を逃がし始めたようです」

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怪獣 久田高一 @kouichikuda

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