第13話

さてと、いきなり高血圧少年という役が回ってきたのだが、一体どうやって演技したらいいのかね。

 そもそもなにゆえそんな設定にしたのか。脚本家に台本を投げつけたい気分だ。

 まぁ、そんなに気負うことなく、いつも関わっている変な奴と接するように対応すればいいだけか。ここは気楽にやるのが吉だろう。

舞台に立つようなことを言ったが、俺は役者でも、芸人でもない。楽しませる義理はないのだから。

 扉をノックする音がし、「開いてるわ」と、牧之瀬天恵が入室を促す。

 来訪者は失礼しますと一言添えてから、入室しようとしていた。

 あれ?

 俺はこの対応に違和感を感じた。あまりに常識的なやりとりだったからだ。至ってまともな対応なのに逆に拍子抜けしてしまった。

 もしかして、まとも人物なのか?いや、まだ油断してはいけない。受け答えがまともでも、扉を開けると奇抜な恰好をした人物が、奇怪な行動をするかもしれん。とにかくまだ気を抜いていい時間帯ではない。心の引き締めを待ち構えていると扉がゆっくり開かれて

いく。

俺は様々なシュミレーションを構築して部屋に迎え入れる。 ゆっくりと扉開けて、入ってきたのは普通じゃない人物だった。こう表現すると誤解を招く恐れがあるかもしれないが、これはいい意味で普通じゃない人物という意味だ。回りくどい言い方になってしまったが、わかりやすくいうと、天恵が友人だと主張するその人物はとても美しい容姿を持つ女性だったからだ。

 白衣を着用しているので医者か医大生なのだろうが、看護師といわれたほうが納得する母性を醸し出している。

 なによりも胸が大きいし。おっと偏った味方をしてしまったが許してくれ。

 気づかれないように、隣の天恵を一瞥する。同じ白衣なのに片やコスプレ、片やドラマ撮影中の女優くらいの差が見えるのは単純に役者の差だろう。

 別に、こいつのルックスが悪いわけではない。ただ、いかんせん幼い顔立ちと体形のせいか白衣と相性が良くないというだけだ。

うん。天恵は可愛いくて、美人だ。お前にはお前の良さがある。だから、気を落とすな。競わずに持ち味を活かせ。

 そういえばここでは関係ないが、この前救出した高鈴文音ちゃんが成長したらこのような進化を遂げるかもしれない。彼女も気絶した姿と、写真でしか見てないながら小学生にしてはすでに中々美貌を誇り、さらなる将来の期待性を感じさせるものを持っていたからな。

 っと……くだらないことを考えてないで、挨拶をせねば。じゃないとこちらが変人扱いされてしまう。


 「初めまして、郷田源太郎といいます。牧之瀬天恵さんには日頃お世話になっております。今日は自分のために病院の一室をお借しいただきありがとうございます」


 自分的にはかなり丁寧に頭を下げ挨拶したつもりだったが、それ以上に彼女は丁寧に姿勢もよく頭を下げ、 「いえいえ。こちらこそどうも初めまして。私、牧之瀬天恵の友人の朱野燐と申します。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


かなりしっかりした挨拶返された。友人を名乗るどっかの誰かさんとは大違いと感じるのはいうまでもないだろう。


 予想に反して、あまりにも常識人的な対応に拍子抜けどころか腰を抜かしそうになった。けど、じっくりみるとまぁ、やっぱり人間ってのは同じ頭脳レベルってだけじゃなく、容姿のレベルも同水準で引かれ合うもんなのかね。普段の言動からついつい忘れがちだが、こいつも一応高レベルの容姿と能力を持っていることを再認識する。

 ただ、忘れるのも無理もないと自己弁護させていただきたい。あまりにもマイナスの面が大きすぎるからだ。

 クラスメイトを無断で人体実験し、あまつさえ、貴重な青春時代の休日を検査へと使わせる等書ききれない悪行が枚挙に暇がないのだから。

 逆に、彼女の情報は全くなく、第一印象等しか判断材料しかないが、多分彼女は害を与えるような人物ではないだろう。むしろ、利益なんかを振りまきそうな人物の可能性のほうが高そうだ。

