ギルドの犬からホワイト魔王軍の次期魔王に転職しました。

朝陽うさぎ

第1話 ロウル、スパイになる。

「なんだこの報告書は? お前はこんな幼稚な文章しか書けないのか!?」


 頭がやや禿げ上がった上司の口から唾が飛ぶ。

 ちょっと汚い。


「お前は俺の仕事を増やすしか能がないのか?なあ? おい、聞いてんのかっ!?」


 毎度毎度同じ説教を浴びながら、体に染みついた台詞を棒読みで吐き出す。最低限の謝罪の単語は言っておかなければ、後々面倒になる。


「はい、すみません。以後気をつけます」


「謝ればいいとでも思ってんのか!?」


 光を反射している上司の頭が赤くなり、怒りに任せてデスクを叩く。書類の山が崩れて落ちた。


「もういい、俺は上がる。残った書類、全部まとめておけ! 上司命令だからな!」


 そう吐き捨てるとカバンを掴み退勤した。

 薄暗い事務所には、俺とさっき崩れた書類の山が残っただけ。そこを同僚たちが通りかかる。

 

「まーたロウルがやらかしたのか? スライムの方がよっぽど仕事ができるな」


 誰かがそう言うと、どっと笑いが上がる。

 じゃあなーとか、お先にとか、飲み行こうぜとか言って賑やかに帰っていった。


 急に静まったせいか、耳の奥がキーンと響く。ため息を吐きながら残業の処理を始める。

 俺だって、こんな状況を望んだわけじゃない。本当はパーティを組んで魔物討伐をしたかった。

 でも、俺にそんな体力や特別なスキルもなく、仕方なくこのギルドに就職した。

 ギルドは主に、冒険者に魔物討伐のミッション紹介の仲介、ミッションに対する報酬の支払いから、市役所の役割も果たす。

 月給もまあまあ良かったので応募し、トントン拍子で就職し、今に至る。


 午後11時。既に受付窓口は閉まっていて、この建物にいるのは俺1人。眠気覚ましの栄養剤を流し込み、マメやタコだらけの分厚い手で作業を進めた。




「やっと終わったぁぁ〜……」


 日にちが変わって、一通り処理は終了した。

 時計を見ると、午前1時。魔物も寝静まって、帰路はそんなに危険じゃないだろう、一旦帰宅することにした。



「はぁぁ〜……、づがれ゛だぁ……」


 家に着いてベッドに直行してしまった。本当はシャワーを浴びて着替えたいが、このところ残業続きのため体が重たい。長時間泳いだ後みたいだ。眠気を抑えられず、うとうとしてそのまま眠ってしまった……。



 翌日。


「……は?」


 上司が放った一言に呆然とする。頭は冴えてるが、意味を理解するのに時間がかかってしまった。


「もう一度言うぞ。ロウル、お前に魔王軍の内部調査を任せる。鳩でも分かる言葉言うなら、スパイだ」


スパイ……、は?

いやいやいや、何を言ってるんだ、この人は。俺はギルドの普通の職員で、普通にパワハラを受けて、普通に生きてるただの男で……。


「国からの指示だ。この国の北に魔物が住み着く城がある。そこに1番近いギルドの職員が派遣される」


「いや、ちょっと待ってください! なんで俺が」


俺の言葉を遮って上司が嫌味を交えて言う。


「本当は俺もお前を手放したくないんだが、国の意向だ。しょうがないだろう?」


上司の口元が歪んだのを、俺は見逃さなかった。周りを見ると、他の職員がこっちを見てクスクス笑っている。


俺は悟った。


こいつらは魔物以下のクズだと。





それからどのようなやりとりをしたのか、記憶になかった。ぼんやりとだが、何も感じず、無口で手続きを進めていったと思う。


その後ギルドには足を運ばず、スパイ宣言をされた翌々日に魔王の城に行った。

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