カウント
海音
第1話 カウントダウン
「やめろ!」
そう叫ぶ理由はただ一つ
目に前に今まさに飛び降りようとしたクラスメイトがいるからだ。どうしてこんな状況になったのかほんの30分もしない程前のことをうまく説明できそうにない。
「忘れ物ー」
放課後、独り呟きながら教室のドアを開ける。当然誰もいない。
ぶーぶー。
スマホのバイブ音が鳴り響く、誰もいないせいかやけに大きく聞こえた気がした。
その音は自分のじゃない机の中から聞こえてきた。きっと他の誰かの忘れ物だろうと思ったが、気になって音のする引き出しに手を突っ込む。
予想通りにスマホがあった
"カウントダウン 残り0日"
アプリの通知だった。
「女の子のスマホ勝手に見ちゃダメだよー」
後ろから急に声が聞こえてきて反射的に振り返ると、スマホの持ち主であろうクラスメイトの七瀬咲希(ななせさき)が立っていた。
七瀬は僕からスマホを取り上げると画面を見て言った
「あー、見られちゃったか」
「ご..ごめん」
「えっーと.. 夏樹颯(なつきはやて)君だよね。別に良いよ、気にしないで」
そう言いながら七瀬は数歩僕に近づいて背伸びをして耳打ちをする
「そのかわり、ちょっとだけ付き合って」
「予定あるから....」
「じゃあ私のスマホ勝手に見たってみんなに言いふらしちゃうよ?」
断ろうとする僕を遮るように言う
「良いの?」
追い討ちをかける言葉にしぶしぶOKをだした。
「じゃあ行こっか」
二人は歩き始める
「どこいくの?」
「内緒」
「ついたよ」
「ここ?」
「うん」
今二人が立っているのは橋の上。ここでなにをするのか全く想像がつかなかった。それもこの橋はほとんど人も通らない場所だ。
「私の秘密を知ったからには見届けてね」
七瀬はそう言うと橋の欄干に乗って立ち上がった。
「私今から死ぬから、その目で私の最期を見てなさい」
七瀬の体が重力の意のままに橋の外側に倒れていく、その光景がアニメのようにスローモーションで見えた。気がつくと僕は彼女の手首を掴んで叫んでいた。
「どうして止めるの?」
「どうしてって...そりゃ止めるだろ」
理由を訊かれた僕はうまい答えが出てこなかった。
「私はもう良いの」
そう言って僕の手を振り解こうとする
「ダメだ!」
強い口調と共に握る力を強くする。男子高校生の力に華奢な女子高生が勝てるわけもなく。あっけなく制止される。
「生きたら良いことあるの?」
目を丸くして言う
「...それは..いっぱいあるだろ」
「例えば?」
「友達と遊んだり、美味いもん食べたり..ゲームしたり.....」
「そんなことどうでも良いくらいに死にたくなったら?」
「じゃあ実際やってみようぜ」
何を答えてもまた訊き返されると思い、無理矢理話を変えた。
七瀬を引っ張って歩き出した
「やだ!離して!」
七瀬が大きい声を出して、僕は思わず足を止めた。
「..ちょっとだけ待って」
かなり息を切らしていた。
呼吸を整えると七瀬は後ろを向いた
また飛び降りようとするのかと思い手を伸ばした時だった。
七瀬がその場にしゃがみ込んだ。両手で顔を隠すように覆って嗚咽している。
状況が飲み込めずにその場に立ち尽くす。
数分後。
「じゃあ行こっかっ!」
さっきまでの七瀬が別人だったかのように彼女はいつも通りの七瀬咲希に戻ったのだ。頭の理解が追いつかないまま僕は七瀬と歩いた。
「ねーねー、私あれ食べる」
七瀬が指差したのは定食屋さんだった。
お店に入ると店員さんが笑顔で席に案内してくれた
「こちらお水でございます」
二人分の水を置いて去っていく
「私これ」
七瀬はメニュー表を指差して言う
テーブルの横にあるタブレットを操作して注文をする。
しばらくして
「ご注文の商品をお持ちしました」
店員さんが七瀬の焼肉定食と僕のハンバーグ定食をテーブルに並べて置いた
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
お礼を言ってテーブルの端にある箸を二人分取って一膳七瀬に渡す
「ありがと」
七瀬は箸を受け取って、さっそく食べ始める
「七瀬、なんで死のうとした?」
僕は話を切り出した。
「もー、そんなことどうでも良くない?」
七瀬は箸を止めて僕の方を一瞬見てそう言うとまた箸を動かし始める。
「お前、自分が何したか分かってんの?」
「どうしたの?急に怖い口調で」
今度は箸を止めず、口をもぐもぐさせながら答えた。
「お前..」
「それ以上この話を続けたら今すぐここを飛び出して飛び降りるよ」
七瀬は声のトーン低くして、じっと僕の方を見て言い放つ。
何も言えずに数秒経つと
「なんてねっ」
七瀬はにこっと舌を出して笑った。
「う..うん」
腑に落ちないながらもなんとか言葉を呑み込んで自分の定食を食べ始める。
「そろそろ帰るか?」
「そだね」
立ち上がってレジに向かうと
「ごちになります!」
「まあ良いよ」
「えっ!?本当?!ありがとう!!」
冗談だと分かっていた、でも最初から奢るつもりだったからそれに乗って財布から二人分のお金を取り出す。
電車に乗って端っこの席に僕、隣に七瀬が座った。
電車が走り出してほんの少し経った頃、肩に七瀬が寄りかかってきた
横見ると、気持ち良さそうに眠っていた。
アナウンスで自宅の最寄り駅の名前が流れると僕は七瀬の肩を軽く揺らして起こした
「あ..ありがとう」
まだ寝ぼけているのか少し覚束無い足取りで電車を降りる。
「家まで送るよ」
「もう夜遅いし、申し訳ないよ」
「飯代奢らせたやつのセリフじゃねーよ」
そう言って半ば無理矢理ついて行った。
家の前に着くと
「今日はありがとね」
「一つだけ僕のお願いをきいてくれない?」
「内容によるかなー」
「あと100日だけ生きてくれないか?その間にお前が生きたいって思えるように頑張るから、時間をください」
僕は目上の人に懇願するかのような頭を下げた。
「どうしてそこまでするの?」
「もう周りの人が死ぬのは嫌なんだ」
「そっか、良いよ。あと100日生きてあげる」
七瀬はスマホを取り出して僕が放課後見たカウントダウンのアプリを開いく
「はい」
差し出された画面を見ると
"カウントダウン 残り100日"
と表示されていた。
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