 そんな彼女がなぜか俺に対して、苦笑いの表情を浮かべていたので、とても困惑している。


 「自分なにか朱野さんの気に障るようことをしましたか?」


 彼女の美しさなどで見惚れてた、俺を気遣ってかワンテンポの間を開けて朱野さんが苦笑い気味に問いかける。


 「思わず敬語で返しちゃったけど。なんで敬語なの?」


 天恵の検査結果では、俺は正常(?)なはずだ。自信は持てないが、少なくとも自覚症状はない。

 なにかおかしな対応だっただろうか。年上相手に敬語を使うの常識なはずだ。


 「あんた勘違いしてると思うけど、私達と同い年よ。この前話したでしょ。そいつが日本人初の未成年女性医師よ」

 

 「嘘っ!?」


 牧之瀬天恵の機械音声のように発せられた冷淡な一言に反応して、驚きのあまりここが病院だという事を忘れて思わず大声を出してしま

った。もしこれが、普通の院内なら患者の刺さるような視線と看護師の注意が飛んでくるところだ。


 「本当よ」


 彼女はコクリと頷いた。強要するように回答を急かすな。彼女の美しい顔が哀しみに歪んでしまったらどうする。


 「でも、め……牧之瀬さんそれを言っちゃまずくない? 本人は知られたくないはずじゃ……」


 憐れな貧乏少年の設定を崩さず、弱気な丁寧な喋りを貫いているが、襟首掴んで外に引きずり出したあと、人目の少ない場所で胸倉に掴み直したあと、罵詈雑言を怒声で投げつけたい心境だ。

 なにこいつ平然とバラしてるの? あとなんで急に不機嫌なの?


 「いいのよ。別に。どうせあんたしかいないんだし。それにあんたも他人に言いふらすようなバカなマネはしないでしょ」


 「そりゃそうだけど……」


 「ならいいじゃない」


 こいつ悪魔だ。いいや、悪魔という表現すら生ぬるい。それほどの畜生行為だ。一部とはいえ、天使の天という文字を付けてくれた両親が聞いたら泣くレベルだぞ。

 そして、いまさらなんだが、俺がこいつの子分的な気分を味わうようなこのやりとりホントヤダ。


 「けど、彼女の言う通り誰にも言いません。自分で言うのもなんですが、口は固いので」


 不安に怯える彼女に自分なりの優しい笑顔を向けて精一杯のフォローする。


 「そうよ。だからこの世の終わりみたいな顔をするのはやめなさい」


 サイコスプレイヤーは黙ってろ。そんな態度だと、今固いと宣言した俺の口が突然ヘリウムのように軽くなって、お前の秘密をバラすぞ。


 「うん。大丈夫よ。あの天恵がこんなに気兼ねなく会話してるんだもん。私はあなたを信じるわ」

 

 「そう言ってくれると助かります。あと、さっきは突然大声を出してしまいすいません。いやーでもまさか、こんなにもお美しくて頭脳も優れていて、なおかつ自分と同じ年齢とは。いやはや、神様ってのは本当に気まぐれですね」


 心の底からそう思う。さらに付け加えるなら口には出さなかったものの、性格も聖人級と来ている。しかし、悪魔が俺に天使を引き合わせる役割を担うとは。サンキュー天恵。感謝してもしきれないぜ。マジで。もしかしたら、もしかするかもしれないからな。


 俺が送った讃辞に、「そ、そんなことないよ……あと敬語はやめて。呼び捨てでいいから」

 照れた様子で、白衣の裾を掴んで、もじもじしている。

 なんだこの愛らしいリアクションは。その姿はなんとも悶え苦しみそうなほどの愛くるしさを発揮していた。

彼女をさきほど天使と称したが、どうやら違ったようだ。彼女は女神だ。全く穢れを知らないような、純粋な女神。

 これだよ。これ。俺が求めていた青春的休日の過ごし方は。同年代の女子とキャッキャウフフな展開。これが望んでいた休日であり、学生生活だ。ここが病院で彼女と二人きりだったら、文句なしなのだが、現状はこれで充分満足だ。


 「なにデレデレ鼻の下伸ばしてるの? ニヤケ面キモいわよ」


 また、いらん邪魔が入りやがった。俺達の会話という精神面だけでなく、物理的に身体ごと割り込む天恵。顔が俺に、やけに近い。やっぱこいつ顔はいいな。再確認はできたから離れていいぞ。


 「それよりどうでもいいけど何の用? こっちはただでさえ忙しいのに休日も潰して、こいつの不養生のせいで時間を潰してるの。だから用があるなら、早く言って。帰って溜まった家事も片づけなきゃならないの。寛大なあたしでも怒るわよ」

 

