第4話 引き合わせの夜想曲4 sideR
ネクタイを緩め、冬空を仰ぎ見ると、首元からぐっと冷やされる。頭の中がすっきりしたような錯覚に陥る。なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう、今も昔も変わらず、そういった後悔ばかりだった。
彼女との再会は、本来ならすべきではなかったのかもしれない。けれども、これは過去の自分自身に対する清算のためだ、と無理矢理こじつけた言い訳を考える。自問自答しているのは、先程、その悩みの種となっている天音を送り届けた庵原凛太朗だ。
凛太郎にとって、天音は、人生の指南者であり、初恋の相手でもあった。そんな彼女と疎遠になったきっかけは、実のところ、諏訪昴も一枚噛んでいるのだ。凛太郎と昴、数年が経過し、日本に戻って来た天音、この3人が再び出会ってしまったことでまた人生がガラリと変わってしまうだろうとそれぞれは予期したことだろう。
凛太朗が胸ポケットからスマートフォンを出し、迎えを要求するメッセージと位置情報を同僚である乃木に送信する。
目に入ったコンビニを目指して歩き出すと、手に持ったままのスマートフォンが震える。彼はすぐに視線を落とし、画面の表示を確認する。予測した通り、今送ったばかりのメッセージの返信、了承の連絡であった。そして、それと同時にもう一件、連絡が入っていた。
『一発ヤったか。』
そんな内容の連絡を送ってきたのは、巽だ。彼もまた、同僚であり、先刻まで一緒にいた男だ。巽は、昴と凛太郎が、店で1人の女を見つけ、2人して姿を消したのが、気になって仕方がなかったのだ。
下品な男だと、凛太朗はうんざりする。彼女に対し、他人がそんな一言で済ませるような行為については、考えたくなかった。凛太朗も男であるので、そういう考えが今までなかったわけではないが、それを文字に起こされると、胸の内がざわつき、気持ちの悪い感情が生まれる。
無視をしていればもっと厭らしい内容が送られてくるんじゃないかと予期する。巽は、そんな男だ。早めに弁解の意味を込めて、メッセージを送信するために、内容を考える。しかしながら、天音との関係をはっきりと明かそうとは思わないのも事実。
『彼女は、久しぶりにあった妹みたいな存在だから、それはない。』
天音と出会って間もない小学生の頃、“凛太朗も私が守ってあげる。弟みたいだもん。”その言葉を代用したのだ。
今思い返せば、この言葉は、いつしかしっくりこなくなっていた。2人はお互いに追いかけ合っていた。
それは、まるで仲の良い双子のようだった。常に一緒で、片方が欠けると不安になった。あの頃が、一番楽しくて、苦しくて、そして、ちゃんと生きていた。
『つまんねぇ男だな。』
すぐにそんな返信が来たのを確認し、再び、胸ポケットに入れる。どうやら巽の二人に対する興味は、凛太朗の言葉で削がれたらしい。送信した位置情報から最寄りのコンビニに到着しても、まだ乃木が到着していないようだったので、店内に入りホットコーヒーを二人分注文し、1杯は、紙袋に入れ、もう1杯は、手に持つ。
店の外に出ると、乃木の運転する車が車道から曲がってくるところだった。堂々と店の前に停車するとすぐに運転席から乃木が降りてくる。
「すみません。お待たせしてしまって。」
そう言って頭を下げる。
「いや、俺がどこ行くか事前に言わなかったからだ、気にすんな。はい。」
凛太朗が手に持っていた紙袋を乃木に差し出すと、乃木は驚いた顔をする。
「えっと、ゴミですか。」
「それ、お前のブラック。寒いだろ。車乗るぞ。」
そう言い、すぐに自ら後部座席のドアを開け、乗り込む。
「すみません。お気遣いありがとうございます。」
車の外から大きな声でそう言うと、乃木はすぐに運転席に座り、シフトレバーをドライブに入れる。
「もう自宅に戻られますか。それとも事務所の方に……」
「家。」
「わかりました。」
ゆっくりと滑らかな動きでコンビニを出ると、そのまま、凛太朗の住むS区のマンションへと向かう。ここから車で十数分程度の距離だ。
「先ほどは、何をされていたんですか。」
「詮索するな。そんなに聞きたいなら昴に聞いてくれ。」
「出過ぎた真似をしてすみません。」
それから到着するまでは、互いに言葉を交わすことはなかった。乃木は、巽と違い、日常会話の一つとして聞いただけだが、凛太朗としては、今回、天音が関わっていたので、決して自分からは言いたくはなかった。
自宅であるマンションに到着し、エントランスに入ると、フロントにいたコンシェルジュに呼び止められる。
「庵原様、お荷物がいくつか届いております。すべてお運びしましょうか。」
コンシェルジュが差し出した荷物に付いていた伝票を一つ一つ確認する。
「この封筒だけ持って行く。後は、廃棄しといて。」
「はい、かしこまりました。」
凛太朗がここに住み始めた頃は、丁寧にコンシェルジュには届いた荷物をすべて玄関まで運び込んでもらっていたが、結局、不要なものを次は運び出してもらうことになることが多かったので、最近は、受け取ったその場で始末をつけるようにしている。
1人だけの暮らしにワインや日本酒は、迷惑他ならなかった。それらの送り主の名前を見ても知らない者も含まれていた。
受け取った荷物を持ち、エレベーターへ乗り込む。無駄に多いボタンの1つを押し、緩い浮遊感に包まれながら、止まるのを待つ。この時間に1階から1人で乗り込めば、他の階から乗り込む者とまず会うことはない。早い時間帯であると、併設された図書室やジムに行く人と鉢合わせすることもある。
帰宅すると玄関のセンサーライトが点灯する。靴を脱ぎ、廊下を歩きだすと、扉が閉まり、自動でロックされる。洗面台で手を洗った後、寝室へ行き、胸ポケットに入っていたスマートフォンを取り出しサイドテーブルの上に置く。
ジャケットをハンガーにかけ、いつも通り行動を取っていると、ダウンライトのみを付けた室内にスマートフォンの液晶が光るのが目に付く。先ほどの車内で、自分自身のオフになる意味も込めて、マナーモードにしていたのだ。普段、電話でないなら、無視をするところだが、画面に“水瀬天音”と表示されていたので、手に取ることとなる。
『今日は、ありがとう。久しぶりに凜ちゃんと話せてよかった。私、土日は基本、空いているからお仕事休みの日は、ご飯誘ってね。』
彼女からのメッセージを読み、ソファに深く座り込む。
「天音さん、もし、あの時、強く引き留めたら。俺がもっとしっかりしていれば、この未来は変わっていたのかな。」
1人ぽつりと呟く。その言葉に、返事はない。
『追伸。迷惑じゃなければちゃんと向き合いたいよ。』
1分も経たないうちに、再びメッセージが届く。
「そういうところだよな。天音さんの悪いところは。」
凛太朗は、ごく自然に、そのメッセージの返信をした。
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