 早口で、怒りか興奮のせいか赤くなった自分の顔を素早く俺から離し、なぜか架空の人物の話を始めた。

 こいつがまともに家事をやっているのを見たことがない。こいつの家事の七、八割は現在俺が担当しているといっても過言ではないし、

 寛大な人物は俺と天恵どちらとも当てはまらないので、一体誰の話をしてるのだろうかね。


 「あっ、ごめんね。話したいことがあってね……えっとね……」


 朱野さんは言葉が詰まらせた。なにか女子特有の言いづらい内容だろうか。という紳士的な配慮の心と同時に、恥じらいの仕草をもう少し見ていたという葛藤からか、言葉をかけるのに躊躇してると、またも予期せぬ単語が爆弾のように放り込まれた。

 

放りこんだのはもちろん牧之瀬天恵だ。


 「あーもしかして、夢の研究に関すること?」


言葉が上手く出ない、彼女に助け舟を出すかと、思いきやとんでもない爆弾を投下しやがった。先ほど医者だと暴露されたときよりも数段上の焦りようであるのは明らかであった。戸惑う朱野さんの姿がそこにあった。こんなテンパリ具合を見ると患者の命が救えるのかと心配するくらいの慌てぶりを見ると、ちょっと心配になりそうだったが、天才とはいえ新人なので無理はないのかもしれない。それにこのような状況に立たされたら、どんな冷静沈着な人間でも、眉のひとつくらい動かすくらいの動揺は見せるだろう。

 なにせ、絶対に漏らしてはいけない秘密なのだから。


 「それはっ! えっと……」


 「心配しなくても大丈夫。こいつは信じてもないし。前に話したら鼻で笑われたから。それに詳しいことはなんも知らないし、知ったところでなんも出来やしないわ」


 ピノキオだったら、伸びた鼻が十畳ほどあるこの部屋の隅から隅まで届くくらいの質と量の嘘を、よくもまぁこうスラスラつけるもんだね。科学者ってのは詐欺師の勉強もしてるのかと、思いたくなる。たまにトンデモナイ科学暴論が世間を席巻するので、ついついそんな考えが浮かんでしまう。


 「まぁ、そうだよね。悪用の心配もないしね。音が聞けるってだけじゃなんもできないもんね。それにまだ不完全みたいだし」


 こいつすでに別の嘘もついてやがるのか。

 ただ、この嘘はなんらかの意図があるのかもしれん。意味ありげにこちらにアイコンタクトを送ってきたからな。とはいえ凡人の俺には

天才の思考が全く読めん。

 嘘をつくくらいなら、全て情報を隠せばいいだろうに。


 「で? その不完全な研究を完全にできるものでも持ってきたの?」

 

 嫁が姑をいびっているような構図にしか見えない。

なんで、こいつは時に人の好意を無下に扱うのだろうか。そもそも本当に友達なのだろうか? という疑いすらおぼえた。この病院は朱野さんの父親が経営してるか

ら、貸してもらえるといってたが、実は彼女の父親の秘密の一つや、二つを握って脅しているのではないのかと勘ぐってしまいそうになる。

 朱野はたじろぎながらも、「うん。多分、かなり貢献できる情報だと思う。だから天恵にどうしても伝えたくって。あっ、そのためにも紹介したい人がいるんだけどいいかな? 今回のことに関係あるの」

 

 ええ娘や。この娘はええ娘や。思わず賞賛の声が関西弁になるくらい俺は感動していた。外面だけでなく内面もいいなんて。

 最悪俺の秘密がバレてしまってもいいとさえ思えるくらいの感動だ。


 「もしかしたら二人とも知ってるかもしれない人なんだけど」


 俺らも知ってる人? となると芸能人やら有名人かなにかか? 


 「不安に思うかもしれないけど、心配しないで。身内だから。っていっても小学六年生の従妹なんだけど」


 思考読まれたかのように先回りされてしまった。


 「なんだそりゃよかった」


 色んな意味で。小学生なら他人に言いふらしたところで、どうとでも誤魔化せるし、彼女の親戚なら問題なさそうだろう。


 「別に俺は構わないが」


 俺は特に異論はない。問題はもう一人の寛大で慈悲深いコスプレ女が応じるかどうかだ。とりあえずアイコンタクトで様子見る。


 「牧之瀬さんはよろしいのでしょうか?」


 「あ、もしかして用事ある? ちょっと源太郎にお願いがあって・・・・・・」


 なんだこの仲良くなるために用意されたイベントは。というかもう結構仲良くなってるかもしれない。下の名前で呼んでいるから。そんな童貞くさい思考をしてまうくらい舞い上がっていた。こんな甘いフラグは罠でも構わない。


正式に話を振る前に、 「別にっ! 勝手にすればっ! ここあたしの病院じゃないしっ!」


 大変ご立腹であるマッドサイエンティスト兼サイコスプレイヤーさんの承諾を得た。なので、問題ないだろう。


 「じゃあ呼ぶね」


 「おう」


 朱野は首から下げていたPHS(病院内で使う携帯電話)を取り出し、耳に当て会話を始める。


彼女と従妹さんが会話を始めるのを確認すると、天恵が耳元で小さな声で、 「なんだよ。今彼女の豊満な胸元にあったPHSの気持ちを四十字以内で考えようとしていたところなのに」


 「くだらない事考えてるんじゃないのっ! そういえば。あんたは帰らなくてもいいの? 無理しなくてもいいのよ。帰りたがってたんだし」

 

「なんで帰る必要があるんですか? 牧之瀬さん。それに俺と朱野はもう友達なんで、友達を待ってるだけなんで。彼女も問題言わなかったし、別段問題はないのでしょうし、ここは彼女のお父さんが経営する病院です。彼女のお父さんもしくは、彼女にそういった権利があ

るのですよ?」 

 

 「その敬語やめなさいよ。なんかこう……嫌なのっ!」


 俺が長々と理路整然とここに残る道理を説く。それを子猿のように顔を赤らめ、ムキッーと歯を食いしばり天恵は怒りを露わにしていた。さっきとはわずかながらに違う紅潮にひるみながらも俺は引くつもりはない。まだ連絡先も聞いてないのだから。


 「それに医者である彼女と仲良くなれば、大変お忙しい牧之瀬さんの負担を軽減できると思うので、得策かと」


 牧之瀬天恵はなにも言い返せず。ふんっと鼻息を荒く鳴らしたあと、押し黙って俯いた。

俺が悪いことしたみたいになっているが、俺に非はない。勝手にお前が設定したキャラ通りに俺は動いているのだから、恨むなら、自分の脚本能力とアドリブ能力の無さを恨め。


 「すぐ来るって」


 俺達が小声でくだらない小競り合いをしてるわずかな時間に、彼女も連絡を取り終えたようで、すぐに件の従妹さんがここに到着するそうだ。ちょっと緊張するかと思いきやそんな時間もなかった。

 先ほど彼女が入って来た時と同様に、ナースコールのような電子音が連絡をしてからすぐに、部屋に鳴り響いたからだ。

もしかしたら、出口付近で待機していたのかもしれない。

 すぐさま彼女が白衣をパタパタとはためかせ、天恵と同様に扉の開閉を操作するインターフォンに駆け寄りロックを解除する。

 彼女の身内ということは血の繋がりあるということ。イコール美人だという公式と解を弾き出すのに、頭の血の巡りの悪い俺でもそう時間はかからなかった。

 一体どんな美少女なのだろうか。単純に好奇心が刺激される。

 ノックの後「失礼します」と声がはっきりと聞こえたが、全く聞き覚えのない声。まだ予想を立てるのには早計かもしれないが、どうやら芸能人ではないようだ。

  透き通るような白い肌をした手がまず先に入って来た。目を奪われるような美しい手だ。

 遅れて人の第一印象を大きく左右させる顔が目に入ってくる。

 素顔が入ってくると、俺は――いや俺達は二人は釘づけになると同時に驚愕した。

 なぜ大袈裟な表現をつかったのかというと、彼女が予想以上に大人びた美少女だったからではない。

 燐と血の繋がりもあってか、やはり美しい少女で、見た目は俺達と同じ高校一年生か一つ下に見えるくらいに見えた。あと、数年成長すれば朱野燐のような美人に進化を遂げるだろう。

 そんなことはこのさいどうでもいい。朱野燐が言ったは知っているかもしれないと言った。おそらくニュースでという意味だろうが、俺らは知っているどころか会っているし、俺と天恵は触っている。なによりも彼女の夢を視た。彼女は知らないし、覚えていないだろうが、こっちは忘れるもんか。

 その特徴的で珍しい青いヒマワリの髪留めをつけているのが、見える。それでもう決定的な証拠なのだが、念を押すように、彼女はこう名乗った。


 「初めまして。高鈴文音です」

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